第30話スキー三昧

真冬のスイスはすばらしかった。列車はインターラーケンから

グリンデルワルドに登る。そこからはケーブルカーだ。

アイガーの北壁をくぐり抜けてケーブルカーはひたすら登る。


途中、北壁に窓がくり抜いてあってグリンデルワルドの村が

眼下に小さく見えた。『こんにちわ』と窓の外から岩盤の

ひさし越しに岩登りの登山者が今にも入ってきそうだ。


終点から徒歩で氷の洞窟アイスパレスをきわめてゆっくり

ゆっくりと歩き抜けて外の頂上に出る。すばらしい眺めだ。

東に4000m超えのユングフラウヨッホの雪峰。北に


メンヒと反対側に007の映画の舞台になったフィルスト

の山とすばらしい斜面。そして南にはイタリアへとつづく

大氷河。実にすばらしいアルプスの峰峰だ。


どうだ、すごいなマメタン。よかったな、ほんとにマメタン。

トニーザイラーの歌が聞こえてきそうだ(ふるいなあ)。


感激のアイガー山頂だったが、下る頃からオサムはだんだん不機嫌

になっていった。まだ一度もスキーをしたことがないのだ。マメ

タンは何度か信州にすべりに行ったとかで早く滑りたがっている。


とにかくグリンデルワルドのユースに長期滞在の覚悟で泊まる。

ここからのアイガーのながめは最高だ。三日に一度は出るホンヂュ

にうんざりしながら、今日も風邪気味と言いつつスキーを逃げていた。


4日目旅の日本人でスキーの初心者が来てくれて、やっと生まれて初

めてゲレンデに立つことになった。レンタルスキーもクナイセル、


ロシニョール、ヘッドばかりだ。日本にいるスキー好きにはたまら

ないだろうな。レンタル料1日千円、周りは全てゲレンデだ。


駅前の池ではほうきで氷上を必死で掃きながら、

円盤型の重そうなおもしを滑らせている。


さて初心者二人、オサムともう一人、

着いたばかりの中年カメラマン、は一日千円の

インストラクターを雇って3日間特訓をやった。


マメタンたちは何人かで初級ゲレンデをすいすい

と滑っている。くそっ、そう簡単にはうまくなら

ないのがいやなんだよな、これが・・・・。


4日目から腰掛リフトを使う。これがまた難しい。

どうしても尻餅をついてしまう。Tバーのほうが

まだましだ。毎日くたくたで死にそう。それでも


1週間もすれば十分初級ゲレンデをボーゲンで

二人とも何とか滑れるようになった。こうなって

くると面白い。普通のリフトにもチャレンジして


上の上まで行く。もうがむしゃらスキーだ。

ごてごてになりながら家族ゲレンデに戻ってきた。

アメリカ人の老夫婦がレッスンを受けている。


恐らく一生に一度のスイス旅行なのだろう。

いでたちはアメリカの国旗をもじった派手な

ウエアだが、さすがにゆとり、ひょろひょろと


わずか数10センチすべるだけで、ほほえましく

支えあいキャーキャーと歓声を上げて、十分に

楽しんで見えた。


そうだここはスイスのグリンデルワルド。

がむしゃらはやめてゆとりを持って、

優雅に滑ろう。


もう一人早稲田の山男が加わって4人で

ツアスキーの企画を立ち上げた。

半日コースのフィルストにまずチャレンジだ。


007のテーマが山一杯に響き渡る。

もちろんインストラクター付だ。

昼前スタート、2時間かけてロープウェイ


を乗り継ぎ乗り継ぎフィルストの頂上に立つ。

すばらしい眺めだ。まさにスイスアルプスの

ど真ん中。欧州大陸を見下ろす感じだ。


インストラクターの合図で下りスタート。

ひたすらシュテムボーゲンでのろのろと5人

連なって下りる。ヒュイヒュイと多くの人たち


が次から次へと滑り降りて来る。やっとなだらかな

下りにきた。数キロメートル一直線だ。

「ここからは好きに滑って下で待ってなさい」


やっほー!。みな好き好きに滑り出した。

再び007のテーマが山一杯に鳴り響く。

ところがオサムはバランスを崩してしまった。


直滑降だから最悪だ。バランスは戻らない。

中腰でどんどんスピードが乗ってくる。

倒れようにも倒れきれない。もう駄目だ。


ものすごい雪煙を上げて、左斜めにおおきく

スライドしてやっと止まった。冬のアルプスは

冷や汗一杯、死ぬほど暑い雪だった。


最後の週、皆ともお別れだ。我々も4週間目に

入った。もう二度と来る事はないだろう。


ユングフラウまる1日のツアーに、

最終すべり止めと決定した。

メンバーは例の4人だ。朝早く出てケーブル、


ロープウェイ、リフトと乗り継いで延々3時間。雪曇

るスタート地点に着いた。とてつもなく広い山一面が

スロープ。滑っているのは我々だけという心細さだ。


またもシュテムボーゲンで休み休みおりる。かなり

ガスってきた。こぶが見分けにくい。上のほうから

時折スキーヤーが降りてくる。その一人が女の子で


「こんんいちわーっ」といって通り過ぎていった。

何で我々が日本人て分かったんだろう?


山男の姿が突然消えた。こぶ裏の新雪の吹き溜まり

にはまったのだ。その後何度も皆この吹き溜まりに

はまった。何時間かかけてやっと中継地点に着く。


これから林間コースという所でマメタンがどうしても

足が痛いとリタイアした。皆と別れて一人ケーブルで

降りるマメタン。すばらしい林間コースだったが、


オサムは何で一緒に行ってやらなかったのだろうと

悔やんだ。イタリア人だったら『信じられない?

お前は男じゃない!』と言うだろうな。


次の日ユースに近くの海外青年協力隊のメンバーが

来ていて、一度是非とのことでマメタンと二人で

夜に訪問させてもらった。酪農実習生5名、2人が


女性だ。久しぶりの日本食。東北なまりがきつくて

さっぱり分からなかった。ここは外国か?

とてもうまいしゃぶしゃぶであった。


帰りの満天の星空は本当に今にも手が届きそう。

流れ星も一杯見られてたくさんの願いを掛けられた。

マメタンは一体何を願ったのだろう?


アイガーの北壁よさようなら!スキー特訓で

あちこちあざだらけ体くたくたのスイスであった。

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