第12話 雑誌『ニコル』

 其田は車で、舞子を渋谷区にあるスタジオに連れて行った。

「どんな仕事ですか?」

 舞子が尋ねる。

「モデルの仕事だ」

 其田は静かに答えた。

「あたしはモデルはしないと言いました」

 舞子は気色ばむ。

「まあ、落ち着いて話を聞きなさい。これからやる仕事は、ティーン雑誌『ニコル』のモデルだ。『ニコル』は全国の小・中学生にたいへんな支持を受けている。そして、そのモデルは圧倒的な人気を得ている。『ニコル』のモデルになるのは、たいへんなことなんだ。それから、これが肝心なことだが、『ニコル』のモデルは若手女優への登竜門にもなっている。お前がかつて共演させてもらった、荒木結衣さんも『ニコル』の出身だ」

「女優への登竜門……」

 舞子の目が輝いた。


 スタジオには舞子の他に五人の女の子がいた。洋服を選びながらキャッキャキャッキャと笑ってふざけあっている。まるで、学校の昼休みのようだ。そのなかの一人が舞子に向かって話しかけてきた。

「あなたが新入りさんね。私は島津彩しまづ・あや、よろしくね」

 彩は『ニコル』のエースだ。モデル稼業のかたわら、バンド活動もしている。ボーカルとギターだ。明るい性格が読者のハートを掴んでいる。

 ついで、渡辺美憂わたなべ・みゆうが挨拶してきた。

「ボク、美憂。ミユって呼んで」

 美優は自分のことをボクという。舞子は少し、戸惑った。

「ミーはエバ。イスラエルと日本のハーフよ」

 三人目が挨拶してくる。モデルの世界は今、多国籍化しているのだ。次の子もそうだ。

「アタシは畑道アンジェリーナ。日本語は勉強中。この前までカリフォルニアにいたの」

 勉強中の割には饒舌に話すアンジェリーナ。日米のハーフらしい。そして五人目は、

「佐々木裕美です。仙台の出身です。よく、ボートレーサーと間違えられます。同姓同名の選手がいるそうなんです」

五人の自己紹介が終わった。舞子は、

「水沢舞子です」

とだけ言った。いつもの通りである。


 通常、ファッション雑誌の場合、スタイリストが衣装から何まで用意して、モデルは着るだけが仕事である。ああ、もちろん商品を美しく、読者の購買意欲を高めるのも大事な役目だった。

 しかし『ニコル』ではモデルの中学生に、自分の着たいものを選ばせて自由にさせるという方針をとっている。今の子の感性を信じ、読者と同じ目線で商品を紹介するのだ。五人の女の子と舞子は衣装を選び始めた。


 舞子は一人ポツンと衣装の置かれた台から離れていた。其田には舞子が困っていることが見て取れた。舞子はどの衣装を取ればいいのかわからないのだ。普段、着古したTシャツに洗いざらしのジーパンしか履いていなく、なおかつ、ファッションに全く興味がない舞子に、この作業は苦行だ。よっぽど助けてやろうかと思ったが、他の女の子は一人で選んでいる。大人の出る幕ではない。

 すると、島津彩が、

「舞子ちゃんは足が長いから、スリムパンツがいいんじゃないかしら?」

と助け船を出した。すると美憂、エバ、アンジェリーナ、裕美たちが、ああだこうだと舞子の衣装のコーディネートをしてくれる。ようやく、舞子の衣装が決まった。舞子は、

「ありがとう」

と珍しく殊勝に言った。


 カメラマンが入って来た。入来大作いりき・だいさくという新進気鋭のフォトグラファーだ。

「YOUたち、用意はいいかい」

 入来が女の子に声をかける。

「今日も最高のフォトを撮ってあげるよ」

 変なのが出てきたと其田は思った。


 撮影は衣装選びと変わらない。女の子たちがキャッキャと遊んでいるところを入来が転がりながら写すのだ。其田は目が回った。

 そんな中、舞子は身じろぎもしない。女の子の輪に入ることもない。入来にはそれが気に入らないようで、

「YOU、緊張しているのかい。遊んで、遊んで」

と舞子に声をかける。舞子は形だけ取り繕って遊んでいるフリをした。

「YOU、笑顔がない!」

 入来が怒鳴る。

「なら、面白いこと言ってください」

 舞子は言い返した。その無表情な顔を見て、入来の顔色が変わった。

「YOU、笑わなくてもいい」

 それから突然、入来は無表情の舞子だけを写真に撮り始めた。なんだか目の色が変わっている。

「いいよ、その拗ねた顔。素晴らしい」

 入来は執拗にシャッターを押す。

「ねえ、入来さん。舞子ちゃんばっかり撮ってないで、アタシたちも撮って!」

 アンジェリーナがむくれる。

「ごめん、ごめん」

 入来は、五人を再び取り出した。舞子がそれに混ざることはなかった。

「だめだこりゃ」

 其田は頭を抱えた。

 撮影終了。


 帰りの車中で、其田は珍しく舞子を叱った。

「なんで笑顔を作れないんだ。女優には笑顔の演技が必要だろ。お前は大根役者か?」

「台本がなかった」

「作るんだよ、自分で。アドリブができてこそ、一流の女優だ」

「すみません」

「もう『ニコル』の仕事は来ないからな」

「はい」

 其田の怒りは収まらなかった。


 半月後、『ニコル』の出版元、新調社から見本誌が送られてきた。

「チェッ、見たくもない」

 忌々しげに袋を開けた其田の表情が変わった。

「なんだこれ……美しい」

 なんと、表紙は舞子のアップ。それも素の表情を写した、奇跡の一枚だった。

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