第16話 挑戦
舞子は高校生になった。上背がまたちょっと伸びてしまったが、幸いにも青春のシンボル、ニキビなどは顔に出来ずに、白い肌と黒目がちの瞳は健在である。其田は舞子に私立の
「社長にこれ以上、負担をかけたくない」
という殊勝なものだった。其田は目頭を手で押さえた。結局、都立高校の難関、
そのために、頭を抱えたのは、川向高等学校の校長はじめ教師陣だ。創立以来、のちに有名になる人材を輩出してきたが、最初から有名な生徒が入学してくるのは初めてだ。
「なんで、乗越学園に行かないんだ!」
と校長はぼやいた。
入学式当日。川向高校の正門前は報道陣や舞子のファンでごった返した。舞子の晴れ姿を見るためである。そのせいで、多くの新入生が学校に入れない異常事態となった。それに怒ったのは血気盛んな体育教師たちである。彼らは、力ずくで報道陣や舞子のファンを排除した。これでやっと新入生が入ってこられる。
「全く、水沢のやつめ。手間をかけさせる」
口々に文句を言う体育教師たち。そこへ一人の生徒が、
「おはようございます」
と挨拶してきた。
「おはよう……あっ、君は水沢……」
挨拶したのは舞子だった。
「あたしのために、お手間をかけて申しわけございません。報道陣には事務所から抗議させます。ファンの皆さんにはファンクラブの会報で注意喚起します。どうぞ、これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭をさげる、舞子。その姿を見て、体育教師たちはこれから、自分らが舞子を守らないといけないとそれぞれが心に誓った。ようは舞子のあまりの美しさに見惚れてしまったのである。
一方、仕事の方はまだモデルばかりであった。高校生になったので『ニコル』は卒業した。慣れ親しんだ新調社には残念ながらハイティーン雑誌はない。しかし、役者の仕事が来ない現状では舞子はモデルとして食べて行かなくてはならない。
「舞子には、どうして女優の仕事が来ないんだろう。不思議だ」
其田は首をかしげた。
その頃、ハイティーン雑誌を出版している各社が熾烈な舞子争奪戦を繰り広げていた。其田にジャンジャン、オファーの連絡が来る。しかし、どの雑誌がいいのか、其田にはわからなかった。こういう時は他人に相談するに限る。其田は早速、アポイントを取って出かけて行った。
新宿のいつものホテルのラウンジで、其田は人待ちをしている。そこに、
「其田さん、お待たせ」
と現れたのは、脚本家の二山幸雄だった。
「お忙しいところ、すみません」
其田は頭を下げた。
「そうです。僕は忙しいんです。脚本がうまく書けないんで困っているんですよ」
「またですか? 遅筆の二山さん」
「嫌な、あだ名だなあ。で、ご用件は?」
「実は舞子のことなんです」
「ほう」
「舞子は役者として芽が出ないんで、ハイティーン雑誌の専属モデルにしようと思うんですけれど」
「へえ」
「雑誌のオファーはたくさん来ているんですが、どれがいいか、わからなくて」
「其田さん」
「はい?」
「其田さんはテレビや映画、舞台のプロデューサーや責任者に真剣に舞子くんを売りこもうとしていますか?」
「そ、それは……」
「モデルの仕事なら、そこそこ儲かると、内心思っていませんか?」
「……正直、思っています」
「だからいけないんですよ。雑誌のオファーなんて蹴り飛ばしてあげなさい。本格的に役者の仕事を探す。これが肝要です」
「そ、そうですね。私の考えが間違っていました」
「僕も積極的に知り合いに頼んでみますよ。舞子くんのために一肌脱ぐか」
「ありがとうございます。ところで脚本のお仕事はいいんですか?」
「いけない。締め切りまであと三時間だ」
二山は慌ててラウンジを出た。
二山に痛いところを突かれた、其田は積極的に動いた。しかし、役者の仕事はもらえなかった。
「そのポジションには黒上純子がいるからね。雰囲気がかぶるんだよね。そうすると実績のある純子を選ぶなあ。水沢舞子だって? 彼女はモデル一本に絞った方がいいんじゃないの。役者としては未知数だからね。おいそれとは起用できないよ」
どのプロデューサーも監督も異口同音に黒上純子の名前を出した。二人は姉妹役をやったぐらいだから雰囲気が似ている。この業界は案外保守的だ。舞子を使うという冒険をするくらいならば、安心して見ていられる純子を選ぶだろう。常識なんかぶっ飛ばしてくれる者はいないのか? 帰りの車の中で其田は吠えた。
二山が其田事務所を訪れたのは、その翌日の夕方のことだった。
「舞子くん、久しぶりだね。大人になったなあ」
二山は感嘆する。
「どうですか? 役者の仕事は見つかりましたか」
其田は二山をせかした。
「ああ、一つだけ口がありました」
「どんなものですか? 主役ですか」
先を急ぐ、其田。
「主役なんてそう簡単になれるわけないことくらい、其田さんもわかるでしょ。この業界はそんなに甘くはない。脇役ですよ」
「そうですか……」
其田は落胆を隠そうとしない。
「で、ドラマですか? 映画ですか?」
「ドラマです。『綿鬼』知ってるでしょ。『綿菓子を食べる鬼』の第17シリーズです」
「『綿鬼』ですかあ。舞子のイメージに合わないな。で、どんな役ですか?」
「
「端役じゃないですか!」
「そうですよ。嫌なら断っていい。難しいドラマですからね」
「断りますよ。なあ、舞子」
其田は憤慨しながら、舞子に問うた。すると、
「やります。
と舞子は乗り気だった。
「ええっ、いいのか? お前のこれまで培って来たイメージが根本から覆されるぞ」
「構いません。役ごとに自分のイメージを変えるのが女優の仕事」
「よく言った。さすが僕が見出した子だ」
二山はにっこりと笑った。
「端役とはいえ、橋野先生の脚本はセリフが長いぞ。覚えられるか?」
「努力します」
「努力だけじゃダメだ。結果が求められるのが役者という仕事だ」
「はい」
「なら決まりだ。明日、橋野先生のところに行こう」
「はい」
こうして、舞子の大人としての女優デビューが決まった。
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