Vampire and Exorcist 23

 

   †

 

「そいつは光栄だ――もっとも、俺は貴様の厚化粧なんぞ二度と見たくなかったがね、吸血鬼カーミラ」

「あらあら、つれないお言葉ね。わたしはこの五百年間貴方のことを想い続けてきたというのに。この一途な熱い想いをわかってもらえないなんて、悲しみで胸が張り裂けそうだわ」 カーミラがそう返事をして、娼婦の様な淫猥な笑みを浮かべてみせる。

 相変わらずだな――嫣然と微笑む女のその瞳の奥のヘドロの様なものを敏感に感じ取って、その場で嘔吐でもしたい気分で小さく毒づく。

「冗談にしてもつまらんな、あばずれ」 毒づいたときカーミラの背後に倒れているフィオレンティーナの姿を見つけて、アルカードは胸中でだけ小さくうめいた。

 間に合わなかったか――胸中で臍を噛んで、小さく舌打ちする。

 少女の法衣の白い襟元は彼女自身の鮮血で真っ赤に染まり、大量の血を吸い出されたせいだろう、フォークリフトの車体後部のカウンターウェイトにもたれかかる様にしてぐったりとしていた。

 控え目な胸が、かすかに上下しているのが読み取れる――とりあえずまだ生きてはいるらしい。だがかなり呼吸が速い――激しい出血のために血圧が下がって全身への酸素供給量が減少し、不足分を補おうと循環器系が躍起になって働いているのだ。

 だがそれは出血を余計に増やすだけのものでしかなく――

 まずい――あのままでは命に関わる。

 可能な限り迅速にここにいる噛まれ者ダンパイアどもを排除して、彼女を連れ出さなければならない。

 そう胸中でつぶやいたとき、目の前にいる黒髪の女――史上五人目の真祖カーミラが嫣然と笑った。

「あらあら、なんだかやる気が無さそうね、坊や?」

 揶揄する様な口調のその言葉に、アルカードは眉をひそめた。カーミラがくすくすと笑い、

「このタイミングだと、この娘を助け出す様に槍使いあたりにでも頼まれたのかしら? でも無駄よ、坊や。もう遅いわ――この娘はじきに噛まれ者ダンパイアになる」

 その言葉に、アルカードは適当に肩をすくめた。

「どうだかな。それに俺にやる気があろうが無かろうが、結果は別に変わらない――おまえたちはここで死ぬ、ひとり残らずな」

 そう告げて、アルカードは一歩踏み出した――コートの下に着込んだ漆黒の鈑金甲冑の脚甲が、コンクリートの床の上でガチャリと音を立てる。

「さあ行くぞ、カーミラ――今度こそ間違い無く、地獄に送り返してやろう」

 そう告げて――アルカードはコートの懐に突っ込んでいた左手を抜き出した。

 ブラックテフロンの表面処理が施されたSIGザウァーX-FIVE九ミリ口径自動拳銃のステンレス製の銃口が、水銀燈の光を照り返してきらきらと輝く。

 それを合図に――噛まれ者ダンパイアたちがいっせいに床を蹴った。

 先頭を切って飛び込んできたのは、髪を青と赤のメッシュに染めたヤンキー風の若者だった――おそらくカーミラの精神支配に引きずられて殺意以外の思考が出来なくなっているのだろう、口の端から涎をしたたらせながら飛びかかってくる。アルカードはその若者の心臓のあたりに照準して左手の自動拳銃を据銃し、立て続けに二回トリガーを引いた。

 概略照準射撃ダブルタップを胸元に撃ち込まれて、着弾の衝撃で噛まれ者ダンパイアが体勢を崩す。だが消滅はしない――このあたり、さすがはカーミラの直系というところか。

 何代目かもわからない様な噛まれ者ダンパイアの被害者で、満足に噛まれ者ダンパイアを量産出来ずに喰屍鬼グールを増やしてばかりだった小泉純一とは違う。

 おそらくここにいる噛まれ者ダンパイアたちは、彼女の手下たちが誘拐してきた人間をカーミラか、でなければあのシスター姿の女が直接吸血したのだ。

 でなければ、これほど強力な個体が大量に一箇所に集結してはいまい。

 胸中でつぶやいて、アルカードはさらに噛まれ者ダンパイアの頭部に一発撃ち込んだ。

 さすがにそれは致命傷になったか、噛まれ者ダンパイアの肉体が塵の様に崩れて消失する。

 両側から接近してくる二体の噛まれ者ダンパイアの頭部に向かって両手の自動拳銃を突き出し、トリガーを引く――右側にいた郵便局員の制服を着た男の噛まれ者ダンパイアが眉間を撃ち抜かれて制服だけを遺して塵に変わり、左側から接近してきていた看護婦の制服を着た女は右の眼窩から撃ち込まれた銃弾に頭部を粉砕され、薄いピンク色の制服を血と脳漿で真っ赤に染めながら崩れ落ち、そして倒れるよりも早く消滅した。

 次々と殺到してくる噛まれ者ダンパイアどもを射殺していくが――

 これは埒が開かないな。

 胸中でつぶやいて、アルカードは自動拳銃をしまいこんだ。代わりに右手に塵灰滅の剣Asher Dustを構築する。指の隙間からあふれ出した赤黒い血がまるで透明の型でもあるかの様に曲刀の形状を形作り、次の瞬間漆黒の曲刀を形成した。

 そのいずれにも聞き覚えのある声で凄絶な絶叫をあげる曲刀を手に――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードは床を蹴った。

 

   †

 

 吸血鬼アルカードが、それまで両手に保持していた二挺の自動拳銃を懐にしまいこむのが見えた。次の瞬間、脳裏に何十という男女の絶叫が響き渡る。

Aaaaaaaalieeeeeeアァァァァァァァァラァィィィィィッ!」 同時にアルカードが、咆哮をあげて床を蹴る――前方から飛び掛かっていった三人の噛まれ者ダンパイア、自衛隊の迷彩服を着た屈強な男たちが胴を薙がれて瞬時に塵に変わった。

 左脇に巻き込んで身構えたその両手の中に、凄まじい堕性を帯びた魔力が凝集している。五百年前のノートルダム大聖堂で七百九十六人もの噛まれ者ダンパイアを十五分で虐殺してのけた、あの戦いのときに帯びていた霊体武装――塵灰滅の剣Asher Dustだ。

 五百年前のノートルダム大聖堂での戦いでは今ここにいるよりもずっと強力な吸血鬼の群れを十数分で殺し尽くしたというのに、今はそうしない――五世紀前に比べると、明らかに弱体化している。

 力を蓄えるために眠っていたこの数百年の間に、彼になにがあったのかはわからない――少なくとも、リアルタイムでは。

 彼女が知っているのは彼が八十年ほど前にライル・エルウッドの祖父に刺され、それが原因で弱体化したということだけだ。

 正確にはそれが原因で魔力の大部分を常時稼働させており、その結果自由に使えるのが一割以下にとどまっている様に見える。

 つまり、本来保有している魔力の量が減少したわけではない。

 いずれにせよチャンスだ――アルカードの血を吸えば、アルカードに一度殺されたときに失った魔力も完全に回復し、どころか以前とは比べ物にならないほどの強大な力を身につけることが出来る。

 本来吸血鬼の力関係というのは――吸血行為によって得た力のうち、自分に還元されるぶんよりも上位個体の吸血鬼に上前を跳ねられるぶんのほうが多いために――基本的には絶対に覆らない。だが――

 それがドラキュラと一度吸血による主従関係が出来、その関係を拒絶して断ち切ったアルカードなら話は別だ。

 一度ドラキュラによる吸血を受けながら、精神支配を拒絶して完全に関係を絶ち、噛まれ者ダンパイアではなくロイヤルクラシックとして蘇生したアルカードであれば、吸血によって奪い取ったその力は反発しあってドラキュラには流れず、カーミラに完全に吸収される。

 吸血鬼アルカード――彼を吸えば真祖だった自分を瞬殺しうるほどに強大な真祖であったアルカードを支配下に置くことが出来、奪い取った力を足した総量でドラキュラを上回れば、ドラキュラの精神支配から完全に逃れることも出来るはずだ。

 その場で一回転しながら六人の噛まれ者ダンパイアを一度に斬り斃しているアルカードを見遣って、カーミラは拳を握り締めた。

 今が好機だ――アルカードがエルウッドと親密な関係にあることも好都合だった。エルウッド本人が出てこられない以上、身内が危機に陥ればアルカードの助力を頼る可能性が濃厚だったからだ。

 絶対にアルカードを吸って――ドラキュラの支配から逃れてやる。胸中でつぶやいて――カーミラは唇を舐めた。

 

   †

 

Aaaaaaaalieeeeeeアァァァラァァァィ――ッ!」

 咆哮とともに――十七体目の噛まれ者ダンパイアの肩口に塵灰滅の剣Asher Dustを叩きつける。

 元は魚屋でもやっているのかゴム製のエプロンをつけたままのその噛まれ者ダンパイアは、鎖骨を切断され肺まで斬撃が届いているはずなのに消滅しなかった。

 セイル・エルウッド――インドのカルカッタで矛を交えた千人長ロンギヌスの槍遣いにやられた傷は、いまだ癒えてはいない。どころか、強烈な聖性によって負わせられた傷はアルカードの霊体に深刻な後遺症をいまだ遺している。

 セイル・エルウッドと戦う前の自分ならば、この程度の数も、カーミラ自身も物の数ではなかっただろうに――

 一撃で肩を割られた魚屋の噛まれ者ダンパイアが、両手で塵灰滅の剣Asher Dustの刀身を掴む――こちらの動きを止めて、ほかの連中が攻撃を仕掛けるチャンスを作る腹積もりか。

 アルカードは小さな舌打ちを漏らして左手を塵灰滅の剣Asher Dustの柄から離し、X-FIVE自動拳銃を懐から引き抜いて、魚屋の噛まれ者ダンパイアの顔面に照準して二発発砲した――頭蓋骨を粉砕しながら脳の内部に入り込んだ弾頭が、アルカードの血を混ぜた水銀と純銀製の細かいベアリングを頭の内部に撒き散らす。

 後頭部から白い破片の混じった紅い華を咲かせながら、魚屋の噛まれ者ダンパイアがその場に崩れ落ち――自動拳銃の排莢口から弾き出された空薬莢ケースがふたつ、くるくると回転しながら放物線を描いて宙を飛び、天井の水銀燈の明かりを照り返してきらきらと輝く。そしてそれが床に落ちるよりも早く、噛まれ者ダンパイアの体が服だけを残して塵と化して朽ちて果てた。

 魚屋の噛まれ者ダンパイアのズボンのポケットから、なにかがこぼれ落ちる――それが床に落下するよりも早く掴みとめ、アルカードは背後から接近してきていた噛まれ者ダンパイアの胴体に塵灰滅の剣Asher Dustの鋒を突き立てた。

 大手電気店の店頭販売員の制服を着た若い女性の噛まれ者ダンパイアが、下腹部に一メートルを越える刃渡りの剣の刃を半ばまで突き立てられて凄絶な悲鳴をあげる――だがカーミラの精神支配の結果なのか、噛まれ者ダンパイアはそのまま自分の腹に刃を押し込む様にしてアルカードに向かって接近してきた。

 手の届く距離まで接近し、女の噛まれ者ダンパイアが抱擁を求める様に両腕を伸ばしてくる――こちらを捕まえるつもりなのだろう。

 まだ消滅しないとは――つくづく弱っているものだな、俺も!

 アルカードは小さく毒づいて左手で懐から格闘戦用の短剣を引き抜き、女の顔面に突き込んだ――ブーメランの様に全体が内側に向かってやや湾曲した形状の短剣の鋒が、熟練の殺人者の手管で以て女の眼下を抉って脳髄に達し、同時に悪魔の頭角から削り出されて作られた短剣を這って放出された魔力が霊体を瞬時に破壊して女の体を塵に変える。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードはその場で転身した。同時に左手で保持した短剣を逆手に持ち替え、塵灰滅の剣Asher Dustの柄に左手を添える。

Wooaa――raaaaaaaaaaaaオォォアァ――ラァァァァァァァァァァァッ!」

 飛び掛ってきていたグレた若者の噛まれ者ダンパイアの胴体が斬撃の軌道に巻き込まれて腰のあたりから上下に分断され、上下それぞれ逆方向に回転しながら床の上に落下する。

 ふっ――呼気を吐き出しながら、アルカードは再び転身した。

 背後から数体の噛まれ者ダンパイアが襲いかかってきていたからだ。

 飛び掛ってきている噛まれ者ダンパイアは計六体――二体は跳躍し、残る四体は地上から殺到してきている。

 ジャンプしている連中のほうが近い。そう判断して、振り向き様に斜めの軌道で剣を振り上げる――女子高生の噛まれ者ダンパイアが腰元から胴体を上下に切断され、大手宅急便配達員の制服を着た若い男の噛まれ者ダンパイアが振り翳した左腕を軌道に巻き込まれながら胸元を薙がれた。

 失速して墜落した二体の噛まれ者ダンパイアに邪魔されて、地上から仕掛けてきていた四体の噛まれ者ダンパイアが速度を落とす――斬撃の勢いを止めないままその場で一回転して、アルカードは今度は斜めに振り落とす軌道で塵灰滅の剣Asher Dustを振るった。

 服装も年齢も性別もてんでばらばらの四人の噛まれ者ダンパイアが、右から順に鼻から上を削り取られ口から上を刎ね飛ばされ首を斜めに切り取られて、あるいは両腕を巻き込んで胸元を輪切りにされる。

 床に斃れ込んで塵と化す噛まれ者ダンパイアたちを気にも留めず、アルカードはさらに剣を振るった。

 最初の一撃だけでは死に切れなかったらしい宅急便配達員が、斬り落とされずに残った右手だけをばたばたと振り回して床の上でもがいている――その脳天を、アルカードが振り下ろした塵灰滅の剣Asher Dustの鋒が叩き割った。

 ヴンという重い風斬り音とともに手にした漆黒の曲刀を振り抜き、間合いが正確に読めないために攻めあぐねているらしい噛まれ者ダンパイアどもを睥睨する。

 数が多すぎる――こんな連中二百が二千に増えたところでどうということもないが、フィオレンティーナの救出という目的を考慮すると、あまり長々とこいつらにかまけているわけにもいかない。

 先ほど掴み止めたクロームメッキされた銀色の物体――魚屋の噛まれ者ダンパイアが持っていたライターだ。

 煙草と一緒にポケットから落ちるのが見えたから、おそらく火は点くはずだ――そしてここは輸出用の粉ミルクの集積所、いくらでも利用出来る物はある。

 ここではまずい――フィオレンティーナを巻き込む。

 アルカードはそうつぶやいて左手の短剣を懐の鞘に戻し、床を蹴って走り出した。

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