第13話 写真集
水沢舞子は、ティーンズ雑誌『ニコル』の専属モデルになった。当然、本人は嫌がったが、其田のこの一言に納得せずにはおられなかった。
「ここで名を売れば、女優の仕事のオファーが必ずくる」
「……はい」
舞子の登場は『ニコル』のモデルたちに劇的な変化をもたらした。ただ、ふざけて遊んでいるシーンを撮られて喜んでいた、他の女の子たちが、
「私もちゃんとした写真を撮って欲しい」
とフォトグラファーの入来大作に頼んできたのだ。特に、島津彩が熱心だった。彩は舞子に嫉妬心を感じていたのだ。
(あんな、ぶっきらぼうで、ファッションもわからない子にエースの座は譲れない)
彩はそう思って入来に頼んだのだ。しかし、入来は、断った。
「YOU。そんな写真、読者は求めちゃいないんだよ」
「じゃあ、なんで舞子ちゃんだけ」
「彼女はそれを求められているから」
「私を子供扱いするの?」
「ああ、YOUはまだ子供だ」
「舞子ちゃんは違うの?」
「舞子は魔性を持っている」
「魔性?」
「そうだ。YOUにはないものだ」
彩は二の句が継げなかった。
撮影現場は重苦しいものになった。彩も、美憂も、エバも、アンジェリーナも、裕美も、舞子と口を聞こうともしない。初日はあんなに親切にしていたのに。それは新しく来たノロマそうな女の子に親切にすることで優越感を得ていたのかもしれない。その女の子がソロで表紙を飾る衝撃。それに対する世間の好意的な反応。先輩モデルとして、焦燥感にとらわれるのも当然であろう。
雰囲気が悪くなるのは良くないことだ。『ニコル』の編集者は舞子の撮影日と五人の撮影日をずらした。五人は舞子が辞めたのかと思って内心喜んだが、送られて来た見本誌を見て愕然とした。表紙とトップを舞子が飾り、自分たちは二番手、三番手だったのだ。
「グラビア雑誌じゃないのよ!」
彩は憤って、事務所に『ニコル』降板を申し出た。そして、ライバル雑誌の『ポップコーン』に移籍した。これは、若い読者たちをざわつかせた。しかし、彩は『ポップコーン』でエースになれなかった。『ポップコーン』には黒上純子がいたからである。
入来大作は舞子にのめり込んだ。その美貌と魔性に惚れ込んだのである。入来は其田に写真集の出版を持ち込んだ。
「今の人気なら、相当の売れ行きが期待できますよ」
「それはそうだがね」
「なんですか? 奥歯に物が挟まったような」
「水着とかになるんだろ?」
「もちろんです」
「舞子は水着、ダメなんだよ」
「なんで?」
「舞子はそういうものに、強烈なアレルギーを持っているんだよ」
「じゃあ、仕方ない。方針を変えましょう」
「どんなふうにかね?」
「舞子の透明感を全面的に押し出します。タイトルは『natural』ですね」
「その方が、舞子を説得しやすい。そういう方向で行こう」
舞子は当然のごとく写真集を出すことを渋った。自分は女優である。アイドルではないと。其田はいつもの決め台詞で舞子を説得した。
「これは女優になる一つのステップだ。今をときめく女優たちもみんな写真集を出している。それに、お前の大嫌いな水着姿の撮影はない。自然の中で、ありのままの自分をさらけ出せばいいんだ。いい宣材になるとは思わないか?」
「でも、素の自分をさらけ出すのは女優の仕事じゃない」
「なら、ありのままの自分を演技すればいい。自然な演技こそ最高の代物じゃないのか?」
「……はい」
「じゃあ決まりだ。あとは入来さんに身を任せるんだ」
「はい」
ロケーション場所は屋久島に決まった。一週間の撮影旅行。こんな遠出をするのは舞子にとって初めての経験だった。さすがの舞子も縄文杉やウィルソン株を見て心を動かされた。自然と笑顔が出る。その、シャッターチャンスを入来は逃さなかった。さすがはプロのフォトグラファーである。
撮影中、突然、大雨が降って来た。ずぶ濡れになる舞子。これもいい写真が撮れたと、入来は自画自賛した。
『natural』の出版元は『ニコル』と同じ新調社だった。新調社は発売当日の五大紙と主要スポーツ紙に大々的に『natural』の広告を出した。惹句はこうだ。『謎の美少女の秘密が今、解き明かされる!』
新調社は強気に二万部を刷った。写真集にしては大冒険である。しかし、蓋を開けてみれば、即日完売の書店が続出し、初日にして増刷が決定。最終的には二十万部まで行った。大ヒットである。
アイドルオタクの聖地、服屋書店新宿店が舞子のサイン会を企画し、出版元の新調社にオファーを出した。宣伝にもなるし、売り上げも稼げる。win-winの関係だと絶対に受け入れてもらえると、服屋書店の担当者は甘く考えていた。しかし、新調社側の答えはノー。
「なんでですか?」
と尋ねる服屋書店の担当者に、新調社の営業担当は、
「本人が頑なに拒否しているので……」
と申し訳なさそうに答えた。
「気難しい女の子なのかな? 今後、トラブルを起こさなければいいが」
人のいい、服屋書店担当者は舞子のことを心配してくれた。
そんな舞子が、人前に立つことになる。
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