第21話石松
どう見ても先輩ベテランの風貌なのでこちらが丁寧になる。
「イスラエルのキブツで1年働いて先月デュッセルに来た
んや。日本を出てからもう2年になる。インド、中東、
アフリカ、エチオピアを回って何度も死にかけた」
という人だった。そのうち作業は大きな首輪になっていった。
この輪っかに半円形パーツを大中小4321とつなげていくと
うろこのような首飾りができる。もうひとつは涙型の直線パーツ
を一番長いのを中心に両側に少し短いのを順次つなげていくと
ジャラジャラと音がする感じの美しい首飾りができた。
『あれ、これは昨日の晩見たのとよく似ているが格段の差だ』
オサムがそう思ったとき、彼がポツリと語った。
「これが10マルクでよう売れるんやで。皿なんど洗っとらんと
はよこれし。おっとこれ内緒やった。縁日におこられる」
「これが売れると分かったら皆がまねをするからでしょう」
「そうや。今まで誰にも言わんかったのに言うてもた。
わしは石松というんやが、今んとこ日本人でこれをやっとるのは
縁日とよれよれとわしとの3人ほどや。皆平日作って土曜日の晩
だけ売りに行く。1晩で10万円以上は売れる。そうや、
よれよれはこないだ捕まって今刑務所や」
なんと、オサムは耳を疑った。1晩で10万円!。1ヶ月
皿洗って5万円なのに。刑務所?やばいことなのかこれは?
しかしとんでもないことをこの人は教えてくれたものだ。
「絶対誰にも言うたらあかんで」
どすの聞いた声で石松はオサムをにらんだ。
だがめがねの奥の目は笑っていた。
「そうや。時々ポリスがいきなり現れることがある。
この時は1番角の奴がパッとたたむと皆一斉にパッと
たたむことになっている。捕まったら最悪や。ポリス
どまりだったら罰金で済むけどイミグレーション
までいってしまうと、国外退去や」
「・・・・・・・・・」
「これさえ覚悟しとけばあんたもやる気があるんやった
らやんなはれ。わしが縁日に言っとくから」
「是非お願いします。また明日来ます」
「よっしゃ。ほなわっかった」
そして石松は再びオサムの耳元でこうささやいた。
「絶対にほかにしゃべったらあかんで」
翌日二人は縁日に会った。
「石松、あほやなおまえ。あれほど言うたら
あかんというてたのに」
大阪出身、縁日で盆栽や植木を売っていた。
テキヤタイプだがとても神経質そうだ。
石松はオサムを従えて神妙にしている。
「しゃないやないか、言うてしもたんなら。
もう絶対ほかにはばらさんといてや」
歳はオサムよりも少し下のはずなのに、
やはりテキヤのはったりがある。石松が、
「こいつは大丈夫や。わしが弟子として育てる。
もう絶対、他言はせへんからよろしく頼む」
深々と石松が頭を下げた。オサムも一緒に、
「よろしくおねがいします」
と頭を下げた。縁日のこめかみの青筋が強烈だ。
「しゃあないのう・・・・・・・」
と言って彼は背を向けて立ち去った。
石松とオサムは頭を下げて最敬礼したままだったが
縁日の姿が見えなくなると万歳と手を打って喜んだ。
「今度の土曜日アルトに来てみいや」
「はい、わかりました」
そして、それは真実だった。アルトシュタット、
土曜日。店が終わると大急ぎで十字路へ向かった。
午後11時過ぎ、すごい人だ。
たくさんのヒッピーが出ている。この十字路の一角だけ
が歩道の幅が広く、十数軒は楽に出せる。一番角は常連
のドイツ人、平日も出しているあの下手なケッテ屋だ。
(この針金細工のことを皆ケッテと呼んでいた)
とにかくすごい人だ。歩道からあふれて車道の石畳を
歩いている。確かに売れ行きはすさまじい。
飛ぶようにとはこのことだ。なかでも縁日の作品群はすこ
ぶる逸品ぞろいであった。指輪、ブレス、ペンダント、
そして例のうろことジャラジャラ。
イェーデ(どれげも)10マルクと値札がうってある。
ビニール袋に入れてポンポンと手渡しているので全く
挨拶している暇はない。
と、突然、人垣に変化が起きた。石松と縁日はすばやく黒布
の四隅を掴むと一瞬にして抱え上げそのまま大きな革鞄に
放り込むとバタンとふたをして何食わぬ顔で人ごみに消えた。
ほんの10秒だ。石松が鞄を抱えてオサムの傍へやってきた。
「オッス、よう見とれやあそこの角」
と言って十字路の反対角を指差した。
もうヒッピー達の姿はない。歩道は人であふれ立ち止まって
いる人達はニヤニヤしながら、一部その方角を見つめている。
現れました!ブルーのライトを天井につけた緑と白のツートン
ポリツァイフォルクスワーゲン!のろのろと現れるといったん
停止して左折しゆっくりと車道を遠ざかる。しばらくすると
ものの数分のうちにヒッピー達は路上に整然と再オープン。
こんがらがったケッテをほどくまもなく次から次へと売れていた。
『なるほどこれじゃ10万はいくわ・・・・・』
平日でも売れるだろうが製作が間に合わないのだ。
クリスマスの頃はどうなるのかと思うと身震いがした。
『よし、俺は絶対針金をやるぞ!デュッセル1の針金師になるぞ!
あの1番角を必ず取るぞ!』 と一大決心をした。
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