第24話 共演

 舞子は、舞台『偉大な王と女詐欺師』の千秋楽後、極秘入院をした。体調不良の中、最後まで熱演したツケが回って心身ともに疲れていると其田が判断したためだ。舞子はあくまでも仕事をすると抵抗したが、其田が、

「無理をして身体を壊したらどうする。女優は体力勝負だ。今はゆっくり休んで、捲土重来を期せ」

と諭したので渋々それに従った。

『偉大な王と女詐欺師』はマスコミから高評価を得た。二山の演出や主演の市川幸四郎の演技はもとより、舞子の好演が光ると新聞、雑誌で取り上げられた。


 舞子が退院できたのは約一ヶ月後のことである。その間、秋期ドラマの出演依頼や映画、舞台、CMのオファーがたくさん其田の元へ来たが、全て断った。舞子はすぐにでも仕事がしたいと其田に申し出たが、許されなかった。

「長い入院生活で体力が落ちているだろ。まずはリハビリからだ」

 そう其田は言った。

 舞子は事務所近くの新宿御苑の周りを馬場正子と一緒に散歩した。顔を知られているのでベースボールキャップを深くかぶり、マスクをしての行動だ。マスコミや一般市民にバレないよう、気をつけながら歩いた。体力は次第に回復してきた。散歩もゆっくり歩きから早足、ついにはジョギングにまで進歩し、お付きの正子は途中で置いていかれるようになった。舞子は駆けるごとに自分の体力が戻っていくのを感じ、清々しい気分になった。

「やれるわ」

 舞子は額の汗をぬぐいながら、つぶやいた。


 十一月は、冬のドラマのキャスティングが決まる時期だ。舞子にもオファーが殺到した。1クール休んだことで、人気に翳りが出るかと考えた其田だったが、休んだことで逆に神秘性が増し、舞子を渇望する声が大きくなっていた。いくつものオファーの中で、其田が選んだのは、湾岸テレビの“月9”だった。顔なじみの臼杵がプロデューサーを務めるし、演出もあの時と同じ桜井だった。“月9”はまた視聴率どん底まで低迷している。そこで舞子を起用して、起死回生を狙うのだ。

——でもね、申し訳ないけれど、主演じゃないんです。

 電話口で臼杵が其田に謝る。

「じゃあ、誰が主演なんですか?」

 其田が尋ねる。

——黒上純子です。

「ほう」

——私としては純子と舞子ちゃんのダブル主演でいいと思うんですけど、ポリプロがうるさくってねえ。大きいところはプライドが高い。だけど、舞子ちゃんを指名したのは純子本人なんですよ。

「へえ、そうですか」

——だから、主演だと思ってくれていいです。待遇も純子と同じにしますし。

「では一応、舞子に話を聞いてみますね」

——さすが、役者を大切にする、其田ちゃんだ。いい返事、期待していますよ。

 電話は切れた。

 其田は早速、舞子にその話をした。舞子が喜んで承知したのは言うまでもない。

「純子ちゃん、久しぶりだわ」

 舞子が珍しく笑った。


 顔合わせの日、舞子は其田と馬場正子を伴って、湾岸テレビに赴いた。スタジオでは臼杵とポリプロの敏腕マネージャーとして有名な高橋憲伸たかはし・けんしんが揉めていた。

「なんですか! このタイトル。『二人はライバル』ですと。これじゃあ、純子と水沢舞子が同格みたいじゃないですか。私は『ライバルを探せ!』にしましょうと言っているでしょ」

 と高橋が怒鳴る。

「主演はあくまで、純子ちゃんですから、文句ないでしょうに」

 臼杵が答える。

「主役は当然、純子です。だからって、あんな弱小プロダクションの小娘とウチの純子を一緒にされたら困ります」

 そこに其田が割って入る。

「ええ、ウチは弱小プロダクションですから、どんなタイトルでも構いません。ウチは私も水沢も瑣末なことにはこだわりませんよ。使っていただけるだけで大喜びですよ。なにせ弱小プロダクションですからねえ」

 高橋は其田の醸し出す、内面の怒りに気がついて、ちょっとビビった。

「ちょっと言い過ぎました。申しわけございません。でも、主演はウチの純子だということをお忘れなく」

 そう言うと、高橋はどこかに消えていなくなった。

「全く、大手のゴリ押しですよ」

 臼杵は煙草を取り出すと、椅子にヨッコラショと座った。

「まあまあ、ここはあちらさんの意見をとってあげましょうよ。その代わり、演技では舞子だって負けません。あとは視聴者の決めること」

「其田さん、達観していますね。坊さんみたいだ」

 臼杵が笑った。


 顔合わせの時間になって舞子と純子の二人は再会した。『TGC』以来のことである。

「舞子ちゃん、元気だった?」

 純子が尋ねる。ここで入院してたなどと言うと、余計な心配をかけることになるので、舞子は、

「元気だった」

と少し、嘘をついた。純子はそれにうなずくと、

「舞子ちゃん。そんな端の席に座ってないで、わたしの横に来なよ」

と舞子を誘った。

「でもあたし、主役ではないし……」

 舞子がモジモジすると、

「あなたはわたしのライバルの役。立ち位置から行って主役の一人よ。臼杵さんにはその意向を示してあるわ。問題は、ウチの高橋だわ。何かと画策して、主役をわたし一人にしようと走り回っているの。でも、そんなの無駄。わたしが、臼杵さんに頼めばあなた、主役になれるわよ。わたしと一緒にね」

と純子は宣言した。

 舞子は戸惑った。そして、かつて、橋野元子に言われたことを頭に浮かべた。

「人生に脇役などない。与えられた役柄を主人公に思って演じなさい」

 という金言を。舞子はそれを実践するつもりでいた。だが、本当の主役になったらスタンスを変えなければいけない。だから舞子は、

「あたしは準主役でいいの。あたしは与えられた配役を演じるまで」

と答えた。

「うーん。舞子ちゃんがそう言うなら、それでいいけど……」

 純子は狐につままれたような顔をした。自ら、主役の座を放棄する舞子の発言に納得が行かないようだった。


 顔合わせが始まった。まずは、臼杵プロデューサーが口を開いた。

「今度のドラマのタイトルは『ライバルを探せ!』に決まりました。どうぞよろしく」

 拍手が起きる。盛大に拍手するのは高橋マネージャーだ。

「主演の黒上純子ちゃん、ご挨拶を」

 と純子にふる。

「黒上純子です。“月9”の主人公になるのは、わたしにとって夢のまた夢でした。でも、ご存知のように、“月9”は視聴率争いで、他の後塵を配しています。しかし、若年層からの支持は熱いです。わたしは高校三年生です。視聴者と同じ目線でドラマを観ることができます。だから、今求められている演技をしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。一緒に盛り上がりましょう」

 純子の発言に誰もが感心した。次にヒロインと恋のさや当てをする、男優が席を立つ。

「中島飛翔です。ガッツで頑張ります。よろしく」

 なんと、以前ドラマの撮影中に舞子を口説いた、中島くん再登場。波乱の予感がする。

 三番目に、舞子の挨拶が行われた。

「水沢舞子です」

 そっけない言葉でことを済ます。

 これが主要な役どこである。


 主役クラスが若手で固められたので、脇役陣はベテランが起用された。純子の父には岩坂浩二いわさか・こうじ、母親役には高畑和美たかはた・かずみ、舞子の兄には波止場浩司はとば・こうじが選ばれた。謎の男役は落語家の萬願亭道楽まんがんてい・どうらく、ベテラン脇役俳優、中尊寺金太ちゅうそんじ・きんたもいる。何れも劣らぬ俳優陣だ。


 挨拶が終わると台本の読み合わせが始まった。皆が台本片手に読み合わせるのに対し、黒上純子は台本を見ることなしに台詞を語った。全部、暗記したというところを見せつけたのだ。

 だが、上には上がいた。現場に台本を持ってこない女、水沢舞子である。純子は焦った。自分が舞子に劣っている。純子のプライドはいたく傷ついた。

「舞子には、負けたくない。いや、負けない」

 今日帰ったら、台本を完璧に覚えよう。そして明日は台本を持ってこない……できるだろか。不安になった純子は自分の順番で、とちってしまった。痛恨のミス。その間も舞子は淀みなく台詞を言う。純子は舞子が強烈なライバルに見えて来た。今現在、若手女優の一番手は純子だ。それに少し遅れて吉原美穂、広瀬鈴ひろせ・すずが追いかけて来ている。でも、このドラマが始まったら水沢舞子がトップにおどりでるかもしれない。自分はトップの座を譲りたくない。そのためには努力が必要だ。純子はそう思った。

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