見つからない彼氏

 家で軽い昼食を済ませたボクたち三人は、スケルトン少女さんの記憶にある住所に向かっている。


「でさぁ。大騒ぎになっちゃったのよ」

「そうなんですか? それはすごく大変でしたね」


 ボクの後ろを、女勇者さんとスケルトン少女さんが楽しそうに話しながら、歩いている。


「あ、ここですね……」


 ボクは地図と住所を確認する。スケルトン少女さんの言っていた住所に間違いはない。間違いはないけど……


「やっぱり、工場ですよね……」


 レンガ造りの大きな工場の敷地内には、鉄くずが積まれ、多くのドワーフ族の作業員が忙しそうに動き回っている。


「すいません。ちょっとよろしいですか?」


 ボクは近くで休憩していたドワーフ族の作業員さんに声をかけた。


「なんだい? 兄ちゃん。なんか用かい?」

「お聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「ああ、オレでわかることなら何でも聞いてくれ」


 作業員さんは気さくに応えてくれる。


「えーと、この辺に人間族が住む住宅とかありませんか?」

「人間族の家? いや、この辺はオレたちドワーフ族しか住んでねぇな。ここの作業員もほとんど全員がドワーフ族だしな」


 自分のあごひげを撫でながら作業員さんは言ってくる。

 嘘はついてないだろうし、つく必要もないから本当だと思う。そうなると、スケルトン少女さんの記憶が間違っている可能性もある。


「あ、あの、本当にドワーフ族の方しか住んでいないんですか?」


 スケルトン少女さんが必死な声で聞いてくる。その声に反応して、作業員さんは彼女の方を見た。


「いや、そんなこと言ったてな。この工場で働くならドワーフ族の頑丈さと手先の器用さが必要だからなぁ……ところでお嬢さん、かわいい声してるけど、この後、いっぱいどうだい?」


 作業員さんは彼女をじっと見つめながらお酒を飲むような仕草をする。


「え? 私ですか? 私は……」


 スケルトン少女さんはうつ向いて、困ったような態度になる。


「あ、いいわねぇ? じゃあ、あたしがお相手してあげようか?」

「姉さんかい? 姉さんは酒が強そうだから遠慮しとくぜ」

「なによ。せかっくタダでお酒が飲めると思ったのに」


 女勇者さんと作業員さんは笑っている。

 助かった。スケルトン少女さんのことがばれないようにするためにも、できれば彼女に話をして貰わない方がいい。


「あ、そうだ! ここはいつ工場が作られたんですか?」


 言いながらボクは彼女を隠すように立ち、話を逸らす。

 

「ん? この工場か? 確か……ああ、そうだ。この前に百周年記念だとか言ってお偉いさん方がなんかやってたな」

「百年!?」


 驚いた様子でスケルトン少女さんは声を上げる。確かに衝撃的な事実だ。こうなると、彼女の記憶が間違っている可能性も出てきた。

 ただ、百年……うーん……いや、まさか……


「ワンワン!」


 ボクが考えていると一匹の犬がいつの間にか作業員さんの側までやってきていた。


「おお、おまえか! どうした? 飯はまだだぞ?」


 作業員さんは犬を抱き上げる。


「えーと、その犬は……」

「ああ、この工場で飼ってるんだ。元は野良だが、人懐っこくてかわいいんだよ」

「ワンワン!」

「おい、どうした」


 その犬は突然、作業員さんの腕から抜け出す。そして、スケルトン少女さんの周りをグルグルと回り始める。


「え? え? え?」


 スケルトン少女さんは突然のことで動けなくなる。

 ボクと女勇者さんは同時に犬を捕まえようとするが、それよりも早く犬はスケルトン少女さんに飛びついてしまう。


「きゃ! や、やめてください!」


 ローブのフードが取れ、スケルトン少女さんの顔が現れる。犬はその顔を舐め回している。

 ボクは急いでその犬を抱き上げると作業員さんに返す。


「そいつ……不死族なのかい?」


 明らかに嫌悪感を持った声で作業員さんは言う。スケルトン少女さんを見ると、急いで衣服を直すと立ち上がっている。


「あの、すいません。もう少しお話を……」

「悪いが帰ってくれ」


 作業員さんに冷たく言われてしまう。


「あの、この人は……」

「悪いが不死族は不吉なんだ。工場で事故で起こると困るんでな。すぐに帰ってくれ」

「しかし!」


 確かに、不死族の魔物は長い歴史の間、不遇な生活を強いられてきた。迷信だとわかっていても不死族を近くに置きたいという魔族は少ない。


「さあ、早く出て行ってくれ!」


 ボクは周りを見る。周囲には他の作業員たちが集まり、ひそひそと何かを話している。


「あの、でもですね……その……」


 彼らの気持ちはよくわかる。ボクだって魔王という立場じゃなかったら、そちら側だったかもしれない。

 ボクは言葉が見つからずに黙り込んでしまう。スケルトン少女さんもうつむいたまま黙り込んでいる。


「あー、もう、いくわよ!」


 ボクたちが迷っていると、女勇者さんがスケルトン少女さんの手を取り出口の門へと歩いていく。集まっていた作業員たちは道を開ける。ボクも彼女たちのあとをついて行く。

 三人で歩いている間もひそひそと何かを話している声が聞こえた。

 しかし、女勇者さんがにらむとみんな黙ってしまう。


 ボクたちはしばらく歩く。すると、突然、女勇者さんが立ち止まる


「なんであんたは何も言わないの? 」


 女勇者さんはボクに向かって不機嫌そうに言う。


「いや、その……」


 ボクは口ごもりながら隣のスケルトン少女さんを見る。彼女もうつ向いている。


「同じ魔族なのにああいう場面で助けないって、どういうことなのよ!」

「いや、それは、長年の歴史というか、色々あって……」

「色々って何よ! 長年の歴史とかそんなくだらない理由で、この子がああいう目にあたって言うのに何もしないって言うの?」 


 女勇者さんは怒りが収まらないといった様子でボクを怒鳴ってくる。

 彼女の怒りはよくわかる。けど、そんなに急に変わることはできない。


「あんたがそう言う男だとは思わなったわよ!」

「あなたに何がわかるって言うんですか? この問題は魔族の間でもかなりデリケートなんです!」


 思わず怒鳴り返してしまう。


「人間族のあなたにはわからない問題なんですよ!」

「わからなくたって、あんたが間違ってるのはわかるわよ!」

「ボクだっていろいろ考えてるのに、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」


 ボクだって魔王として、不死族の問題などはきちんと話し合っていたし、改善の指示だって出してある。そこまで言われる筋合いはない。


「なによ!」

「なんですか!」


 ボクたちはにらみ合う。しかし、次の瞬間


「もうやめてください!」


 スケルトン少女さんが叫びながらボクたちの間に割り込んでくる。


「お願いします。私のせいで恋人であるお二人が喧嘩するなんて耐えられません!」


 その声は今にも泣きだしそうになっている。

 ボクも女勇者さんも黙り込んでしまう。


 気まずい沈黙が流れる。


 女勇者さんは突然、スケルトン少女さんの手を握ると歩き出した。

 なにも言えずにボクはその場に立ち尽くしてしまう。

 スケルトン少女さんはちらりとこちらを見たが、女勇者さんと一緒に歩いて行ってしまった。


 彼女たちが立ち去り、ボクは大きなため息をつく


「解ってはいるんだけどね……」


 軽い自己嫌悪を感じる。変えなきゃいけないとは思っている。だけど、歴史はそう簡単に変えられない。


「……よし!」


 ボクは軽く両手でほほを叩く。

 うん、悩んでいてもしかたない。今はやるべきことがある。

 頭を切り替えるとボクはこの件を解決するために歩き出した。

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