こんな世界には終焉が必要だ

ロンドンバス

プロローグ 『歴戦の事件』

――どうしてこんなことになったんだ。


一人の男の『兵士』らしき人がうつ伏せに倒れている。

もう全身に力が入らないのか、手足は全く動かす事ができていない。

ただあるとすれば、それは身体中がまるで燃やされているような熱さに支配されていることだ。



――くそ。なんなんだよ。



喋ろうと思い、口を動かす。確かに口は動くが言葉が出ない。男は必死に喋ろうとし、喉から声を引っ張り出そうとする。

だが、そこから出てきたのは声ではなく血塊だった。

いちど吐き出すと、詮を開けられた蛇口のように次々と血塊を吐き出してしまう。



――もう、限界なのか。



男はまるで身体中の血液を全て吐き出したのではないかと思うくらいに血を流していた。

吐血をこらえようと必死に耐えるが、だんだん意識が薄れていく。なぜ血を吐き出していないのにこんなに苦しいのか。

身体中が熱い。

男はかろうじて動く手で腹部を押さえようとする。だが、そこにはあり得ない事が起きており、男もなぜ苦しいのかを理解した。



――そっか。俺はもう上半身しかないのか。



どうりで身体中が熱く、苦しくなるわけだ。男はもう『痛み』がなく、あるのは熱い血液が流れ出ているだけ。男は体の熱さにも納得をした。

どうやらここで人生が終わるらしい。


現実を知った瞬間に男の意識はだんだん薄れていく。

先程まで感じていた熱さもなくなり、あるのは指先に感じる不快な自分の肉片の感触だった。



――もう疲れたな。



男はもう一つの手を目の前に倒れているもう一人の『兵士』に近づける。触れた瞬間、不愉快な冷たさが触れた指先を冷やしていく。

それは『魂』に置き去りにされ、現世に取り残された肉体、だだの『屍』だった。


回りをよく確認すると、自分達はたくさんの屍に囲まれ、うつ伏せに倒れていた。

やっとの思いで動かせる頭を男は全力をもって動かす。そこには自分の頭の動きで波紋が生まれた血液の溜まり。そして、まだ必死に『何か』と闘う兵士たちの姿がある。


男はもうなにもできずにただ、薄れゆく意識の終わりを待つだけだった。だが男の一つの思いが自分の意識が消えていく事の邪魔をする。


思うことはただひとつ――彼が無事に生きられますように、ということだった。



「――ぜだ。」



虫が鳴くような声が聞こえた気がする。

既に意識がもうろうとし、五感はもう優れていないため、空耳の可能性もある。

だが、先程聞こえた声はなぜか男の心をひどく揺さぶる。



「なぜだ!」



次ははっきりと聞こえる。これで空耳の可能性はなくなった。確実に少年の声だった。

一人の少年が少し先で兵士たちに向かって叫んでいる。やはり少年の声はなぜか自分の心に響き、揺さぶられる。



「ーっ!」



男が声を上げようとすると、喉に詰まった血塊が邪魔をし、しゃべらせてはくれない。

口から出る血塊は目の前にある横に伸びた手にかかる。



――ああ。なんて情けない。



男は自分のだらしなく力尽きた手を見ながら、もう一度口から血塊を吐き出す。どうやらこれが最後の吐血だろう。

自分の体のことは自分が一番よく知っている。今なら言葉の意味がわかるだろう。

男は他の兵士たちが戦闘をおこなっている戦場を見る。



「・・・・大、丈夫だ。」



男は必死こいて言葉を発する。それは目の前で戦っている兵士に発した言葉ではなかった。

男は兵士を次々となぎ倒していく少年をじっと見つめていた。



「お前は、正しい。・・・いつか誰かがこの事を証明してくれるだろう。」



男の声は少年には届かないだろう。


だが、それでも――



「だから、今だけは――」



――耐えるんだぞ。



次の瞬間に男は命を落とした。男の閉じた目の先には一人で大人の兵士を次々と斬り殺していく、目が真紅に染まる修羅のような少年がいた。



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