この醜い世界で

カカオ

第1話


 この世界は腐っている。


 目の前の光景に思わず私の口はそう溢してしまう。

 大きな爆発音が耳を貫き、飛んでいく破片が家々や人々を傷つけていく。犠牲者の誰もが悲鳴をあげ、我先にと人を押し退け逃げていく。

 先程まで仲良く談笑していた人達が、争うようにこの場から去ろうと醜く慌てふためく。

 場は正に混乱を極めていた。

 今度は先程の爆発音よりは小さいが、それでも悲鳴を掻き消すのには十分な銃声が響いた。一瞬静まったこの時を狙っていたかのように馬に乗った男が高らかに声をあげる。


「動くな! いいか、一歩たりともそこから動くな。今からお前達の物は全て俺達の物となった。勿論お前達の命もだ」


 腐ったこの世界に生きる人間もやはり腐っている。いや、人間が腐っているからこの世界も腐っているのだろうか。 


「おいそこの奴ら、金と食料、そしてこの場にいない奴らを連れて来い。余計な真似はするなよ。もしお前らが帰ってこなかったり、余計な真似をする素振りを見せたらこの場にいる奴は皆殺しだからな」


 男は近くにいた村人数人に命令すると、仲間を一人見張りとしてその村人達につけた。

 村の広さから見て人口二百人にも満たない小さな村だ。そんなに時間がかかる筈もなく、すぐに残りの村人を連れて来て、男と女、そして女の中でも若い女とその他で分けていく。

 偶然この村に来ていた私も若い女達の中へと混ぜられる。そしてその中でも美醜によってさらに分けられていく。

 その時の下卑た表情の略奪者達と、恐怖で怯えるしかない犠牲者達の表情が私を苛つかせる。


 この世界は弱肉強食だ。昔どこかの王がそんなことを言ったらしい。恐らくその王は強者だったのだろう。弱者を喰らうことで生きてきた者。弱者を喰らうことでしか生きていけなかった者。

 そして喰らわれる弱者もまた自分よりも弱い者を喰らって生きてきた。

 今なら私は断言できる。それはこの腐った世界の真理なのだと。

 どこぞの誰かが決めたこの腐った世界を生きる腐った人間共の生き方なのだと。

 強者は弱者に何をしても構わない。

 それがこの世界の真理なら私はそれに従って生きよう。


「お頭! こんな寂れた村に勿体無いくらいの美人がいますぜ!」


 髪の毛を掴まれそのまま馬に乗った男の元へと連れていかれる。

 男は馬から降りると、足から胸へ視線を動かしていき、私の顎を持ち自身の目線と合わせた。男の濁った瞳越しに、同じように濁った私の青い瞳が反射している。


「ちと目つきが悪いが……、まぁ目つき以外は申し分ない程の女だな」


 男が目を細めて笑い、私の胸を乱暴に掴む。

 その瞬間私は手を男の顔へと振り下ろす。袖に隠していた短剣を握りしめ、男の顔の中心へと深くそれを突き刺した。


「え?」


 男達が何が起こったかわからなくて固まっているその隙をついて、男の腰の剣を抜き、そのまま首を跳ねる。

 そして残りの短剣を近くにいた男の仲間三人に向かって投擲した。二つはそのまま顔に刺さったが、一つは腕で防がれる。

 最善とは言えないが、二人を不能に出来ただけでも良かった。最悪なのは三人ともに避けられて対処されることだった。

 痛がっている残りの一人に近づき、剣で腹部を突き刺し殺す。


「……お、お頭がやられた」

「や、やばいぞ。にに逃げろ!」


 呆然とそれを見ていた他の仲間達が自分達の手には負えないと判断をして先程の村人みたいに我先にと逃げ出した。その姿は先程の村人達と何も変わらなかった。

 とくに追う事はしない。逃げる者を追いかけて殺すほど私は暇ではないし、もしまたこいつらがこの村を襲いに来たとしてももう私はこの村にいないから関係ない。

 わざわざ追いかけて殺す理由が私には一つもない。


 唖然としていた村人が呑気に歓声をあげだす中、私はさっさと宿の部屋へと戻り、置いて来てしまっていた剣を腰に差しひっそりと村を立ち去る。

 この村にいて村人に捕まってしまうのは面倒このうえない。恐らくこの村人は何も変わらないのだろう。今回の事で危機感を抱いてもそれは少ししたら忘れ去る程度の物で、またのどかに暮らしていくのだろう。そしてまたいつの日か野盗に襲われて、今度も運良く誰かが助けてくれるのを待つのだろう。


 ……滅びてしまえばいい。


「……胸糞悪い」


 地面に唾を吐きたい気持ちを抑え、歓声があがる村を背に私は歩く。


 この世界は腐っている。人間という種族は腐っている。醜く、汚く、笑顔で嘘をつく。笑いながら弱者を喰らう。

 だから私は決めたんだ。私は強者になる。大きな力を手に入れて、誰にも負けない強者になってやる。

 そして私は強者となってこの世界に復讐してやる。この腐った世界に、腐った人間に復讐してやる。全部、全部全部、何もかも全て、


「――ぶっ壊してやる」


 これは私の全てを失ったあの日から始まり、全てを知ったあの日に決意した復讐の物語りだ。

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