嫌悪と私と殺意

第1話 超強力ストレッサー

 綺麗事ばかりでは世界は回らない。

 風に舞う桜も、うきうきとした新入生も、私にはすべて色褪せて見える。

 いや、私も同じ新入生で、期待に胸を膨らませているべき人間ではあるんだけど……

「おはよう、佐々木さん!」

 そう言ってひょっこりと私の前に姿を現したのは、鈴村明美。私と同じクラスかつクラスの総代を務めている子だ。切り揃えたショートの髪型と小柄な体格からは「スポーツ少女」という言葉を連想させる。ただその見た目に反してスポーツは中の下くらいで、委員長キャラだというから驚く。個人的に言うと、あまり出くわしたくない人間だ。

「ああ、おはよう」

「どうしたの、こんなところで?」

「まあ、ただぼーっとしてただけよ」

 私は肩を竦めて歩き出す。しかし鈴村さんは食い下がってきた。

「何でぼーっとしてたの? どこか体調でも悪いの?」

「体調が悪くないとぼーっとしちゃいけないの?」

「別にそういうことじゃないけど、絶対何か理由があるはずだよ? 昨日の夜は眠れた? 何か心配事でもあるの?」

 私の悩みの種はあなたよ。鈴村さんの至極真面目な顔にその言葉を投げつけてやりたかったけど、何とか喉元までで我慢した。別に鈴村さんが傷付くとかそういう理由じゃない。言ってしまったら言ってしまったで、後がめんどくさいから。

「本当に大丈夫?」

 身長差のせいで自然と上目遣いになって聞いてくる鈴村さんの言葉を、努めて聞き流しながらエレベーターに乗った。エレベーターの中でも延々と聞かされ(聞かれ)続けて、教室に着くころにはストレスがMAXに達していた。だからこの子には出くわしたくなかった。

 教室に着くと、私たちは長机に二人並んで座った。できれば並んで座りたくはなかったけど、露骨に避けるわけにもいかない。はあ、超強力ストレッサーの隣にあと1時間半座り続けなければいけないとか、どんな拷問よ……

「おはよう、二人とも」

「あ、おはよう」

「あー、おはよう」

 机に突っ伏した状態で、目の前の席に座った女子を見る。

 桜木雛子。中学時代の同級生で、卒業以来会うのは久しぶりだ。中学生の時からあまり変わっていなくて、変化したことと言えば若干厚い化粧くらい。高校時代を知らないからわからないけど、俗に言うナントカデビューだろう。

「どうしたの、智代ちゃん。そんなにぐでーっとしちゃって」

「ああ、まあ、ちょっとね」

 私を見る雛子に、歯切れ悪く答えた。雛子はちょっと首を傾げただけで、追及はしてこなかった。私も、これ以上何かを言うつもりはない。少なくとも、鈴村さんが傍に居る状況では――

「おかしいよね。さっきも、何も理由が無いのにぼーっとしてたんだよ? 心配だよ……」

 うん、あなたはなぜ黙るということを知らないのかな。

 顔に不快感を出さないようにするのが精一杯だった。いや、ひょっとすると出ていたかもしれない。

「まあ、そんなこともあるよねー」

「……そうよ」

 私の心中を察してか、雛子が助け舟を出してくれた。

「そんなものかなあ……」

 うんうん唸り始めたところを見るに、鈴村さんはまだ納得していないようだった。

 私は気付かれないようにため息をついた。

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