18話  ギャル ー機銃ー


「うっま! なにこれ、激ウマじゃん! 吉田っちこんなの毎日食べてるわけ? チョー幸せ者じゃね? ヤバイわ」


 マシンガンのように、言葉が飛んでくる。

 あさみは俺が帰宅してからも当然のように居室に居座り、沙優が夕飯を作っている間も根掘り葉掘り俺と沙優のことについて質問してきた。

 正直、嘘をつくのはあまり得意ではない。小さいころから近所ぐるみで沙優とは付き合いがあった、という設定を貫きながら話し続けるのはかなり精神的な負担が大きかったし、単純に、あさみのトークのテンションについてゆくのも大変だった。

 沙優は妙な気を利かせて三人分の夕飯を作り、今はそれを囲んでいるというわけだ。正直、三人も部屋にいると非常に圧迫感がある。一人で住むことしか想定されていない部屋なのだ。一人でいる分には過ごしやすいが、二人、三人となると急に部屋の狭さを感じてしまった。

 そんな俺の心中を知ってか、知らずか、あさみが能天気に言った。


「つか、吉田っちの部屋、クソ狭いね」

「お前が帰ればそれなりに広くなるんだけどな」

「ご飯なう」

「食ったら帰れ」


 あさみはけたけたと笑って、沙優の作った野菜炒めを口に入れた。そして、美味しそうに咀嚼する。


「でもウチ、このクソ狭い感じ結構好きだべ」

「クソ狭いを連呼すんなよ」

「いや、ウチの家超広いかんね! 広すぎてビビるから」

「自慢かよ……」


 俺が苦笑しながら白米を口に放り込むのと、あさみの表情に少しだけ影が差すのはほぼ同時だった。


「べつに、自慢じゃないし」


 口元は笑っていたが、目はどこか暗い色をちらつかせていた。しまった、と思う。思わぬところに地雷が埋まっていたようだ。初対面の相手の、触れられたくない部分に触れていく勇気はない。


「家、近いんだって?」


 上手く、話題を逸らす。

 あさみも表情をころりと変えて、首を何度も縦に振った。


「そうそう! 10分歩くくらいで着いちゃうのよ。ヤバいよね」

「別にヤバくはない」


 俺とあさみの会話を黙って聞いていた沙優が、失笑した。突然どうしたのかと思って沙優を見ると、彼女はくつくつと肩を揺らして、俺とあさみを交互に見た。


「会ったばっかりなのに馴染みすぎでしょ」

「え、そうか?」

「まあ、吉田っちとウチは既にソウルメイト的なとこあるし」


 お前、ソウルメイトの意味分かって使ってんのか、それは。いや、絶対に分かってない。

 あさみの調子のよい発言に、俺は苦笑いして、沙優はけらけらと笑っていた。俺が帰ってきたばかりの時は沙優もあさみに対してかなり緊張している様子だったが、今はその緊張も徐々にほぐれてきているのを感じた。


「そういえば、今日の味噌汁さ」


 沙優が「あ」と声を上げて、話し始めたタイミングで、沙優のスマートフォンが机の上で思い切り振動した。大音量で振動音が部屋に響いて、全員が肩を揺らした。


「クソビビった」


 あさみは、クソビビっていた。

 どうやら電話がかかってきたようだった。沙優は電話をかけてきた相手を確認して、少し緊張の色を見せた。


「店長だ。なんだろ」

「あー、てんちょか。多分、シフトのことじゃね」

「ごめん、出てくるね」


 沙優は携帯電話を持って慌ただしく玄関へ駆けていき、靴を履いて家の外に出て行った。別にプライベートな話でもないのだから、電話くらい家の中でしてもいいのだが、そういうところもやけに気を回してしまうようだ。


 あさみと二人きりになってしまった。

 先ほども沙優が料理を作っている間は二人きりで話していたと言っても過言ではないが、『実質』二人きりなのと、『実際に』二人きりなのはだいぶ意味が違うように思えた。聞けば、あさみも沙優と同い年で、高校二年生なのだという。

 沙優が来たばかりの時も思ったが、会ったばかりの高校生と二人きり、という状況は、社会的に危ないニオイがぷんぷんして、無意識のうちに背中に嫌な汗をかいた。


「てんちょ、電話始めるとクソ長いからなぁ、ありゃ当分かかるかも」


 あさみはそう言って、白米を口に入れた。


「仕事の内容だけじゃないのか」

「んー」


 俺が訊ねると、あさみは口をもぐもぐと動かしながら、掌をこちらに向けた。噛んでいるからちょっと待て、というジェスチャーだろう。脳内で、三島の顔が浮かんだ。おい、女子高生でも、食べながらは喋らないぞ。

 ごくりと、口の中の物を飲み込んでから、あさみは口を開く。


「てんちょ、人恋しいタイプのアレでさ。仕事の話でとりあえず電話してくるんだけど、途中からはもうアレよ、世間話ね。長ぇんだっつの。何回も言ってんのに、なおんなくてマジ辟易」


 辟易、という言葉に妙に違和感を感じた。使い方を間違えているわけではない。ただ、彼女の語り口から妙に乖離するように、その言葉は響いた。


「そう言いつつ、毎回付き合ってやってるんだろ。優しいじゃねえか」

「だってなんかカワイソーじゃん。ウチ、ああいう寂しいオトナにはなりたくねぇって思うね」


 結構、辛辣な言葉だと思った。

 寂しい大人。きっと、その分類には、俺も当てはまっているのだろうなと思う。


「それよりさぁ」


 あさみが突然、いたずらっぽく目を細めて、言った。


「沙優チャソとは、どういう関係なんだね」


 その質問に、俺は首を傾げた。沙優が夕飯を作っている最中に散々訊いてきたではないか。


「さっき話したろ。昔近所に住んでて……」

「あー、そういうのはいいから」


 俺の言葉を遮って、あさみは手をひらひらと振った。


「吉田っち、嘘つくの下手すぎてワロ。もう、その辺の話全部嘘なんだなってバレバレだし」

「……まじか」


 俺がたどたどしく話しても、「へー!」とか、「ウケる!」とかオーバーなリアクションを返してきていたものだから、てっきり信じているものだと思っていた。


「もうね、沙優チャソとの昔の話? をしてる時の吉田っちの目、泳ぎまくりだったから。ジャバジャバ泳いでてヤバかったわ。世界水泳かよって」


 捲し立てるように言って、あさみはけたけたと笑った。

 世界水泳、という例えに俺も失笑してしまう。こいつは言葉の選び方がかなり独特で、面白いと思う。そんなことを考えている気軽な気持ちとは裏腹に、同じくらい、俺は焦っていた。

 嘘は、バレてしまっていた。しかし、どう説明したものか。この場をごまかす方法が分からない。正直に言うにしても、沙優の許可を得ずに勝手にここで洗いざらい話してしまうわけにもいかない。


「ほら、また目泳いでるべ」


 にんまりと笑って、あさみが言った。


「ショージキに、話していいんだゾ」


 冷や汗が、止まらない。

 だが、いつまでも黙っているわけにもいかない。


「……俺と、沙優は」


 緊張をごまかすように唾を飲み込んで。


 俺は、口を開いた。



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