第19話中華レストラン金都(きんど)
金都きんどはとても楽しい所だ。
中年スペインアミーゴは小柄小太りで
両親と子どもたちをふるさとに残し、
一人出稼ぎに来ているそうだ。いつも歌を
歌っている。時折誰も聴いていないのに、
仕事の手を休めてまじめに大声で自分の歌
に酔いしれている。最初は注意されたの
だろうが、今は誰も何も言わない。わりと
歌はうまいので、テノールのいい声だ、
皆諦めて聞き流している。ウェイターの
チャーリーは典型的なイタリア青年で、
当時はやりのウルフカット。スマートで
おしゃれでとてもかっこよく、いつも他人
の目を気にしてポーズをとり、しなを作る。
家はとても不潔なぼろアパートに住みながらも、
おしゃれだけは世界一だ。パラピーラパラピーラ
とイタリアなまりのドイツ語で、女性には必ず
何か一言声をかけては笑わせている。ディスコでも
気をつけなければならないのがこのタイプだ。
踊っていようが食事をしていようが、すっと
彼氏と彼女の間に割り込んできて、彼のほうには
背を向けたまま彼女を誘っている。「無礼者め!」
肩を叩き。「ノー、イタリアーノ!」とにらみつけると、
すぐに退散するのが面白い。それが女性に対する礼儀だ
と思っているらしい。皆が楽しくなるから憎めない、
ゲーム感覚だ。ヒッチハイクで女性が手を上げると
すぐに車が3台止まるというお国柄がうなづける。
中年ドイツ人のウルフガングは、一見ヤクザの
用心棒風だ。
彼は厨房前の開きドアをいつも足でどーんと蹴って、
両手に銀盤を支えて入ってくる。いつもニコニコの
チャーリーとは対照的にむっつりでブスーッとしている。
ほんとにこいつはヤクザなのかもしれない。シェフの
上海アミンは長身で口の端にちょび髭があり、辮髪に
チャイナ帽をかぶれば清国の大臣様だ。陽気で仕事は
さすがの若きシェフだった。アミンアミンとチャーリー
が冷やかすと、フライパンを持っていつも二人でおっか
けっこをしていた。広州のサミーはサブシェフ。アミン
と同年代だが、ずんぐりむっくり丸顔で、どこかいびつ
だった。ドイツに来たばかりで言葉がまるで駄目。
「へーイ、リーベン(日本)」とオサムのことをこき使う。
ジェスチャーで指示をするが通じない時は、一人青筋を
立てて落ち込んでいたりする。あまり意地悪をすると怖
いので、オサムは何かと先回りして気を使ってやった。
一度このサミーと二人でディスコに行ったことがある。
給料日の翌日に三つ揃いのスーツを買ったサミーは、
「ヘイ、リーベン、デスコテ、デスコテ」とオサムに
声をかけてきた。何のことかと思ったら、今晩ディスコ
に行こうということだった。皆都合が悪くて仕方なく
オサムが付いて行くことになった。はじめはおとなしく
踊っていてくれたのだが、だんだんと調子に乗ってきて、
カンフーやら太極拳やら、最後は飛び上がってけりを入
れたりしてきたので、回りがしらけてきてしまった。
彼の手をすっと引っ張ってすばやく店を逃げ出した。
それでもサミーはオサムに深く感謝していた。
相当ストレスがたまっていたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます