臆病者の成長記

そるふ

第1話 臆病

 才能とは何だろうか。


 「そんなもの努力で何とかなるもの」だと言う人もいれば、「努力しても届かないもの」だと言う人もいる。

 自分はどちらの意見かと聞かれれば、後者に傾いている様な気はする。


 だが、正直そんな事を言えるような筋合いも無いのではないか、と少年──レイトは思う。

 後者の言葉はあくまでも努力を限界までした人が言えるべき台詞だろうと考えているからだ。


 比べて自分はどうだろうか。


 一回でも必死に努力した事があっただろうか。


 記憶を探ってみるがそこには自分の力の無さを誤魔化してきた記憶しかなく、ただ空しくなるだけだった。


 だからこそ今自分はこんな状況になってしまっているのだろう。と倒れながらにレイトは思った。


「相変わらず弱いな、てめぇ」


 自分を殴り、倒れさせた張本人は容赦無い言葉を吐き出す。

 その周りにいる者も次々と罵声を浴びせてきた。


 初めこそ言葉に傷付いたり悔しさを覚えた事もあったが、今では慣れてしまいどうとも思わなくなっていた。


 目の前の少年は同じ15歳とは思えない程、自分より強く、能力も優れている。


 その能力とは運動能力などの基本的な能力ではなく、特殊なもの。

 例えばレイトは「速度強化」という自身の速さを上昇させるという能力を持ち合わせている。


 そういった能力を皆が取得していて、それ故に能力の強弱がより鮮明に表れてしまう。

 レイトのようにいじめられてしまう者も少なくはなかった。


「立ち上がる勇気もねぇのか……つまんねぇな」


 ひとしきり殴って満足したのか、それとも呆れ果てたのかは分からなかったが、そう言い捨てて去っていった。


 一人教室に残されたレイトは、立ち上がり制服についた汚れを払う。


 立ち上がる勇気もない。


 先程言われた言葉が反響してレイトは思わず耳を塞ぐ。


 図星だった。


『立ち上がれなかった』のではなく、『立ち上がらなかった』のだ。

 抵抗してもそれは無意味で余計に酷くなるだけ。

 抵抗しなければ、ただ殴られていれば、それ以上の傷を追わなくて済む。


 それを言葉に表され再認識した事で、自分の情けなさに悔しさや怒りがこみ上げる。


「またいじめられているんですか? 」


 突然掛けられた声に驚き、反射的に顔を上げる。

 そこには一人の少女が佇み、こちらに冷たい視線をぶつけていた。


 その少女とは同じクラスメイトではあるが、ほとんど話した事は無く、何故自分に話し掛けて来たのか不思議だった。


「アライズさん……? 」


 レイトがそう呼んだ少女──アライズは更に言葉を投げかけてくる。


「あなたは何故抵抗しないんですか?いじめられたいんですか? 」


 無表情で淡々と厳しい言葉をぶつけてくるアライズにレイトは傷つき、項垂れる。


「そんな訳……無いよ……」


 呟くようにレイトがそう発した。


「僕だって……いじめられたくなんか無いよ!……でも抵抗した所で、どうもならない。むしろ状況が悪化するだけなんだ……」


 言いながら涙を流していた事に気が付いた。

 悔しさなのか、怒りなのか、自分でも分からない感情が先走る。


「じゃあ……あなたは本気で抵抗した事があるんですね?ちゃんと言葉で嫌だ、って言ったことがあるんですね? 」


 泣いている事なんか関係無いと言わんばかりにアライズは畳み掛ける。

 それを聞いたレイトは何か反論しようと言葉を探すが、何も見つからなかった。


 考えてみればそこまで本気になった事は確かに無かったのだ。


 だが──


「そんなの受けてないから分かるんだよ!」


 所詮、そんな事を言えるのも自分が同じ目に合った事が無いからだ。

 でなければ、そこまでの強い言葉は出てこない筈なのだ。


「じゃあ、あなたはこれからもずっと、そのままでいるんですね。暴力に怯えて、そのまま……」


 アライズは近寄ってきて、低く鋭く言い放った。


「臆病者……」


 言うと、振り向き教室の出口へと歩いて行く。

 それに対して何かを言い返す事も止める事もしなかった。

 ただ悔しく涙がとめどなく溢れてくる。

 その時、教室の扉が開く音がし、顔を上げる。


「あれ? レイト君?」


 教室の前の扉から入ってきた人物はリスアという担任の先生であった。

 レイトは急いで制服の袖で涙を拭い、暗かった表情を無理やり明るくする。


「あ、先生、どうしました?」

「いや、あの……レイト君……」


 先生は心配そうな表情を浮かべ、こちらへ近づいてくる。

 心配かけまいと、出来るだけ明るくしたがやはり不自然だっただろうか。


「……座って?」


 一番後ろの席をレイトに示し、リスアはその前の席に腰をかける。


「……はい」


 レイトは諦めたように腰を下ろしたが、顔は上げれなかった。

 無言の時間が流れリスアはレイトを見つめ、呟いた。


「……大丈夫?」


 ただ一言そう言った。

 先生がいじめの事まで知っているのかは分からないが、涙に気づいての言葉だろう。

 どう返すべきか必死に考えていると


「無理して言おうとしなくても良いよ」


 まるで心を読んだ様にリスアはそう言うと、頭に優しく手が置かれ、撫でられた。

 普通は恥ずかしい思いで一杯のはずだが、この時に限っては安心感に包まれ、心が安らいでいく。


 この人になら聞ける気がした。


「先生」


 顔を上げ、先生の顔を見た。

 頭から手を引き、うん?と首を傾げる。

 レイトは瞳を真っ直ぐに見つめ、決意する表情を浮かべた。


「どうしたら……強くなれますか?」


 自分には珍しく今一番聞きたいことがまっすぐに聞けた。

 いつもなら適当にごまかしていたハズだが、不思議と言葉が出た。

 リスアはレイトを見つめ返すと、その決意を受け取った様に深く頷く。


「じゃあ……私と特訓しようよ!」


 リスアはレイトの決意に応えるようにそんな提案をした。


「え、でも先生忙しく無いですか……? そこまでしてもらうのは悪いです……」


 リスアの気持ちは勿論嬉しくはあったが、申し訳ない気持ちの方が強く思ってしまう。


「大丈夫大丈夫! そんな事気にしないで、じゃあ明日から早速やるけどいい? 」

「えっ? ­­­­は、はい……」


 考える間もなく話が進み、レイトは勢いで返事をしてしまった。

 だが、変に考える暇が無かったのが良かったのか気分は晴れていた。




 レイトは学校を後にすると、村の道を歩いて行く。

 ここミルスという村はかなりの田舎で、人口も少なく、特に誇れる様な名所や特産品も無い。

 ミルスから一番近い、といっても馬車で20分はかかる、ファリアという街には巨大な噴水があり、それが街のシンボルとなっている。


 そういったシンボルが欲しかったのだがミルスには何も無く、唯一挙げるとするならば、こののどかな空気ぐらいだろうか。


 そんな村を歩き続け、端へ到達する。

 目の前には木で出来たバリケードが設置してあった。


 これは村を囲うように設置してあり、村から出られないようにする為の仕組みだ。

 何故こんなバリケードがあるのかというと、それは魔獣と呼ばれる存在への対処の為だ。


 魔獣とは、凶暴な生き物で人が襲われるという事例が数多くあり、危険な存在と認知されている。

 魔獣は村や街の外に彷徨いており、その為村の出入口には警備兵がおり、許可無く出歩く事は禁止されていた。


 その危険防止のバリケードに一箇所だけ穴が空いていた。

 そこを潜り、外に出ると近くにある森へと足を踏み入れる。


 辺りは太陽が沈みかけていて少し薄暗い。

 森の中ともなると木が光を遮断してしまう為更に暗くなっていた。

 だがレイトは慣れた様子で先へと進み、開けた場所へと出た。


 そこには四足歩行で体色は白。鋭い牙や爪が生えていて、凶暴な魔獣──トラストがおり、レイトへと視線を向ける。


 レイトを視認するとトラストは駆け寄り、頭を下げた。

 トラストから撫でて!撫でて!と心の声が聞こえた。

 レイトは座り込み慣れた手つきで頭を撫でてやり抱き締める。


 毛が柔らかく、体がとても暖かい。

 これはレイトにとってはいつも通りの光景。

 普通の人間ならばトラストに見られた時点で襲われているかもしれないがレイトは例外だった。


 レイトは魔獣に懐かれる特殊な体質であり、外に出ても襲われる事は今まで無かった。

 むしろレイトにとってはトラストはペットのようだと可愛く見えており、癒しの存在であった。


 その癒しを求め、レイトは放課後になるとこうして村を出て、森へと来ることが日課となっている。

 森へと来る為のバリケードの穴はこのトラストが開けたものだ。


 レイトもまたトラストにとって癒しの存在であるのだ。

 そしてもう一つ、レイトには特殊な体質がある。


 それは魔獣の心の声を聞けること。


 完璧に全てが聞こえる訳では無いが、何となくどう思っているかが理解出来た。


 今も頭や腹を撫でてやると、気持ちいい……もっと!もっとして!と思っているのが何となく分かる。


 撫でていると、ふと先程の先生との事を思い出し、ハッとした。

 そうだ。今日は言わなくてはいけない事があるのだ。


 レイトはトラストを撫でる手を止め、口を開いた。


「明日からちょっと強くなる修行をするんだ。だからここには来れなくなるかもしれない。」


 トラストがこちらの言葉を理解出来ているかは分からないが、取り敢えず伝えておきたかった。


「でも、必ずいつか帰ってくるから。それまで待ってて」


 すると、トラストはそれを理解した様に一回だけ吠えた。

 まるで頑張れ、と励ましてくれている様に聞こえ、嬉しくもう一回抱き締める。


「ありがとね」


 白い毛を撫でながら優しくそう呟いた。


 そこから少し離れた木の影から二人、いや一人と一匹を怪しい人影が観察していた。

 人影は口元に不気味な笑みを浮かべ、その場を去っていく。



 不穏な空気がレイトを、いやこのミルス村全体を包み込んでいた。


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