33 名無しの次の目的
バランとの教会でのやり取りは、意外にもあっさりと終わった。
――いや、正確にはあの後いろいろあったんだが、今はとりあえず割合することにする。
村の人達に別れを告げて私達は行きと同じように馬車に揺られていた。
ステリアちゃんに「またいつか遊びにきてね! 絶対!」と念をおされたので今度は依頼ではなく、普通に遊びに行くのもいいかもしれない。
できれば今度は普通のおままごとがしたいなぁ。
シャーレイとバランの険悪な空気は無くなった。
いや、薄まったというのだろうか。
二人は全く話そうとしないので真相は不明だが……とりあえず帰りまでに人数が減ってなくてよかった、本当に。
険悪な空気がなくなった代わりに、馬車の中はそれとはまた別な事で、変な空気になっていた。
「あー、ナナシ」
誰も何も言わない中。
というか、そもそも触れるかどうか悩んでいるのだろう。
我らが頼れるリーダーことアルがおずおずと手を挙げるのを視界の端で捉えて、すでに読み終えていた本から視線をアルに向けた。
「なんですかアルさん」
「その、彼は……ノラは一体どうしたんだ?」
――そう。
シャーレイとバランの問題が解決したと思ったら今度はノラである。
簡単に言ってしまうと『べったり』なのだ、私に。
今朝からずっと、どこへ行くにもカルガモの親子のごとく後ろをついてくるのだ。
それは馬車で移動中の現在もそうであり、何故か私の隣の席に座って何をするでもなく見つめてくるのだ。
瞬きもせずに、じぃーっと。
外見とは対照的な真っ黒い目で見つめられるのは正直言ってかなり怖い。
というか何故瞬きをしないんだろうか。 眼球乾燥しないの? 大丈夫なの?
「ノラ、見過ぎだ。ナナシが困っているだろう」
シャーレイが咎めるが、ノラは私から視線を外そうとはしない。
どうしようか悩んでいると不意にノラが「目を……」と小さな声で呟く。
視線はこちらに向けたままだ。
バランも気になっていたのか、少しイライラした様子で「目ぇ? 目がなんだよ」と先を促す。
ようやく私から視線を外したノラは正面を向くと誰に向けてでもなく、呟いた。
「目を離すなって、言ってた」
「……
ノラの言葉に違和感を感じた。
忘れかけていたがノラは記憶喪失だ、それも自分の名前すら覚えていないくらいなのだ。
なのに、そんなノラが誰かに言われた言葉を覚えていた。
「言ってたって……誰が?」
「いや、そもそも『何から』目を離すなって言われてたんだよ」
アルとバランの質問にノラは「わからない」と首を振る。
「言ってなかったけど、ノラは記憶喪失なんだ」
そういえばこの三人には説明していなかった。
かくいう私も一応記憶喪失という『設定』なのだが、ここでいう必要はないだろうし余計なことを話すとボロが出そうなのであえて言わないことにする。
「記憶喪失……そうだったのか」
隣で暗い顔をするアルに対してバランは「そういやコイツ変な魔法使ってたな」とさして驚きも気にもしていないようだ。
バランの言っていた変な魔法とはノラの『黒い手』のことだろう。
「魔法……ノラ、差し支えなければ見せてもらえないかしら?」
やはり魔法使いとして気になったのか、キャロルがノラに声をかける。
許可を取るようにこちらを見て来たノラに「お願い」と言うと、三人に掌を上にして差し出すようにし何時ものように黒く鋭利な手に変貌させた。
もしかしたらキャロルならこの摩訶不思議な何かについて知っているかもしれないし、もしかしたらノラの失った記憶の手がかりになるかもしれない。
キャロル以外の二人は一度目にしているので特に驚いたりした様子はなかった。
「おー、これこれ」と言うバランの隣で、シャーレイは目を見開いてノラの手を見つめる。
「キャロル、なんだこれ? 強化魔法の一種か?」
「――いいえ、こんな物は見たことがないわ」
キャロルがそっと、割れ物を扱うように慎重にその黒い手に触れた。
しかし「もういいわ、ありがとう」とノラにお礼を言い、直ぐに手を離したかと思うと今度は真剣な表情で私を見る。
「ナナシ、もしよかったら私の実家に来ない?」
「え?」
あれ? なんでノラの手の話からいきなりキャロルの実家の話になったの?
「おい待て、ノラの手の話はどうした」
急な話の変化についていけなかったのは私だけではなかった。
動揺したシャーレイの言葉にキャロルは普段通り落ち着いた口調で話し出す。
「私の故郷『エリシオン』でなら何かわかるかもしれないわ」
私が今いる『ファランドール王国』。
その国内で最も大きな魔法学園があるのが確かエリシオン、キャロルの故郷だ。
前回の反省から、この国の大まかな地理はすでに勉強済み……本当なら一番最初に知っておかなければいけないことなんですけどね。
「エリシオンには国中の魔法が集まっているわ。もしかしたら、彼の不思議な力について何かわかるかもしれないし――」
――記憶に関しても、何か手がかりになるかも。
その発言を聞いて即決した。
「行く」
それからシャーレイに「良い?」と聞くと「もちろんだ」と頷いてくれた。
ノラの記憶については元からどうにかしたいと思っていたので丁度いい。
「ってことでキャロル、お願いして良い?」
「もちろんよ。エリシオンにいる間は私の家に泊まると良いわ」
マジでか。
驚く私にキャロルはさも当然というように「私が誘ったのだし、当たり前よ」と言ってくれた。
これはとても助かる。
バランは心底どうでもよさそうに組んだ足の上で頬杖をつく。
「せいぜいその空っぽな脳みそにまともな知識を入れてくるんだな」
「『エリシオンには本屋や大きな図書館もあるから、是非行ってみると良いよ』ってバランは言ってるんだ」
「……おいアル。何勝手に訳してんだ、一文字も合ってねーよ」
「気を悪くしないでナナシ。バランには優しい言葉をかけるという能力が欠如しているの」
「欠落してねぇ! テメェも何言ってんだキャロル!」
何やら急に馬車の中が賑やかになる。
きっと今までもずっとこんなやりとりをしてきたんだろうな、ということが想像できた。
アルの言っていた言葉が本当かはわからないが、優しさが不器用ということはキャロルも言っていたしここはプラスに捉えることにする。
このやりとりを見ながら、なんだかんだこの三人はやっぱりバランスのとれた良いチームだなと思う。
馬車の外に視線を移すと見慣れた風景が見えてきた。
次の目的地が決まったこともあり、私は何だかとてもワクワクして思わず笑みがこぼれる。
シャーレイも窓の外を見て「帰ってきたな」と私に微笑む。
「何ニヤニヤしてんだ爆破魔」
「おい、ナナシを爆破魔と呼ぶのはやめろ戦闘狂」
「事実じゃねぇか」
「人の名前もろくに覚えられないのか、大した知能だな単細胞」
「言ってろ耳長族」
「……」
「……」
バランとシャーレイの喧嘩開始三秒前。
今にも掴み合いになりそうな二人を見て「喧嘩するほど中がいいってことかな」と、ここでもプラスに考えることにした。
街に着くまであと少し。
私は『帰るまでが遠足』という言葉を不意に思い出し、その言葉を噛みしめる。
気を抜くにはまだ早い。
街に帰るまでが緊急依頼なのだ。
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