落第勇者と勇者嫌いの悪魔
moai
プロローグ
プロローグ
故郷が、燃えていた。
帰ってきた青年の目に飛び込んだのはそんな凄惨な光景だった。
「おい。燃やすのは金目の物を見つけてからにしろよ」
焦土と化していく故郷の中を三人の男女が歩いていた。明らかに部外者であるその三人は不躾に崩れ落ちた家屋に侵入し物色を繰り返す。全く躊躇がない。この三人こそが故郷を惨状に変えた張本人だった。
「しっかし、ろくなもんがねぇな」
「まあこの規模ですからね」
「あ、これとか綺麗じゃない?」
周囲が燃え盛る中で三人は我が物顔で闊歩していた。自分たちの行いを省みることもなく、時折響く笑い声は悪魔のようであった。
「でもこんな盛大にやってあとでバレたりしないですよね? 他種族を襲うなんて本来は条約違反だし……」
「心配すんな。大英雄だかなんだか知らねぇが、そんなとっくに死んだ奴の取り決めなんて、今時誰も守っちゃいねぇよ。それに勇者ギルドには魔獣に荒らされていたと報告すればバレるわけがねぇ。俺たちは勇者様だからな。思う存分金目の物を探せるってわけだ」
くつくつとリーダー格の男は嗤う。
「どうして……」
どこかで焼け落ちた家屋が崩れた。
「ねぇ、まだ生きている奴がいるみたいよ」
女が呆然としている青年に気付く。
生存者がいることに驚いたように指示を飛ばしていた男が慌てた様子で駆け寄る。
「まだ生きている奴がいやがったのか」
ちっ、とリーダー格の男が舌打ちする。生きている奴は全て殺したはずだ、そんなふうに言いたげだ。
「……あんたたち、勇者なのか」
静かに響くような重低音の声で問う。
「だったらどうしたよ。それより、このことを勇者ギルドに告げ口されたらまずい。始末するぞ」
青年の目に映るのは漆黒の輝きを放つ勇者の証しである魔石のブレスレット。種族の垣根を越えて調和を取り持つ存在がどうしてこんな惨いことをするのか。青年がかつて憧れた勇者像とは大きくかけ離れていた。
「あんたたちのことは誰にも言わない」
「あ? どういう意味――」
そこで言葉は途切れる。
青年は無感情な瞳と声でこう告げた。
「あんたたちは――俺がこの場で殺す」
リーダー格の男が意識を失ったようにくずおれた。否、すでに意識どころか息をしてなかった。べっとりと青年の手元の黒刀が血を纏っていた。
噴き出した返り血が青年を真っ赤に染める。
「こ、こいつやべぇよっ!」
もう一人の男が完全に怯えた表情で叫ぶ。
「な、なんでもいいから魔法を使ってあいつを止めるんだよ!」
女は驚愕しつつも、死ぬわけにはいかないと魔法を放つ。
ここを焦土に変えた原因の一端である炎の塊が迫る。だが、それより青年の動きは速かった。
女の心臓を一突き、引き抜くと同時に身を翻し逃げる男の背中に一太刀を浴びせる。両者とも致命傷で動かなくなる。
「どうして、なんだよ。約束したはずだぞ、勇者の在り方を変えてみせるって。それなのになんで……」
苦しみを吐露する青年の頬を涙が伝う。
「ロイエス、戻ってきてくれ……」
かつて出会い、心の底から尊敬した人物にその祈りは届かない。
残ったのは、終焉を迎えた故郷と、青年を取り囲むようにパチパチと空虚を響かせる燃える音。そして、勇者に対する憎悪と絶望だけだった。
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