嫁が欲しいので異世界から呼び出したら魔王さまだった件について。

雲鈍

第1話

嫁が欲しいので異世界から呼び出したら魔王さまだった件について。




 漆黒、というよりは紫色の髪。長い睫は伏せられており、意識を失っているようでもある。わりと露出が多めのコスチュームのいでたちの推定16歳ぐらいの美少女が、俺の部屋の中に座り込んでいた。


「成功した……」


 思わずつぶやいてしまったのは、「異世界から人を呼び出す法」を俺自身も半信半疑だったためである。悪友である黒幕 帳(くろまく とばり)から、一週間分の昼食と引き換えに手に入れた情報だった。

 美少女の全身から湯気が出ている。

 ……熱いのだろうか?

 俺が手を出して、その白い肩に触れようとすると。


「さわるな!」


 かっ! と目を開き、その少女はこちらをにらみつけた。

「貴様か! 私を呼び出したのは!」

「俺ですが」

「何のためにこんなことをした!」

「えっと、その……」


 俺はしばし考えて。

 ……けれど本音を隠す意味もないと思って。


「彼女が欲しくて」

 と、正直に答えた。



 ぐらぐらぐら。

 おっと。

 地震でも来たのだろうか。部屋が……いや、家全体がきしんでいるようだ。

 長く続くようであれば、階段を下りてガスを止めねばならない。

 そんな俺の想いとは裏腹に。

 少女は言った。


「お前は殺す。この世界は滅ぼす」



 私は魔王だ、と。




「大変だ、妹ちゃん!」

「どうしたの! ついに死ぬ気になってくれたの!」

 俺が部屋に突撃すると、妹はベッドにうつぶせになってマンガを読んでいた。花も恥じらう女子高生(古い)だというのに、色気もへったくれもあったものではない。

 俺は手近な椅子に腰かけて、

「すぐに人を殺そうとしてはいけないよ」

 と、諭した。


「そう。いけないことなの。だから私はお兄ちゃんを殺せないの。

 いつも言ってるでしょう? どこか人気のないところで、かつ不自然のないように自殺してくれたらなぁーって。そうすればお父さんの遺産は全部私に入るのに」

「腹が黒すぎる!」

「しょうがないでしょ。お兄ちゃんの生きてるメリットって、そのぐらいしかないから。

 あ、間違った。生きてるときはデメリットしかないお兄ちゃんの、死んでからのメリットかな。ま、慰謝料みたいなもんだよね。日頃から私にいやらしい目を向けてくる変態兄貴の」

 妹の俺に対する罵詈雑言は日常会話である。

 だから俺はさらっと無視を決め込む。

「さて、話だが妹よ。俺の部屋に魔王が現れたんだ」

「……ダメだこりゃ。病院ね。檻が付いてる方の」

「ちょっと待ってくれ。話を、最後まで」

「知ってるわそういうの。大抵は「お茶だけです」っていうのよね。

 私の友達のちーちゃんも、いつからか入信しちゃったなぁ」

 そういってどこか遠くを見つめる彼女。

 俺の話の腰を折りつつ、奇想天外なネタをぶち込むのはやめてくれ。

「嘘だと思うなら見て来いよ」

「……もし嘘だったら?」

「ハーゲンダッツおごってやるよ」

「合点!」


 彼女は勢いよく部屋を飛び出して行って、二つ先にある俺の部屋までダッシュしていた。

 ばたばたばた。

 と、廊下を走る音がやかましい。よほどアイスが食べたいのだろうか。あさましいやつだ。


 俺がのぞきに行くまでもない。足音が止まり、俺の部屋を開ける。すると「ぎゃあああああ」と叫び声が聞こえて、その主は再びダッシュで俺の前へ戻ってきた。


「居ただろ?」


 俺の問いに、ぶんぶんと頭を上下に動かして、


「居た! すっごい可愛かった!」

「怒ってただろ?」

「すんごい怒ってたね。『お前も眷属か? ならば殺す』って言われちゃった!

 私殺すって言われたの初めてで、すごいドキドキしてる!

 告白されたときよりドキドキしてる! 何か生まれるかも!」

 手からおえっと吐き出すジェスチャーを示すけれど。

 悪魔じゃないんだから、口からは生きてるものは出せないだろうに。

 殺意と好意を同一視する妹の頭のおそまつさには辟易だが、俺の動揺が伝わったみたいで、何よりだ。


「で、どうする?」

「どうするってアンタ。そりゃお兄ちゃんの責任でしょうよ。

 なんとかしなさいよ」

「俺にどうせいって。仮に向こうが本物の魔王だとしたらどうする? 俺が対抗できると思うか?」

「……無理でしょうね。「ここは〇〇の村です」ぐらいのモブがお似合いだもんね」

「だろ? 俺もそう思う。

 じゃあ仮に、「自分が魔王だと思ってるただの痛いやつ」だとしたらどうする?

 年齢=彼女居ない歴の俺にフォローができると思うか?」

「分かったわよ、もう!」

 妹は両手をあげて、さげた。

 あまりにも勢いが付きすぎて、右手の拳がドアノブに当たる。痛そうな顔をしている。

「なら答えは簡単よ!」

 おやおや、妹の中で結論は出たらしい。

 さすが持つべきものはなんとやら。ええっと、語源はなんだか思い出せないけど、とにかく、親に感謝ってことでよろしいだろうか?


「あの子と仲良くなればいい! そうすれば魔王でもただの女の子でも、殺されることも世界が滅ぶこともその他、うちが世間から白い目で見られることもなくなるわ!」


 そして。


 俺の改造計画が始まった。



「まず髪を切りなさい」

 言われて俺はバリカンを取り出したが、

「違う! 野球部かあんたは!」

 と、それを取り上げられた。

「ここなら遅くまでやってるし、予約なくてもいけるから!

 ちゃんと雑誌見せて、こんな風にしてくださいっていうのよ?」

「えっと……北斗のケンとか持っていけばいい?」

「……ふざけてるなら、今すぐ殺すわよ」

 おっと、どうやら妹の中では大分切羽詰まってるみたいだった。

 俺はとりあえず妹に渡された雑誌をペラペラめくり、美容室と呼ばれる敵地を目指すこととする。

「その間に私はちーちゃんと一緒に、お兄ちゃんに似合う服を見繕ってあげるから。

 よかったね、ちーちゃんが居て!」

 そのちーちゃんなる人物に対する情報は、俺の中にほとんどないのだが。

「うむ、よくわからないが分かったぞ妹よ。とりあえず俺は出かけてくる!」

「ファイト! 死ね!」

「その応援は矛盾してるぞ!」




 というわけで美容室である。

 俺が例の「ウィーン」となる椅子に座ると、ヤケにいい香りを漂わせた男の美容師さんがやってきて、「本日はどのようにしますか」、と声をかけてきた。

「えっと……こんな感じで」

「あの、この長さだと、お客様の髪だと少し短いというか」

「んじゃ、これで」

「……」

「あ、やっぱりこれで」

「髪を切ることはできますが、伸ばすことはできません。

 魔術師と呼ばれたことはありますが、魔法を使えたことはありませんので……」


 あ、何か自信喪失させてしまったっぽい。

 ごめんなさい、俺がふざけすぎました。


「あ、これでお願いします」

「はい。

 ……あ、お客様、この髪型だとパーマが必要となるんですが」

「えっと、……じゃあお願いします」

「ご一緒にカラーもいかがでしょうか?

 かかる時間も変わりませんし、セットならお値段もお安くできますよ」

「うーん、じゃあそれも」

「それから、大分頭皮も痛んでらっしゃるみたいで。

 当店特性のシャンプーを使わせていただければ、頭皮へのダメージもケアされます。

 今なら500円でサービスさせていただいております」

「お願いします」



 そして待つこと2時間。


 お会計を済ませた俺は、



「高っ!」


 と思わずつぶやいた。



 いつもの家への帰り道である。

 白い表札にうちの名字が書いてあり、家の中から小型犬の吠え声が聞こえる。母親はまだ帰ってきてない。父の車もない。妹も、まだ。

 ただ1つ、変なことがあるとすれば、妙な金髪の男が俺の玄関の前に立っていることだ。

 男は扉に背中をあずけ、まるで「世界中の視線よ、俺に集まれ!」とばかりに髪をふぁさっとかきあげた。うざってえそんな髪の毛切ってしまえ。俺も今切ったばかりだし。

 そんなんだから俺が声をかけようか、それとも無視して裏口から入ろうかと悩んでいた時。そのわずかな時間で、男はこちらに気づいたようだった。


「ふ……ようやくご帰宅か。世界の危機だというのにずいぶんと悠長な。

 俺か? 俺の名前は、ルーク・アスタッド。勇者にして世界の調律者。つまり、魔王を倒すものだ。このままここを通すわけにはいかない」


 ずいぶん聞いてないことをずらずらと話す人だ。


「はは、滑稽だろ? ならば何故お前が魔王を倒さないのかと。

 俺はな、嫉妬しているのだ。お前に。お前が、魔王を倒すのではないかと」


 倒せるわけないし、そもそも俺が出会ったの今日だし。


 そんな弁解の余地もなく、男は背中から剣を抜いた。立派な銃刀法違反である。


「お前が魔王と出会ったとき。どんな化学反応が起きるか予想もつかん。

 悪いがここで死んでもらう!」



「その勝負、待ったああああ!」


 横から割り込んできたのは、ちょうど買い物を終えて帰ってきた妹だった。

 ぜえぜえと息を切らしながら、俺と男の間に体をねじこむ。


「うちの兄には、やらなきゃならない使命があるんです。

 具体的に言うと今日の危機をしのいで、どこかで上手にくたばって私に遺産を譲渡するという使命が! あなた殺したら、殺人事件になって悪い人に持っていかれてしまう。私がお金を持っていることが周知されて、友達からも距離を置かれてしまう。

 それに何より、お兄ちゃんは遺書を書いてない! だから確実性がない!」

 そこまで一気にしゃべりきって。

 深呼吸を繰り返した。


 いろいと突っ込みたいことはあるけど、それって俺の都合が一切入ってないよね?


「だから、殺されちゃ困るんです!」

「ふ……、これが美しい家族愛というやつか。

 女子供を切るのは信条に反する。……かと言ってうごおおお」

 男の言葉が途中で止まる。

 なぜなら、 妹の右こぶしが、男のみぞおちにめり込んでいたからだ。

 妹は右手を腰まで引き戻すと、ゆっくりと「押忍」と構えを解いた。

「ちーちゃん直伝の正拳突きよ。ありがとうちーちゃん。変質者どころか、私の人生の障害も排除できたよ」

「……それ、ぜったい俺に向けるなよ」

「いいから、早く中に。これをもって」

「これはなんだか良さそうな服!

 俺の魅力が10は上がりそうだ!」

「お兄ちゃんの魅力なんて微々たるものなんだから」


 妹よ。

 助けてもらったのには感謝してるが。

 してるが。

 これ以上俺から(自信とか)、何も奪うな。

 そんなこと分かってるぜ。



 そして俺はドタバタと家の中にかけこみ、紙袋から服を取り出して、急いでそれに着替えていく。




 バタン、と扉を開けて自室に入る。

 部屋の中は「赤」く染められている。

 魔王は俺の部屋に、召喚された時と同じように、鎮座していた。

 ……一度欠伸をして、俺の方を向いた。

 寝ていたのだろうか。


「なんだ、貴様か。何のようだ。いまさら命乞いか?

 確かに昼寝をしていたが、貴様如き羽虫の命乞い、見たところで時間の邪魔だ」

「違う。俺は命乞いをしにきたわけじゃなくて……」


 俺は自分の心の中から、必死に言い訳を探して。


 ええと。

 その。

 うーん。

 つまり。

 どういうことだ?


「ほう。ならば戦いにきた、とでもいうのか? 大して強そうには見えないが。

 ……その無謀さはかってやってもよい」

「好きなんだ!」

「ほえ?」

 魔王の顔が、一瞬、あっけにとられる。

「一目見た時から! 会ったその瞬間に!

 恋をしました! 運命です! 俺はあなたに!

 愛を伝えたいいいいいいいい!」


 すると魔王は顔を真っ赤にして。



「うむ」


 とつぶやいたのだった。





エピローグ

「それで、いつにするの?」

 不機嫌な妹は俺のコップに牛乳を継ぎながら、疑問を口にした。

「うん、結婚式は来月に」

「じゃなくて、葬式」

「俺が死ぬ前提じゃねえか」



 まあなんやかんやあって。

 結婚することになりました、とさ。


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