第5話 シュロウズブリ伯爵

 チャールズ・タルボットは、シュロウズブリ伯爵として十二代目にあたる。


 初代は百年戦争の際にイングランド軍の総司令官を務めて叙爵され、カスティヨンの戦いで戦死したジョン・タルボット。


 以降、タルボット家当主は常にイングランド国王に忠誠を捧げ、薔薇戦争、恩寵の巡礼と呼ばれる北部大反乱、いずれも国王の側に立って戦った。


 その献身の証として、現当主チャールズ・タルボットまでの十二代、自身を含めてガーター騎士(イングランドの最高勲位)に叙勲されたのは八名にも上る。


 チャールズ・タルボットの『チャールズ』は前々国王チャールズ二世により名付けられた名である。


 タルボット家は当時のイングランド貴族として珍しいカソリックの家であり、元カソリックのチャールズ二世としては心安かったのかもしれない。


 チャールズ・タルボットも当初はカソリックの教えの下で育っていたのだが、十九歳の時、プロテスタント(国教会)へと改宗した。


 イングランドは、やはりプロテスタント(国教会)の国なのだ。チャールズ二世陛下にしても、イングランドに君臨するためにはプロテスタントを選ぶしかなかったではないか。(チャールズ二世はのちに、臨終の際でカソリックへと改宗したことで、本来の志向がカソリックであったことが明らかである)


 その父君のチャールズ一世陛下はカソリックであることを貫いたがため、臣民による処刑という憂き目にあっている。


 いまやこの国の王家は、プロテスタントでなければ保てない。


 だのに、あの前国王ジェームズ二世は。


 チャールズ・タルボットはチャールズ二世の命により、王弟ヨーク公ジェームズの補佐として軍へ籍を置き、その麾下にあったのはジョン・チャーチル同様であった。


 だが、王室の安定よりも自身の信仰を優先し、改宗を受け入れようとしないジェームズ二世の姿勢には反発を覚えていたのだ。


 タルボット家は、王室への忠誠を尽くす家系だ。それは君主個人へ、ではなくあくまでイングランド王家に対してである。


 王家の存立を危うくするのであれば、ジェームズ二世は排除されるべきだ。


 それが、シュロウズブリ伯爵の、タルボット家の信念と忠誠である。


 これよりものちの話となるが、イングランドに危難や混乱が起きるたび、チャールズ・タルボットは立ち上がった。


 ときには戦乱を収めるために政敵とすら手を結ぶ。


 国王の不在にあってはたびたび留守を任され、王室からの信頼はほかに比ぶべくもなかった。


 とはいえ、確固たる信念に裏打ちされていても、主君を追放するという行為は彼の心に小さなひび割れを入れていた。


 『裏切者』という、ダイモーク卿の言葉は、シュロウズブリ伯爵チャールズ・タルボットの胸中をも抉っていたのだ。




「それにしても」

 オーバーカーク卿が訳が分からない、という表情で続けた。


「老婆とは……いったいぜんたいどこの何者で何が目的なのやら」

 直接的な目的は明らかだ。現国王夫妻の即位に対する異議申立と決闘だ。


 だが、それをして何になる? という点が問題である。


 まずもって若きダイモーク卿相手に老婆では、いかに小細工したところで到底勝てそうにない。


「……まさか短銃を隠し持とうとしているのでは?」

「馬鹿な。そんなやり方で勝ったとしても、誰も納得させることはできん。決闘などする意味がない。だいたい、銃などそう簡単に当たるものではないし、初弾が外れればそれまでだ」

 オーバーカーク卿が思い付きで挙げた可能性は、この場で唯一、戦場を熟知するマールバラ伯によって吐き捨てる様に否定された。


 当時の銃というのは、まだライフリング(旋条)が施される以前のマスケット銃であり、命中精度は極めて低かった。


 また、先込め式のため(もしそれが可能であったとしても)隠し持って撃つことができるのは、事前に準備した一発だけ。打ち損じればそれで終わりだった。


「……単なる嫌がらせ、では?」


 それまで議論を見守るだけであったシュロウズブリ伯爵が口を開く。


「そもそも決闘に勝てたところで、王権に影響しないのは明白だ。今はアーサー王の時代ではないのだ。議会の承認を得ずして王位をどうこうなどできん。今上の即位にケチを付けたいだけであるなら、侮辱の意をこめた『老婆の挑戦』というのは、むしろ筋が通っているだろう」


「なるほど。さすがはシュロウズブリ伯爵、卓見でございますな」

 新時代の権力者となること間違いなしと見られる伯爵の発言に、間髪入れずオーバーカーク卿がおもねり、反対側では無表情を装おうとしたマールバラ伯が口の端を不快に引きつらせる。


「念のため今宵、ダイモーク卿は宮殿内に宿泊されよ。マールバラ伯には麾下の将兵を選抜し、ダイモーク卿の護衛を手配願おう」


 シュロウズブリ伯の指示に対し、マールバラ伯は一瞬、おや? という表情を見せたが直ぐに了承した。そして部屋の戸口の廊下側で歩哨していた部下に指示を伝えに行く。


 シュロウズブリ伯がマールバラ伯に依頼したのは、すなわちダイモーク卿の軟禁である。その意図は正しく伝わっていた。


「明日、予定の時刻になっても、相手は現れないかもしれぬな……」

 シュロウズブリ伯爵が独り言のように呟いた予想に、ダイモーク卿は同意できなかった。


 決闘の相手は来る。それも、老婆ではなく恐らく自分と同年代の手練れだ。

 ただし、その手練れの方こそ『本物の女性』であるはず、と。


 マールバラ伯との衝突が不発に終わって以降、終始無言を貫いていたダイモーク卿チャールズはそう確信していた。


 なぜなら、彼にはその老婆に心当たりがあったのだ。 

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