40 名無しと『らしさ』


謄本と原本を入れ替えたって……


「……なんでそんなことを?」

「はたから見れば犯罪行為なうえ、無意味な労働と取られてもしょうがないんだけどね」


タペヤラのぬいぐるみの腕が、そっと机の上に置かれる。

すると一冊の本が光と共に現れた。


「――これをキミに渡すためさ、ナナシちゃん」


そう言われて机の上に置かれた本を見る。

題名も何も書かれていない、分厚い古い本だった。

人に読まれた形跡どころか開かれたような形跡すらない、まるで長年触れられずに放置されたような本だ。


「どうしてこれを私に?」

「『死神』がね、キミに渡すようにって」


『死神』……当てはまる人物は一人しかいない。

私をこの地下室に、実質導いた人物は彼しかいないのだから。


「この地下へは僕の友人数人しか来れないようになっているんだ。キミが手に取った『題名のない本』……上だと『XXC5-7589』ってナンバーが付いているんだっけ、とにかくその本とキミが持っていた『招待状』がないとここへは誰であろうと来ることはできない」


招待状というのは私がもらった手紙で間違いない。

それよりも気になっていたことが私にはあった。


「私にこの本を渡すっていうのと、本の入れ替えってどう関係があるんですか?」

「さっき僕は『地上にある知識の塔にある本の原本が全て保管されている』って言ったけれど厳密には違うんだ」


タペヤラさんは机の上に置かれた灰色の本にそっと手を置く。


この本だけ・・・・・上には存在しない・・・・・・・・

「え……?」


どういうことだろうか。

いまいち質問の答えを理解しきれないでいると「少し昔の話をするね」と言ってタペヤラさん、もといクマのぬいぐるみは腕を組んだ。


「僕は元々この知識の塔にある魔道書の『浄化』を頼まれていたんだ」

「浄化?」

「そう。魔道書の中には『開いただけで呪われる』とか『そもそも強力な呪いでひらけない』なんて馬鹿げた物もあってね、そういった本の悪い部分を浄化することを国に依頼されていたんだ、しかも僕一人で」


「要するに『呪われた魔道書を一般人が読んでも問題ないようにしろ』って無茶な依頼をされていたわけさ」とタペヤラはため息交じりに語った。


「僕だけだったら大抵の魔法の対処は朝飯前なんだけどさ、『魔法自体の解除』ってことになるとそれがものすごく大変でね……だって超複雑なのとかあるしさぁ、悪質な呪いとかさぁ」


だんだん愚痴っぽくなってきた。

居酒屋とかで愚痴る酔っ払いみたいになってきた……というかこの人いつのまにか本当に酒みたいなの飲み始めてるし、ほろ酔いだし。


「そこで若かった僕は何を思ったのか『そうだ!解除が面倒だから謄本作って解除したことにしよう!』って思ったんだよね」

「謄本の時は魔法の解除とかしなくてよかったんですか?」

「まぁねー、魔法で書き写せばいいだけだしねー、もうずぅううっと楽だよねー」

「じゃあ最初からそうすればよかったんじゃ……?」

「それがさぁ!国的には『数ある呪われた魔道書を誰でも読めるようにした』って功績が欲しかったらしくてさぁ……知らねーってんだよバーカ!!」


もう本格的に酔っ払いとかしてきた。

おでん屋の屋台とかにいそうな人になってきた。

完全に上司の愚痴と言ってる人だわ。

すいません、誰かこの人にお冷やお願いします。


「――で、まぁ結果的に魔道書写したのをバレないように原本をここに隠してるってわけ。僕としても魔道書の原本を独り占めできるなんて最高の環境だしね」


いや、ダメだろう。

面倒だったのもわかるが、要は仕事のミスを隠し続けているようなものだ。

いや、でも結果的に知識の塔はちゃんと機能しているので一概に悪いとも言えないのだけれど。


「でもそんな本の中で唯一謄本にできなかったのが、これ」


酒のせいか、幾分か低くなった声で机に突っ伏してクマのぬいぐるみは言った。

この灰色の本だけは写すことができなかった、と。


「ひらけない本は色々あったけど、その本だけ魔法の解除ができなかった。一度、本が読めなくなるの覚悟で魔法で燃やそうとありとあらゆる魔法を試したりしたけど、どうやっても開けなかった」


どこか寂しそうに、まるで心残りだとでもいうような声でタペヤラは本の表紙をなぞる。


「あの、死神……ギルドマスターと貴方はどうやって知り合ったんですか?」


場の空気を変えたくてした質問だった。

特に意味はない、特別知りたかったわけでもない。

返事の内容自体に大したことは期待していなかった、しかしタペヤラさんの回答は私の予想とは全く別のものだった。


「んー、覚えてない・・・・・かなー」


――覚えてない?


「お二人は友人なんですよね?」と聞くと「そうだよ」とあっさり返事が返ってきた。


「昔のことすぎて覚えてない……とかですか?」

「いやー、そういうことじゃなくてね。死神と出会って旅をしたはずなんだけど、その時の記憶が……旅の最中の記憶が全くないんだ」

「それじゃあノラのこの手について、知っていることはないですか?」


私はノラにあの謎の黒い手を出してもらった。

元々はこれが一体なんなのか、それを知るためにこの街に来たのだ。

魔法に精通した魔女なら何か知っているかもと一縷の望みをかけるも「ごめん、力になれそうにないや」と首を横に振られてしまった。


「でももしかするとその本の中に、彼の黒い手について何か手がかりになることが書いてあるかもしれないよー?」


『かもしれない』という割に、ほぼそう確信しているような言い方だった。

まるでそれが当たり前に自然の摂理だとでもいうかのように、クマのぬいぐるみの姿をした魔女は笑いながら私に言うのだ。


死神アイツのすることには絶対意味があるからねぇ」


記憶を失っていても、自分と彼の間の何かは揺るがない、違えることもない。

確信満ちた言葉を目の前の魔女は私に言い切る。

その時一瞬見せた相手に疑心させるような話し方は、私の想像していた童話の中の魔女。

即ち今までで一番『魔女らしい』と言えるものだった。

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