勘違い

「ただいま」

「おじゃまします」


 日も暮れかけた頃、ボクたちは家に入る。女勇者さんの姿はない。

 どこかに出かけたのかな?


「あ、座っていてください。いま、お茶を出しますね」


 彼女に部屋の真ん中にあるテーブルに座ってもらい、ボクはキッチンに行く。

 そして、コーヒーを入れるとまた戻ってくる。


「どうぞ」


 ボクはコーヒーを彼女の目の前に置く。


「え? あの、私は……」

「あ、香りだけでも楽しんで見てください」


 スケルトンは食べ物や飲み物はいらないけど、感覚はありますからね。


「ありがとうございます」


 コーヒーのカップを顔に近づけると、彼女はその香りをゆっくりと楽しんでいる。


「この香り、生きてた頃は好きだったのかもしれません……」


 カップを置きながら彼女は言う。その声は少し悲しそうにも聞こえた。


「えーと……なんで、あんなんところにいたんですか? スケルトンだったらまずは不死の国へ向かうと思うんですけど……あ、行き方がわからないなら案内しますよ」

「案内ですか?」

「はい、死者の国へは各地から定期的に馬車とか出てますから」


 不死族は、元が死者ということであまり好意的には見られることがない。

 だから、生き返ると不死の女王がおさめる、不死者の国へと行くことが多い。

 そこから、魔王軍に入ったりする人もいるけど、大抵はそのまま永住することになることが多い。


「いえ、実は人を探しているんです……」

「人探し……ですか?」

「はい、恋人なんです……彼を絶対に見つけないと……」


 表情はわからないが彼女の声は真剣だ。

 恋人……ボクが同じ立場になったら、どうするだろう? うん、そうなったらやっぱり女勇者さんを探すと思う。


「あの、お手伝いさせていただけませんか?」


 ボクは思わず言ってしまう。


「え? そこまでしていただくわけには……」

「いえ、恋人を探したい気持ちはよくわかりますし、ここで出会ったのも何かの縁ですからね。それにまた一人だと犬に襲われたりするかもしれませんしね」

「それは言わないでください!」


 彼女は恥ずかしがるような様子を見せる。そして、ボクたちは笑う。


「わかりました。よろしくお願いします」

「はい、じゃあ、まずは覚えていることを教えていただけますか? あ、ちょっと待ていてください」


 ボクは立ち上がると、棚からペンと紙をとりだし、彼女の前に置く。


「じゃあ、ここに書いてみてください」

「はい」


 彼女は文字を書き始めたがすぐにペンが止まってしまう。そして、黙り込んでしまった。


「大丈夫ですか?」

「すいません……記憶にもやがかかっているみたいに思い出せなくてて……」


 うん、それは仕方ない。不死族になったばかりみたいだし、こういう時は焦るよりも少しゆっくりとした方がいいですから。


「大丈夫です。ゆっくりと思い出してください……そうだ! 思い出すまで家でゆっくりしていってください。部屋は空いてますから」


 ここは魔王としては魔族を見捨てるなんてできない。

 女勇者さんも説明すればわかってくれるはずだ。


「え、でも、そこまでして貰うわけには……」

「いえいえ、乗り掛かった舟ですよ。それに困ったときにはお互い様ですからね」

「そんな……ありがとうございます」


 彼女の表情はわからないが、安心してくれていると思う。


「ふぅ……安心したら喉が渇いちゃいました」


 そう言って彼女はコーヒーに口をつける。


「あっ、まってください!」

「きゃっ!」


 ボクは止めようとしたが彼女はコーヒーを飲んでしまう。当然、骨の間からコーヒーはこぼれ、ローブが濡れてしまう。


「ああ、すいません! なんだか喉が渇いてしまって……」

「あ、いや、気にしないでください。よくやってしまうことですから」

「そうなんですか?」


 スケルトンはもちろん食事はいらない。彼らは大地からあふれる魔力によって行動してるからだ。

 だけど、なりたての頃は生きていた時の感覚で食事をしようとする人も少なくはない。


「そうなんですか? でも、床なども汚してしまいましたから……」


 彼女は申し訳なさそうな声でうつ向いてしまう。

 こればっかりは仕方のないことだから、そんなに悩まなくてもいいんですけど……あ、そうだ!


「お風呂! お風呂に入っていってください!」


 ボクは提案する。うん、女性ならお風呂とか好きですよね。女勇者さんも訓練のあととかよく入ってますし。


「え? お風呂……ですか? でも……」


 彼女はこちらを見る。表情はわからないが不審に思っているのかもしれない。


「いや、決して変な意味じゃなくって、こちらに来られてからはお風呂にも入れなかったと思うんですよ。こっちです、来てください」


 言いながらボクは彼女の手を引いて、お風呂まで連れていく。彼女を脱衣場で待たせ、お湯を確認する。

 うん、大丈夫だ。お湯は沸いている。女勇者さんが出かける前に沸かしておいてくれたのかもしれない。


「じゃあ、どうぞ。服も交換した方がいいと思いますから、彼女のを借りてきますね」

「本当に、何から何までありがとうございます」


 彼女は深くお辞儀をする。


「気にしないでください。じゃあ、ボクはこれで」


 ボクはそう言うとお風呂場から出る。

 やっぱり、良いことをするのは気持ちがいい。さて、じゃあ、服を借りてこないと。

 階段を上がろうと手すりに手をかけた瞬間、上から強烈なプレッシャーを感じる。

 ゆっくりと恐る恐る上を見る。


「あら、ずいぶん楽しそうだったけど、お話は終わったの?」

「あ、あの、二階にいらっしゃったんですか?」


 思わず敬語になる。階段の真ん中あたりの踊り場部分に女勇者さんが立っていた。なんとなく周囲の空気が歪んで見えるのは目の錯覚だと思う。


「あの、どこから聞いていらしたんですか?」

「えーと、コーヒーをこぼしたあたりかしら? ずいぶんと楽しそうだったわね」


 ゆっくりと、一段ずつ彼女が階段を下りてくる。

 ボクはゆっくりと後ずさる


「あ、あの! これは人助けなんです! 」

「うんうん、そうよね。人助けのためにあんなかわいらしい声の女の子を家まで連れ込んで。しかも、お風呂まで入れてあげるなんて優しいわよねぇ」


 もの凄く優しい声で話しながら、笑顔で彼女は近づいてくる。

 しかし、目はまったく笑っていない。


「と、とりあえず、お話を!」

「あたしってものがありながら、なんで女の子なんか連れ込んでるのよ! やっぱり、若い子がいいの!? あたしみたいな年上の女よりも若い子がいいって言うの!」


 両肩をつかまれて思いっきり揺さぶられる。

 頭も揺さぶられて意識が遠くなる。うん、さすが勇者の力はすごいよね……


「せ、説明しますから!」

「なんとかいいなさいよ! この裏切り者!」

 

 あ、ダメだ。

 

 そう思ったのを最後に、ボクの意識が途絶えてしまった。

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