異世界でもニートがしたい!
亜暁(あいうえお)
【第1章】ニート、異世界転生する
【第一話】異世界転生してチート能力持ちになったけど
金髪に銀髪。赤、青、緑に白。
着ている服も見慣れない民族衣装から、重厚な鎧まで。
筋骨隆々の屈強な男に、蠱惑的な女性。はたまたトカゲ頭の亜人の姿まであった。
水面に映った自分の姿は、中肉中背の黒髪。いたって標準的な日本人の姿だ。
ふむ。
これらの事実を合理的に判断して、どうやら俺は異世界転生したということらしい。
やっぱり異世界転生といえば、冒険。
俺は冒険者になるべく、冒険者ギルドにやってきた。
転生した場所からはそこそこの距離があったが、そこはお約束どおりの『転生先でも何故か日本語が通じる現象』のおかげで、さほど苦労をすることはなかった。
「すみません。冒険者になりたいのですが」
「はい。ではこちらの書類の記入をお願いします」
差し出された書類には、訳のわからない記号のようなものが書いてあった。
これも予想どおりの言葉は日本語だけど、文字は異世界語という現象。
「あの、代筆お願いしてもいいですか? 俺、文字が書けないもので……」
受付のお姉さんは嫌な顔一つ見せずに、快諾してくれた。
文字が書けないということで怪しまれるかとも思ったが、どうやらこの世界の識字率はあまり良くないらしい。
「出身者を教えてもらえますか?」
「日本です」
「ニホン……聞いたことのない地名ですね」
「ここから遠い東の国ですよ」
テンプレどおりの質問に、テンプレどおりの回答。
そんなやり取りをいくつか終えると、受付のお姉さんは、俺にカードのようなものを差し出してきた。このカードは冒険者カードというらしく、冒険者の免許証みたいなものらしい。
「はい。これであなたは晴れて冒険者です。頑張ってくださいね」
こうして俺の冒険者デビューは、ハイテンポで決まりました。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
冒険者になった後のお約束としては、冒険に出るための仲間を集うことだと思うのだが、あいにく俺はコミュ障なので、それは省いていく。
それに、俺に仲間というのは必要ないのではないかと思うのだ。
異世界転生するにあたり付き物なのは、すばり『チート能力』だろう。
そのチートの能力を使って、無双するまでが異世界転生のテンプレ。
つまり俺にも何らかのチート能力が、備わっているはずなので、仲間なんか必要とするまでもないということだ。
自分のチート能力が何であるのか。
知りたい俺は、一人でクエストへと赴いていた。
俺のクエストが受けたクエストは、スライムの討伐。
本当はもっと強そうなやつでチート能力の検証をしたかったのだが、冒険者ランクというものが存在するらしく、実績のない冒険者は簡単なクエストしか受けられない仕組みらしい。
「あれがスライムか」
見つけたスライムは、青の丸型ジェル状。
日本の創作物の中のスライム、そのままの見た目だった。
遭遇したはいいものの、俺にはあいにく武器も防具も何もなし。ジャージ一丁のままだった。
このままではスライムを倒すことなんて出来るわけがないし、むしろこのままでは倒されるだけだ。
その時、目があったかと思うと、スライムは俺に襲いかかってきた。
さあ、来い。俺の中に秘められし、チート能力よ!
俺が念じたその刹那、俺の右手がまばゆいを光を帯びた。
右手を渦巻く光の粒子たちは次第に、剣を模したものへとなっていく。
そして、ついには質量を得て、確かな剣へと変貌した。
これが、俺のチート能力か……!
俺は現れた剣を振るって、迫り来るスライムを薙ぎ払った。
スライムは、綺麗に真っ二つに切り裂かれて、液状化していた。
どうやら今の一撃で、スライムを倒してしまったらしい。
「ふむ。俺のチート能力はこの聖剣ってとこか」
俺の手に突如として顕現した剣を振るう。
剣なんか初めて握ったというのに、手にしっかりと馴染む感触があった。
俺は自分のチート能力の威力を確かめるべく、岩なんかを試し切りしてみる。
岩もまたスライムのように真っ二つになった。
これは普通の剣ではない。異世界転生のお約束から考えても、聖剣と見て間違いないだろう。
ボヨンボヨンボヨン。
先程とは比べものにならないぐらい大きいスライムが、前方から俺の方へと向かってきていた。
クエストにはなかった突然乱入だ。
俺は右手の聖剣と、前方より迫るキングサイズのスライムを見比べる。
これは、つまりそういうことなのだろう。
俺は聖剣を構えて、キングスライムと交戦した。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「すごいです! 新米冒険者がキングスライムの討伐に成功するなんて信じられません!」
受付のお姉さんの言葉を皮切りに、ギルド内はちょっとした騒ぎが起こった。
これも異世界転生のお約束のようなもので、適当にやり過ごし、俺はギルドを後にした。
時はちょうど夕暮れ。俺は異世界の街中を歩く。
異世界の街並みは中世西洋のようなもの。これまたありがちな異世界像だろう。
腰から下げた聖剣が俺の歩きに合わせて、揺れている。
やはり異世界転生を果たした俺には、チート級の能力持ち。
そのチートのおかげで、俺は街のちょっとした有名人になった。
この後もおそらく、俺はこの聖剣を使って、魔王なんかを討伐したりしてしまい、ゆくゆくはこの世界の英雄として崇められる存在になっていくのだろう。
「……そんなの、俺はなりたくない」
だって、お約束どおりに進んでいっても、何も面白くないじゃないか。
ここまでのお約束どおりは面白かったか? いや何も面白くなかったはずだ。
容易に予想できる展開なんかで面白いはずがない。決まったレールを歩いてもつまらない。
チート能力を使って、いきなりキングスライムという強敵を倒しても、面白くもなんともない。
こんなトントン拍子の物語は面白いだろうか。いや、面白くない。
俺はそう思う。
だから、じっくりゆっくり。俺らしい、異世界生活を送ってみようじゃないか。
せっかく転生した異世界だ。そういうふうに生きたほうが面白いはずだ。
「俺だけの、俺なりの異世界生活、やってやろうじゃないか!」
俺はその決意を胸に、夕日へと走り出した。
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