第六章 とある剣士の冒険

憧れの人

 町が壊されていく。

 たくさんのモンスターたちが暴れている。自警団のみんながやられた今、僕たちは逃げることしかできなかった。

 助けなんか来ない。誰も助けてくれない。

 お父さん、お母さん、妹を守れるのは僕しかいない。僕が戦うしかないんだ。うぅ……こわい。こわいよ。

 ずしんという音が響くと同時に、僕の身体が浮いた。

「ゴアァァァァァッ!」

 僕の前に、牛の角みたいなものが生えた、大きな大きな人型のモンスターが現れた。

 前に一度だけ、遠くから見たことがあった。半人半獣のモンスター、ミノタウロスだ。

 ミノタウロスは右手に巨大な戦斧を持っていた。ミノタウロスは僕を見下ろすと、ふしゅーと荒い鼻息を放った。

「エモノ……エモノ。勝負シロ!」

 目が燃えたみたいに真っ赤だった。同じように赤い髪が、まるで炎のように揺らめいている。僕は足が震えて、まともに立っていることができなかった。

「お、お兄ちゃん……怖いよう」

 妹が僕の後ろで泣いている。お父さんもお母さんも震えている。

 守るんだ。僕がみんなを守らなきゃ。

 僕は剣を構えた。涙でにじんだ視界の中、ミノタウロスがゆっくりと動くのがわかった。あの斧で僕たちを叩きつぶそうとしているみたいだった。

 こんな剣で受け止められるわけがない。きっと、避けることもできない。前に……前に出るしかない。動け。動いてくれ、僕の足。

「うわあぁぁぁっ!」

 僕はがむしゃらに剣を振りながら、前に足を踏み出した。――しかし。

 まるで大きな岩にぶち当たったみたいだった。剣は折れ、僕は倒れた。

 それでも僕は、立ち上がる。負けない。負けてなるものか。僕は何度も何度も体当たりした。ミノタウロスは微動だにすることなく、ついに斧を振り上げた。

 ごめん、守ってあげられなくてごめん。僕は死を覚悟して、強く目をつぶった。



 ――。

 とても静かだった。

 まだ斧は振り下ろされないのだろうか。それとも僕はもう、死んでしまったのだろうか。



「よく頑張ったな、ぼうず」


 後ろから聞こえてくる声に、僕は目を開けた。

 僕の頭上でミノタウロスの斧が止まっている。ミノタウロスの腕は大きくふくらんでぶるぶると震えている。太い血管がいくつも浮かび上がっている。腕に渾身の力を込めているようだった。それでも斧は動かない。

 僕の後ろから伸びてきた手は、親指とひとさし指だけで斧の刃をつまんで止めていた。

「ふんっ!」

 斧にひびが入ったかと思うと、次の瞬間にはバラバラになって地面に落ちた。

 そしてその人は、僕の前に出た。とても大きく、たくましい背中だった。

ミノタウロスが大きな拳をその人の顔めがけて突き出した。その人は拳を右手で軽々と受け止めた。

「ぼうず。その勇気、忘れるなよ。それさえあれば、お前は強くなれる」

 今度はその人がミノタウロスの顔めがけて拳を突き出した。

「グアァッ!?」

 ミノタウロスがものすごい勢いで吹っ飛ばされた。

 周囲のモンスターたちが逃げていくのが見えた。この人の仲間だろうか。モンスターたちが次々と打ち倒されていく。


 その人は僕に向き直り、頭をなでた。大きくて暖かい手だった。そして、僕ににかっと笑って見せた。気がつけば、僕の震えは止まっていた。


「ぼうず、しっかりと家族を守るんだぜ」

 そう言うとその人は剣を抜き、近くのモンスターに向かって、力強く歩き出した。

 その時、僕は思った。この人みたいに強く、優しくなりたいって。

「あ、あの……あなたの、あなたのお名前は!?」

 僕はその人の背中に向かって声をかけた。その人は少しだけ僕の方に顔を向けて言った。


「俺の名はレオン。いつか魔王を倒す、勇者の仲間さ」


 レオンさん。

 その日から、レオンさんは僕の目標となった。


 僕はレオンさんの戦う姿を目に焼き付け、しっかりと心に刻み込んだ。


 そして年月は流れ、僕は――。

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