2 私は名無しのお姉ちゃん


 私がこの村に来てから一週間近く経つ。


サーシャの言った言葉を逆手に取り「実は何も覚えていない」ということを話すと村長はこの世界のことについて説明をしてくれた。

地理に関することだけでなく、魔法に関することからこの世界での有名な人物、果ては食べ物の名前などなど……この世界では常識らしいが、私には何一つとして知っている知識は無かった。


まぁ、異世界だからね。

知っている訳がないのだから正直に「知らない」ということを伝えると村長であるベフットさんが「身寄りがないのなら思い出すまでここに居るといい」と言ってくれた。

彼の目には光るものがあり、なんて優しい人なんだろうと思わず私も泣きそうになったが隣で引くほど号泣して居るサーシャを見ると、逆に冷静になってしまった。


「親子揃って涙腺がゆるくてなぁ」


と医者のおじいさん、ドニ先生がため息をついて呆れた表情で二人を見ていた。

私のことを思って泣いてくれて居るんだろうが、とりあえずサーシャちゃんは鼻水を拭いたほうが良いと思った。

美人が鼻水を垂らすのは良くないと思う。




私がいた家は元から空き家だったらしく、その日から私のマイホームとなった。

村長の紹介で村の人たちに挨拶をすると、皆さんもう私のことを知っていたらしく記憶喪失ということもあってか暖かく迎え入れてくれた。

この村では主に農作業をしたり近くの森で動物を狩ったり川で魚を釣ったりして生活をして居るのだそうだ。


お世話になるにあたって、自分も何か仕事をしないといけないのは必然で農作業や狩りなど一通り手伝わせてもらったが……どうやら私には狩の才能は全く無かった。

狩猟なんてゲームの中でしかやったことないし、何より運動がそこまで得意ではない自分には向いていのも頷ける。


とりあえず女性に混じって家事などを手伝う傍、子供達の遊び相手もすることになり、最初は「これは仕事なのか?」と疑問にも思ったが、子供達だけで遊ばせるのは心配なのでついていてくれると助かるとのことで、今では村の子供達の引率が私の主な仕事になっている。


「お姉ちゃん、なんていうお名前なの?」


初めて子供達の引率を任された時に一人の女の子に聞かれた。

記憶喪失という設定なので名前も忘れたことにしていた私が「ごめんね、覚えてないんだ」というと女の子は少し考えてから小さな花が咲くように笑って


「じゃあ『名無しのおねぇちゃん』だね!」と言った。


近くにいた他の子供達にも聞こえていたらしく「もっとかっこいい名前にしようよ!」「おねぇちゃん、お名前思い出したら教えてね」など口々に言っていた。


この「名無しのお姉ちゃん」という呼び方は村全体に広がり、私は「ナナシ」として元の名前を心の内に留めてこの世界で生きていくことになった。



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