41 名無しと出口の先
とりあえず役に立ちそうなものは手に入った。
しかし、私個人の当初の目的であったノラのこの謎の『黒い手』がなんなのかを知るのはまだずっと先になりそうだ。
……というか、魔女でも開くことができなかった本なんてもらってどうすればいいのだろう。
宝の持ち腐れというか、あまり意味がないように思えた。
「この本って結局見れないんですよね?」
気になったのでここは素直に質問しておくことにする。
なんとなくだが、当分この人とは合わないような気がしたからだ。
「そうだね。でもほら、僕と違ってナナシちゃんはいろんなところに行くみたいだから、先々で見れるようになる可能性はあるかもよ?」
「それとね」とタペヤラさんは言葉を続けた。
「ノラ君の黒い手についてはよく分からないけど、彼自身についてはちょっとわかったことがあったよ」
「え! なんですか!?」
「彼、どうやら『魔力が通りにくい体質』みたいだね」
――魔力が 通りにくい ?
「なんて言えばいいんだろう……体の内側まで届かないかんじ?」
どういうことなのかますます分からなくなってきた。
困惑する私に「ナナシちゃん、ちょっとノラ君に魔力流してみて?」と頼んできた。
「ば、爆発しませんか?」
「なんで?」
「いや、だってマナタイトは爆発しましたよ?」
「もしかして魔力の譲渡は初めて? 大丈夫大丈夫、爆発なんてしないから」
そうだった。
マナタイトはそういう特性の石だから爆発したのであって、別に私の魔力を注いだからといって何でもかんでも爆発する訳じゃないのだ。
私は言われた通り、ノラの手を握るとマナタイトの時と同じように魔力を込める。
「――あれ?」
おかしい。
ノラの手に魔力を込めようとするがまるで何かに防がれているかのように中に入っていかず、押し戻されている気がする。
蓋をしたカップに水を注いでいる感じと言うのだろうか。
表面で弾かれるような感覚だ。
「どう? なんとなくわかった?」
「はい。うまく中に流れていかない……弾かれてる感じがします」
……あれ、そういえば、過去にも似たようなことがあった気がする。
よくよく思い返してみると、奴隷狩りの事件の時にゲーレルタもなんかそんなことを言っていた。
魔力が通らない、とかなんとか……なるほど、あれはノラの体質ゆえだったのか。
一人で納得していると「実はね」とタペヤラさんが話し出した。
「ここへ連れてくるときに少し違和感を感じてね」
「違和感?」
「ここへ君たち二人を連れてきたときに使用したのは『転移』の魔法だ」
タペヤラさんが言うには今回の転移の魔法は『条件が揃った時、あらかじめ指定されていた場所へ転移する』と言うものだったらしい。
転移の魔法は特殊なもので、使える人間はほとんどおらず、あらかじめ場所を固定するならまだしも、リアルタイムで好きな場所に移動(現代風に言うテレポート)するとなると不可能。
仮にできたとしても、そんなことができる奴はそもそも人間じゃないのだとか。
「あれ、でもノラは魔力が通らないんじゃ?」
「転移自体はあらかじめ指定した場所に移動する。つまり部屋の扉を潜るようなもの、それでもやっぱり転移させづらかったんだよね」
タペヤラさんが言うには、転移させづらかったのが違和感の正体らしい。
「疑問が解決したところで、僕からナナシちゃんにアドバイスだ」
今までの気が抜けるような空気が一変し、途端に真剣なものに変わった。
あまりの変わりように緊張して固唾を吞む。
「さっきも言ったけど、ノラ君の体は魔力が通りにくい特異体質だ。魔法で彼は傷つけられない。つまり魔法に対しては圧倒的な防御力を誇ることになる」
魔法に対しての最強の盾。
それってかなり強力だけど、同時にかなりヤバいんじゃないだろうか?
だって、それはつまり――
「――だけど、恐らく彼は
――つまり、そういうことだ。
回復魔法が効かない。
この世界では回復魔法で……程度にもよるが、大抵の傷は治せる。
しかしそれができないとなると、原始的な方法で治療するしかない。
もし致命傷でも負おうものなら、まず助からないだろう。
「それに彼の体質は……正直異常だ。魔法を弾く人間なんて聞いたことがない」
「下手をすれば、良からぬ輩に狙われるかも」と続いた言葉に私は――
「む?」
「……オイ」
喋ろうとしたところで肩を叩かれ、反射的に振り向く。
そしてそのまま私の頬に何かが触れた。
「なにすんの」
ノラの指が、私の頬から離れる。
よくある、肩を叩かれて振り向くと頬をそのままつつかれると言う奴だ。
知っているとも、私も友人にやったことがあるからね。
でもなんで今?
……と言うかノラってこんなこと知ってたのか。
一応記憶喪失だよね?
ノラが手を下ろしたところで一連の流れを静観していたタペヤラさんがケラケラと笑いだした。
「フフフ! 君が僕に構ってばかりだから嫉妬したんじゃなぁい?」
「……いや、多分その線はないですよ」
「えぇ〜、どうかなぁ?」と心底楽しそうに言うこの魔女、ぬいぐるみなので表情はわからないが恐らくにやけているに違いない。
「フフ、あぁ面白い。そうだ、そろそろ上が閉館して一時間ぐらい経つけど帰らなくて大丈夫?」
「え、あぁ、それじゃあそろそ……一時間!?」
あれ、そんなに話し込んでいたっけ!?
閉館が六時とか言ってたから……七時ごろか。
なるべく早く帰らないとキャロルとシャーレイが心配するだろうし、何より夕食はみんなで食べようと約束していたのだった。
急いで帰ろうとする私から「あ、その腕輪は僕が返しておくよ」と言ってタペヤラさんは金色の腕輪を抜き取る。
「あ、すいません。お願いします」
「いいのいいの。僕も楽しかったし、外につながる扉があるから気をつけて帰ってね」
「そっちの先だよ」と言って私の背後を指し示す。
「左側の扉を開けてね」
「はい、ありがとうございました!」
お礼を言ってから私はノラの手を引いて走りだした。
……しかし思ったより壁際が遠かったのと、ノラの方が足が速かったのとで最終的に扉にたどり着く頃には私がノラに引きずられるようになっていた。
「ハ、ハァ……や、やっとついた!」
乱れる呼吸を整えながら、私は目の前の赤い扉を見た。
なんの変哲も無い扉が二つ。
一見して魔法で作られたようには見えない、この先が外につながっていると言うのだからなんとも不思議な話だ。
「よし、じゃあ帰ろうか」
そして教えられた通り扉を発見し、左側の扉を開けた。
こうして、私とノラの『魔女』と言う未知の存在との不思議な出会いは一旦幕を閉じたのだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
薄暗く、どこか湿った空気が充満するこの場所はお世辞にも過ごしやすいと言える場所ではなかった。
舞い上がる砂埃。
太陽の光が届かないからか、そこかしこから陰鬱な雰囲気が漂う地上とは正反対の死を象徴するような空間。
古い石でできた壁のあちこちが壊されて瓦礫の山が形成され、地響きのようなこの世のものとは思えない何かの
声の主は雄叫びをあげながら鎌のような手を振り回している。
巨大なサソリのような外見の魔物と対峙するのは二人の青年だった。
槍斧、ハルバートを手にした方の青年が斬りかかるも硬い外殻によって弾かれ宙を舞う。
しかしそのまま体制を立て直し難なく着地すると気にいらない、とでも言うように舌打ちをした。
「チッ、硬いな」
「とりあえず殻の隙間を狙って両腕を落とすしかないね」
もう一人のロシア帽のような白い帽子をかぶった青年が自身のそばにいる青年に言いながら、振り下ろされた魔物の尻尾をドーム状の結界のようなもので防いだ。
防がれた反動で後ろに倒れた魔物めがけて駆け出そうとしたところで、その視線が魔物から別のものに移される。
――あ、やべ、バレた。
ナナシがそう思ったのと同時に、ハルバートを持った青年は困惑と怒りとでごちゃごちゃになった頭で感情のまま叫んだ。
「なんだお前ら!!?」
「なんなんでしょうね」とナナシも言いたかった。
言われた通り、左側の扉を抜けた先では謎の魔物と謎の人物で大乱闘が繰り広げられていた。
聞こえないはずのタペヤラさんの「あ、右と左間違えちゃった」と言う声が聞こえたような気がしないでもなかった。
拝啓、キャロルとシャーレイ
私が戻るのはもう少し後になりそうです。
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