◆1ー1

 

 

 

 高校生というのはまったく大人になりきれなくて、ちょっとのことであせったり、幸せを感じたり、落ちこんだり、恋愛をしたりするものだ。

 

彼、鈴村も、ひそかに想いを寄せている同じクラスの女子に初めてあいさつ以外の言葉をかけられ、とても動揺していた。

 

 

白石「鈴村くん、忘れてたよ、ハイ」

 

 

鈴村「お……おう」

 

 

 昼休みが終わり、図書室を出る時、室内に置き忘れていた教科書やらノートやらを持って追いかけてきたのは彼女、白石だった。

 

 

白石「それ、鈴村くんも読んでるんだね。

すっごい面白いよね!

じゃねっ」

 

 

鈴村「おう……」

 

 

 届けてくれたものの中に1冊の文庫本がまぎれこんでいて、彼女がどこかうれしそうに話しかけてくれたのだけれど、彼はいきなりのことでうまい返事ができなかった。

 

多分、近くに置かれてでもいたから鈴村の物だとかん違いしたのだろう。

 

しかし、白石が“面白いよね”と言った本は、実は彼の友達の和木の持ち物だったのだ。

 

 

和木「なあ鈴村、お前、俺の本見なかった?」

 

 

 教室へ帰ってゆく白石の後ろ姿を廊下で見送っていると、その和木が図書室から出てきた。

 

今さっき白石が鈴村にかけた言葉は、本当ならこいつに向けられるべき言葉だった。

 

 彼女は目立つというタイプではなかったが、図書委員にいそうな小柄でおかっぱの、子供っぽいかわいらしさがある女の子。

 

鈴村も目立つというタイプではなく、また飛び抜けてかっこいいとまでは言えないけれど、そこそこのルックスはある。

 

ただし、メガネ男子で文学少年の、制服のワイシャツが似合う和木には、残念ながら負けを認めざるを得ないのだった。

 

 結論。

 

 

鈴村「たのむ、和木!

これ、オレにくれ!」

 

 

 鈴村は相当に安易な考えで、その本を、もしくは彼女と話すきっかけをゆずってもらおうとした。

 

クラスメートでありながら、一学期もすでに終わろうとしているのに、気になる女子との接点が一つもなかったのだ。

 

そしてやっと見つけた接点が、“これ”だったのだから。

 

 

和木「おいおい、それは今、読んでる最中だ」

 

 

鈴村「そこを何とか……!」

 

 

和木「それに、これ4巻だぜ?

1巻から読まなきゃ、話分からねぇぞ」

 

 

鈴村「な……なにぃっ!?」

 

 

 

 

 

 『ミミとマジョ』。

 

それがその本のタイトルだった。

 

最近発売された小説で、学校の図書室にあるわけもなく。

 

ゆえに、鈴村は友達からめぐんでもらうことをあきらめ、さっそくその日の学校帰りに近くの本屋へ駆けこんだのである。

 

 

鈴村「い……1巻と4巻がない……orz」

 

 

 1軒目の店では全巻をそろえることができなかった。

 

とりあえずその場はある巻だけ買って次の本屋へ向かう。

 

 

鈴村「有った──!

けど、さっきの店より安いじゃん!」

 

 

 2軒目はセール中で、1割引で買えたことにショックを受けながら、残りの2冊を購入した。

 

文庫本4冊分が入ったビニール袋をさげて帰宅すると、着替えもあと回しにして自室へこもり、学習机に向かって1巻目を読み始める。

 

ただ白石と仲良くなりたいという、ぶっちゃけ下心で。

 

だがそれは、物語を読み進めるうちに、どんどん変わっていった。

 

 ミミとマジョは、ファンタジー小説。

 

ネコの耳をした少年、コリンが主人公で、彼はいじめられっ子だった。

 

ある日、村にやって来た“魔法が使えない魔女”のアビーと出会い、二人はどんな願いも叶うといわれる伝説の秘宝“神の涙滴”を求めて旅を始めるというストーリー。

 

 

鈴村「魔法使えねーなら、魔女じゃねーじゃん!」

 

 

 そんなツッコミを、魔女のかっこうをした女の子のさし絵に入れながらも、彼は物語に引きこまれていったのだった。

 

伝説の秘宝を手に入れて、アビーは世界一の魔法使いになりたいと願っている。

 

コリンは世界一の魔法使いになったアビーに、自分のそのネコの耳を消して普通の人間にしてもらおうと願っているわけだ。

 

 

鈴村「なるほど、そういうことか……!」

 

 

 学習机にかじりつくかっこうで、鈴村はどうしようもなくワクワクしながらページをめくっていった。

 

それほどぶ厚い本ではなかったので、分からない漢字を辞書で調べながらでも3時間ほどで1巻目を読み終えた。

 

夕食や風呂やその他もろもろの雑用をはさんで、部屋着姿で再び学習机について2巻目に取りかかる。

 

 とある町にコリンとアビーが立ち寄った時のこと。

 

道具屋の店主の思いつきで、魔物よけのにおい袋を売り出すために、町中にひろめたウソがさわぎになっていた。

 

あれよあれよという間にそのウソがねじ曲げられ、誤解を生み、しまいには店主自身がネコ耳のコリンに意味もなく恐怖するというなんだかとてもおかしな状況になってゆく。

 

 

鈴村「あっはっはっはは!

そりゃお前のデマだろ!」

 

 

 文学で笑ったのも、こんなに大笑いしたのも、多分初めてのことだった。

 

白石も、この場面でこんな風に笑ったのだろうか。

 

 

母「いつまで起きてんの!

もう寝なさい!」

 

 

 下の階から母親のどなり声。

 

気付けばもう時計の針が夜の12時を指していた。

 

 

 

 

  

 

 

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