第7話 フラーズイーヱスビー(イギリスっぽい優等生)
学校の正門や裏門は工事中の高い鉄板に囲まれていたが、言われていたとおり裏門に回ると、人ひとりがなんとか通れそうな隙間があった。
旧・中学校の校舎の屋上から見下ろす桜の景色は絶景で、校庭のまわりだけではなく、遠くのほうにもぼちぼちと満開の桜が見える。いつもより咲くのが早い今年の桜は、入学式の前日の日にすでに散りかけている。
「こらぁ! 土足で校舎に入るな!」
フラーズイーヱスビーさんはちゃんと学校指定の上履きでやってきた。職業は中学校の先生である。薄い黄色の髪をロングテールにしていて、青系統のジーンズとTシャツの上に灰色っぽいカーディガンを着ている。Tシャツには「ESB」と、Sが他の2文字より大きい字が書かれている。
「フラーズの家系は教育関係の仕事についてる人が多いんよ」
人じゃなくてビールだけど。あと、それはただの設定。本当はロンドンの有名な醸造所。
「桜の咲くこの校庭、私たちも新一年生として、新しい春を迎えました…」
フラーズイーヱスビーさんはすらすらと入学式の答辞を読み上げる。
うまいね。
「実際に答辞を読んだのは高校の入学式だけど。2年生の祝辞・3年生の謝辞各2回読まされたから、そういうのだいたいうまいこと言えるんだ。教師になってからは毎年聞いてたし」
学生時代は生徒会長?
「生徒会長は会長、クラス委員は委員長だけど、うちは校庭でみんなにしゃべる役だったんで、官房長官、略して長官って言われてたよ」
カンチョーじゃまずいもんな。
「わざわざこんなところまで来てくれてありがとう。もう、この学校の門からは卒業生も新入生も出たり入ったりすることないんだよね。生徒数が減ってて、近くの中学校と統廃合されることになってるんだ。うちや他の先生も、そっちのほうに移る。校庭の桜の樹は残しておいて、この校舎はゴールデンウィーク前までに取り壊されて、跡地は記念公園。多分来年も桜は咲くだろうけど、屋上のこの角度から見る満開の桜の景色は見納めなんだなあ」
フラーズイーヱスビーさんはすこしだけ目をこすったので、手の甲がすこしだけ濡れた。
ビールを飲んだあと、下の教室に行ったら黒板に富士山と桜の絵と、さようなら○○中! 先生ありがとうございました! ってみんなのダイイングメッセージ、じゃないな、ラストメッセージが5色のチョークで書いてあった。
「この絵の構図は、うちがざっくり書いたんよね」
フラーズイーヱスビーさんは美術の先生?
「数学の教師。二次方程式の曲線なんて簡単だよ」
うしろの黒板に書いてくれた。
「では、この校舎の高さと桜の樹までの距離から、俯角を求めなさい」
え、え、えー? 三角関数は中学じゃ教えないよね。あと、フラーズイーヱスビーさんのびあマ(ビア・マジック)って、きれいな曲線が引ける能力?
「舐めとんのか。うちのは、ブレッシング・トレース(祝福の写像)」
桜色と白のチョークで、ちゃっちゃと桜の花を黒板に書くと、軽くつまんで取り出す。
トレースされた桜の花は、本物よりすこし大きくて香りはないけれど、ちゃんと立体で、本物そっくりに見えた。
「うちのこと忘れない間は、この花は萎れたりしないよ」
色はやや濃い目のブラウン、味は濃いのではなく、しっかりとした味。麦とホップのバランスは絶妙で、これといった瑕疵がない。全体的に優等生すぎて、声をかけにくいぐらいに万能なんだけど、話してみたら意外ときさくな感じ。好きな人が田舎にいたとかないの、と聞くと、病気で死んじゃった、とさり気なく話す。お隣りさんで幼なじみ、という、嘘っぽい設定。
味 ★★★★☆
コク ★★★☆☆
個性 ★★★☆☆
おすすめ度 ★★★★☆(これはその日の天気・体調に左右されそう)
お値段 380円
素朴な感想 クラフトビールってどんなものかな、ってお試し的にどうでしょう。割と素人というか初心者でもおいしく飲めるはず。お値段もそこそこだし。
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