【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
「強がりもこうまで白々しいと、いくら冷血漢の私でも胸がちくちく痛んで仕方ないんだが」
「強がりもこうまで白々しいと、いくら冷血漢の私でも胸がちくちく痛んで仕方ないんだが」
「……聖呪……!」
ニコルはぎくりとしてチェシーを見上げた。
高位の聖騎士が擁するに相応しいとされている光属性の希少呪である。ゆえにカードの所持者は算えるほどしかない。
聖ティセニアにおいて、聖呪の装備を宣しているのはニコルが知り得る限り三名のみ。
曰く、
そして
確かに、いずれもひとかたならぬ名ばかり、ではあるのだが――
どれを取っても得心がゆかない。
そもそも今回のことは、ザフエルが、ニコルとチェシーの二人で行ってこい、と言った作戦だし、アンドレーエは第五および第一師団との連携作戦で遊撃中。エッシェンバッハに至っては遙か遠い西部戦線にあって、ここ半年以上も顔を突きあわせていない。
したがって、残る可能性はふたつ。
ヴァンスリヒト大尉が緊急に帯するを認められたか、あるいは上の三名のうち誰かがゾディアックにカードを奪われたか。
ニコルはわずかに表情をかたくした。
どちらもあり得ない。
カードは、ルーンとは違う。
呪が己が都合で操り手を選ぶことはない。よって所有者が一般の兵士であろうが、貴族であろうが、異教徒であろうが関係なく、本来、力を操る技量と精神力さえあれば、存分に使いこなせるのだ。
だが、格式、家柄、そして何より純血を重んじる聖ローゼンクロイツ神殿騎士団がそのような不相応を赦すはずがない。
神の名の下にしるされたカードを失うか、あるいは総主教の宣命なく行使すれば、たちまち身分をわきまえぬ僣上の振る舞いとされ、糾弾、排斥される因となる。
となれば――いったい、誰が。
ニコルは眉根を寄せながらううむ、と唸った。自分であれこれ思いを巡らせておきながら、どの説も到底信じられない。すべてが不可能だ。
「さあな」
チェシーは明言を避け、肩をすくめた。
失神中のシャーリアを、さながら丸めたテントか寝袋同然のぞんざいな扱いで担ぎ上げ、きびすをかえす。
首ががくりとのけぞった。髪が揺れる。あおざめた吐息がこぼれた。
ニコルは思わずつられそうになって、ちいさな声をあげた。
あわて過ぎてまた本を取り落としそうになり、胸の奥の焦燥を押し隠す。
チェシーはちらりとニコルを見やった。物言いたげに口を開きかける。
「考えても仕方なかろう」
だが、出てきたのはいつものごとく皮肉な声色だった。視線をそらし、ふっと笑う。
「我々軍人は命令を忠実に実行するだけさ」
直接時計塔へ向かうかと思いきや、チェシーは悪魔の攻撃がそれている隙にいったん、先ほどまでの到達目標であったティセニア友軍旗の地点まで戻ると言い出した。
むろん反対する理由もない。ニコルは一も二もなく承知した。急ぎ駆け戻る。
すると、立てこもっていた兵士たちがチェシーの姿を認め、避難していた住民を引き連れて建物から飛び出してきた。
シャーリアの負傷に気付き、口々に声を上げ顔色を変えてチェシーを取り囲んでくる。
「公女を頼む」
チェシーはシャーリアを彼らに預けながら、特に屈強と思われる三名を選び出して命じた。
「公女殿下を南門へお連れし、いつでも脱出できるよう準備しておいてくれ。残りの者は全員、五名ずつの分小隊に分かれ、逃げ遅れた住民を探して地下壕へ誘導しろ。なお時計塔周辺は敵勢力の中心地と思われるため、直接の戦闘は極力回避し、住民の避難と救出を第一の念頭に置いて行動せよ。以上」
「了解です、准将閣下」
「貴公らの武運を祈る。決して命を無駄にするなよ」
三名とシャーリアを残し、兵士たちは騒然と散ってゆく。
それを見送ったのちチェシーはいきなり振り返った。ニコルがぎくしゃくしつつ背中へ回し隠していた腕をけわしい顔で睨み付ける。
「な、何」
間髪を容れずチェシーは手を伸ばした。手首をぐいとひねり取る。
「っ……!」
ニコルは思わず顔をゆがめた。甲高い苦痛の声がもれる。
「動くな」
チェシーは問答無用でニコルの手袋を剥ぎ取った。肘近くまで一気に袖をめくり上げて、細腕に浮き出した無惨な赤黒い痣を露出させる。
チェシーの表情が変わった。
ニコルはおどおどした。抗おうとして、口ごもる。
「あ、あの、ですね、これは」
「黙ってろ」
指先で押さえながら用心深く傷を調べている。ニコルはあわてて手を引っ込めようとした。
「え、えと、そのう、これ、僕があの、思うに内出血してるだけであって骨まではたぶん、いってないと思うんですよね、そ、そ、それにチェシーさんがぼかすか殴るのに比べたらこんなかすり傷なんてかっぱのへ」
「また君に怪我をさせてしまったな」
チェシーは自嘲のためいきをついた。思い余った表情でつぶやく。
「い、いえ、そんな、全然、いいいいやだなまったく何また大袈裟な」
ニコルはまごまごして顔を赤らめ、逃げるように一歩下がって、それから止せばいいのにさも何でもないふうを装って手をぶんぶんと振り回した。
「ヴ!」
そのまま腕を抱え込み、うぐぐぐと悶絶する。
「ご、ごんなのほんと、い、いだぐもがゆぐもなでずがら」
「頼む、勘弁してくれ」
チェシーは手袋を返しながら引きつった笑いを浮かべた。
「強がりもこうまで白々しいと、いくら冷血漢の私でも胸がちくちく痛んで仕方ないんだが。くそ、君たち、何かいい薬持ってないか」
残された三名の兵士は不安そうに首を振った。チェシーは苛立たしげに周囲を見回した。
「そういえば確かヴァレイクが馬車に薬を積んだとか言っていたな。あれを探せば何とか」
「だめ」
ニコルは頑として首を振った。
「そんな暇はないです。もしかしたらさっきのヘヴンズ・ゲートはヴァンスリヒト大尉に何かあった報せかも知れないし、それに」
ニコルは言いよどんだ。本を見下ろし、ためらう。
まだ、言えない。
でも。
もしかしたら……と。
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