表の世界、裏の世界 第三部 二人の夜伽巫女

禪白 楠葉

第1話 大学生活開始

 布団を頭からかぶり、最近のお約束となった夜の儀式を始める。

「ヒカル様、今日も一日ありがとうございました。今晩も夜伽巫女よとぎみこ彩佳あやかをお楽しみください。ヒカル様、大好きです。」

 そう。私は「夜伽巫女」。神様に「好き」や「愛している」といったプラスの感情を届けるのが夜伽巫女の役目。その代わりに、神様に人生いろいろ助けてもらえるんだって。そして、ヒカル様は私がお仕えしている神様で、この街、大玉おおたま市の樫払かしはら神社の稲荷の神使らしい。そして、さっきのはヒカル様への祝詞のりと。夜伽巫女は公式な巫女ではないので、特に形式とか決まっているわけではないが、やっぱり巫女っぽい気分を出したいじゃない?


 抜けるような青空。江戸時代の町人の街のような雰囲気の、白い漆喰しっくいや茶色い木でできた和風建築が並ぶ通り。

 夜伽の世界はまぶたの裏に思い描く空想の世界。そこに神様であるヒカル様を招き、一緒にいろいろなことをして楽しむ。ここでは自分の想像力が許す限り、好きな場所で好きな格好をして好きなことができる。リアルの世界の物理法則も無視できるので原理上は空を飛ぶことさえできるんだけど、想像力が追いつかないから私には無理。


「今日はいい天気だな。」

 隣にいるのは、黒い羽織に黒と灰色の縦縞柄の袴姿で堂々と闊歩する和風のイケメン。稲荷の神使、要は「狐」なのだが、狐耳や狐尻尾はない。女子の平均身長くらいの私より身長が10センチくらい高く、見た目の年齢は私と同じくらい。ウルフカットな銀髪と銀の瞳は日本人らしくないが、ここは譲れないらしい。現代の町中でこんな人が歩いていたら怖いけど、夜伽の世界だと問題なし!

「今日の彩佳は一段ときれいだ。」

 ヒカル様は必ず私を「彩佳」と呼ぶ。そして、「彩佳」と「ヒカル様」という名は絶対に他の人に教えてはいけないらしい。これがヒカル様の世界の掟だそうだ。偽物かどうかを判別するための、インターネットのアカウント名とパスワードみたいな物。

「薄ピンクの牡丹ぼたんが下半身にあしらわれている、淡いクリーム色の振袖に桜色の帯。俺の羽織と並べてみると、美しい彩佳が夜の闇を照らす月みたいだ。」

 キザなセリフはいつものことだが、ここまで褒められると少しくすぐったい気持ちになってくる。

 立ち止まってヒカル様を少し見つめる。

「知ってたか? 振袖ってちゃんと着付けるのもありだけど、少し着崩すのもかわいいんだよな。」

「え?」

「彩佳が巫女っぽく髪の毛を伸ばしてくれてるだろ?」

「夜伽巫女に選ばれた以上はそれくらいしないと、と思って。」

「自分の髪だけでいろいろ結えるくらいの長さになったのが嬉しくてな。髪が短いと、かつらを着けてボリュームをださないと見栄えが悪いだろ? 中途半端な長さだと、鬘をつけるまでもないけど、とはいえ少し無理しないといけない。

 そして、うなじのところが大きく開いているとか、こう、ちょっと背伸びをしている感じがいいんだよ。産毛も舌で楽しめるし。」

「私、もう子供じゃないもん!」

「そのセリフ、美味しすぎるなぁ。

 子供っぽさが微塵みじんもない、彩佳の豊かな胸。あえて押しつぶさず、むしろ谷間を覗けるように程よくアピールしているところが高ポイントだ。下手に胸元に手を入れるとせっかくのバランスが崩れてしまうから、じっくり見るのが風流だ。着物の色とあわせて、彩佳が輝いていて見える。」

 他は平均的だと思うけど、胸にはちょっと自信があるんだ。お腹のお肉については気にしないで。

「胸の谷間に息を吹きかけて、ほんのり赤く染まる彩佳の頬って魅力的だよな。」

「ヒカル様? 一言余計。」

「明日は彩佳にとって大切な一日だし、やはり今日は晴れ着姿でデートしないとな。

 さて、川のほう、行こうか?」

 私はヒカル様の袖をちょっと握る。

「もうちょっと大人なことしたらどうだ? 彩佳は俺の嫁なんだろ?」

 そうだ。私はヒカル様の「お嫁さん」なんだ。半年ほど前にヒカル様にプロポーズされて、私はそれを受け入れた。これからずっと、ヒカル様と一緒。これからずっと、ヒカル様に「好き」という気持ちを届けるんだ。

 私はヒカル様と手をつなぐことにする。

「それだけ?」

 え? まだダメなの?

 ヒカル様の腕に体を寄せるようにする。振袖を着崩したくないから、寄り添う程度。

 そうしたらヒカル様が向きを変えて、私の正面に来た。

「好きだよ、彩佳。」

 ヒカル様が両手で私の両肩を抱きかかえる。背中で腕をクロスさせる野暮なことはしない。

 唇が迫ってくる。

 ヒカル様はキス魔で、必ずと言っていいほど舌を入れ、唾を流し込んでくる。そうすると私はヒカル様に逆らえなくなる。

 ああ、美味しい。

 耳やうなじ、頬をなでられなからキスされるのって、最高に気持ちいい。

 おしとやかな気分の私はヒカル様の羽織を両手できゅっと握るだけ。

 ヒカル様がどんどん調子に乗ってきて、私の体のラインを確かめだす。

 なでなで、さわさわ。帯に手を出すと乱れるから、お尻を触るのがメインだ。

 頭がぼーっとしてきた。ヒカル様の胸に体を預ける、

「立ってるのが辛いでしょ? 河原のベンチに行こう?」

 すっかりとろけて、何も考えられなくなった私は、ヒカル様に手を引かれるままに移動する。

 石の欄干らんかんの風情ある、百メートル弱くらいの橋をゆっくり渡る。下には穏やかな流れの川が流れていて、鴨や白鳥などの水鳥がいる。川の両端には遊歩道があるので、そこに降りる。川沿いの草の緑がきれいだ。

「横座りして?」

 ベンチの端に座るヒカル様の上に横座りする。

「ごめん、もう我慢できない。」

 ヒカル様は片腕で私をぎゅっと抱き寄せ、逆の手でうなじをなでなでしてくる。

 くすぐったい。

 次は私の身八つ口に手を入れてくる。

「だめだよ、振袖が乱れるよ。」

 それは口だけの抵抗。

 胸を触られることよりも、振袖を着たまま、振袖の中を犯されることが脳を刺激する。

 好きな人に体を預けるのって気持ちいい。

 好きな人に犯されるのって気持ちいい。

 もっと、もっと私を求めて。

 ヒカル様の息がさらに荒くなってきている気がする。

「彩佳がかわいい。彩佳が好きだ。」

 目を閉じて犯される快感に浸ろう。

 ヒカル様に求められるのって気持ちいい。

 私をこんなに求めてくれるヒカル様が大好き。

 ヒカル様は身八つ口から手を抜く。

 私を抱き寄せ、私の耳をキスしつつ、私の胸元に手を入れる。

 私はヒカル様の上から落ちそうになってくるけど、ヒカル様はちゃんと私を抱きしめてくれる。

「好きだ、好きだよ、彩佳。」

 ヒカル様は私の体をねじり、無理やりキスしてきた。

 ああ。キスはやはりいい。


 ◇ ◇ ◇


 寝落ちで終わった激しい夜伽のせいか、目覚めはすっきりだった。

 今日は大学のオリエンテーション。里満さとみ大学の一年生としての最初のイベントだ。大学入試や合格発表のため何度か足を運んだことがあるが、大学生としては初めてだ。

 どんな人がいるんだろう?

 今後の四年間に何が待っているのだろう?


 待ち合わせ場所の南大玉みなみおおたま駅には、彼が先に着いていた。

「お待たせ、晴人はると。」

「おはよう、綾音あやね。そんなに待たなかったよ。」

 私の名前は須藤綾音すどうあやね。そして、目の前の彼は小郡晴人おごおりはると。高校三年生の同級生だったけど、卒業直前に急に彼氏と彼女の関係になった。いや、そんな生ぬるい関係じゃないか。晴人はこの街の清海きよみ神社の夜伽巫よとぎかんなぎで、そこの神使二柱が彼に「姉妹」として仲良くしているらしい。そして、それぞれの神使が私達をくっつけた。私は「別れることはない」とヒカル様に言われているので、時期はともかく結婚することは確実だ。そして、「安産になる」とも言われてるので、彼の子を産むんだろうな。

 短い付き合いだけど、晴人はひたすら愛情に飢えていることがわかった。高校の卒業式の後で彼を激しく抱いたところ、彼は急にしおらしくなってきた。力が抜けたというか、心の殻が割れたというか、私に本心をさらけ出すようになってきた。晴人は攻めるよりも攻められる方が好き。だから、かわいがってあげるとすごく喜ぶ。そして、優しく甘えさせてあげると、晴人はすごく幸せそうな顔をする。ご主人様の膝の上で幸せそうにするワンコみたい。結婚が前提だから、無理して見栄を張る必要のない、この上なく気楽な関係。だから、いっぱい甘えさせてあげるんだ。

 晴人が私の腕にぎこちなく、そして優しく腕を絡めてきた。でも、

「ここだと知り合いに見られるかもしれないよ?」

 と言わざるを得ない。

 まだ二人の関係は公にしていない。高校の元同級生にばれたら面倒だ。

 しぶしぶ晴人は手を離す。

「行こう? 続きは電車の中で。」

 私達の自宅最寄りの南大玉駅から、一緒に里満大学に向かう。天気は花曇り。傘を持ち運ぶ必要が無いのが嬉しい。

 二人とも工学部で、私は電気電子工学科、晴人は機械工学科。似たようなことを勉強するんだろうけど、基本的に授業は別なんだよね。同じ大学の同じ学部に合格したのも、ヒカル様と晴人の神使の打ち合わせ通りとしか思えない。 神様は強引だから、夜伽巫女のためなら多少の無茶を平気でやりそうだ。


 ◇ ◇ ◇


 しばらく探した後に着いたオリエンテーション会場には、最終的に数百人の人が集まった。高校になかったような大きな教室で、今日から大学生であることを嫌が応にも実感させられる。古代ギリシャだっけ? ローマだっけ? その時代の劇場みたく、教壇のまわりにカーブを描いて並んでいる座席が二十段くらい。一番下と一番上の座席の高さは建物の一フロア分は軽くある。これで工学部の一年生の半分くらいだから、工学部はものすごい人数だ。他の学部も合わせるとものすごいことになるから、入学式は学外の会場でやる。。

 雰囲気に飲まれたせいか、晴人が私の手を離した。

 予想はしていたことだが、女子率がかなり低い。男子をざっと見ると、ブサイクでチビデブかヒョロ長いモヤシのような典型的なキモオタぽい人はほとんどいないけど、おしゃれに気を使っていないような、やる気がなさそうな人ばかり。まあ、隣に座ってる晴人もそこまで格好いいわけでない。身長も164センチと、女子の平均の私よりちょっと高いくらい。地味で小柄で無害そうで、「あれ? いたの?」的な感じがするのが私の晴人。

 身長差を彼は気にしてるみたいだけど、本当はこれくらいが理想かな、と思っている。だって、身長差がありすぎると、彼の唇を気軽に奪えないじゃない? 頭一つ違う身長だと、お願いしないと唇を重ねられない。そんなの、絶対嫌。それに、同じような体格だと手もつなぎやすいし、歩幅が同じくらいだから一緒に歩くのも楽。私より身長が10とか15センチ上の晴人なんて想像できない。むしろ気持ち悪いかも。そういう意味でも、彼の成長を抑えてくださったであろう神様には感謝しないと。

「それにしても、何で皆、私の方をちらちら見るの?」

「それは、綾音がかわいいからだよ。」

「晴人? それ、お世辞?

 胸には多少自信あるけど、顔もそんなに美人とは思えないし、お腹の肉がちょっとあるし。」

「自己評価と周囲の評価は別物だよ。綾音はかなり顔も整ってるし、胸が目立つ女性に対しては、はっきりわかるデブでもないかぎり、わざわざお腹に注目する男子ってあまりいないから。ただでさえ女の子の絶対数が少ないんだし、綾音よりかわいい子を探すほうが大変だよ。」

 言われてみて、周囲を見渡す。確かに、高校の時よりかわいい子の比率が少ないな。

「気をつけてね。綾音は注目集めてるから。」

 確かに、教壇で人が話してても、ちらちらと視線を感じる。

 私が着てるのはベージュの長めのフレアワンピースに紺のデニムジャケット。そこまで目立たないと思うんだけどなぁ。


 ◇ ◇ ◇


 学部別ガイダンスが終わった後は違う建物に移動しで学科別ガイダンス。今度は普通の教室だ。ただ、普通といっても床が平らなだけで、高校の教室の倍以上の面積はある。

 この部屋の人数はざっと八十人位。この人達とは数多い必修の授業で必然的に顔を合わせることになる。専門の選択科目を一緒に受けるのも、ほとんど同じ学科の人だけだ。学科の女子率は一割くらいと判明。女子は私を入れて六人かな? あの子、中性的だけど女の子かな? それにしても、さっきの教室もそうだが、後ろの机の前にくっついている、この座り心地の悪い座席はどうにかしてほしい。

 教室に浮ついた雰囲気が漂っている。大学生活をエンジョイしたいだけの人も多いはずだ。バイトにサークルに、あわよくば恋。でも私は違う。私は学位を取りに来た。晴人以外と恋愛する気はないし、どうでもいい男子に下心をもって接してこられてもいい迷惑だ。叶わぬ恋のとばっちりを受けるなんて、やってられない。

 男子同士で会話してる人は多いけど、女子に話しかける人はあまりいない。女子もばらけて座ってしまったので、女子の話し相手は基本的にいない。


 学科ガイダンス終了後、私はすぐ抜け出し、大学最寄りの西里満にしさとみ駅の一つしかない改札口近くに移動する。ガイダンス終了後にコーヒーでも飲みながら話そう、と晴人と待ち合わせしている。人数が多すぎる上に土地勘が殆ど無いので、学内で待ち合わせは無謀だ。

 しばらくして晴人が来たので、コーヒーショップでアイスコーヒーのLサイズを一つ注文して、交互に飲むことにする。席に飲み物が運ばれてくるのではなく、カウンターで飲み物が出てくるお店だから、こういうことをやっても問題ない。本当は口移しも捨てがたいけど、まずは普通に飲みたい。ちょっとお腹も減ったし、スコーンもいっしょに頼む。もちろん、半分ずつにして食べるんだ。

 晴人が店の奥のほうで二人がけのテーブルが空いていることに気づいた。晴人グッジョブ。


「どう? 友達できそう?」

 席に座ってちょっとしたら晴人に聞いてみる。

「うーん、どうだろう。自分から話しかけるのも勇気いるし。」

「わかる、わかる。

 でも、本当に仲間を作る必要があったら、無理してでも周囲の人と話さない?」

 晴人も友達を作るつもりはあまりないのかな?

 私は晴人がいれば別にいいけどね。

「何かそういう気分じゃなかった。そうしなきゃな、と思ったけど、何かそうする気がしなくって。」

「頼りになりそうな人が近くにいなかった? だらけてる、浮かれてる人ばかりで、どうでもよくなっちゃった?」

 言いながらあの気持ち悪い視線を思い出す。

「あー。それ、あるかも。俺たち、別に大学に遊びに来たわけじゃないし。

 別に無理して友達作る必要はないんじゃないかな? 私達と話が噛み合う人、あまりいないだろうし。少なくても、彼氏ができない、彼女ができない的な話に共感することは無理だし。」

「必要なら仲良くするけど、無理して溶け込む必要はないよね。綾音は特に気をつけて。男子全員にマークされると思ってね。

 守ってあげられないのが残念だけど、綾音なら大丈夫なのはわかってるから。でも、面倒は嫌でしょ?」

 晴人が私を守りたいと思ってる。その気持ちがちょっとうれしい。いつも甘えてばかりの晴人にもこんな一面があったとは。背伸びしているワンコみたいで、かわいらしい感じがする。愛おしくなったから身を乗り出して晴人の頭をなでてみると、嬉しそうに目を細めた。慕ってくれる男の子がいるって、こんなにいいことなんだ。

「それにしても、今度から一緒に通学できるんだね。晴人、嫌じゃないよね?」

「改めて言わなくても、去年も一年一緒だったじゃない。」

「全然意識してなかったから、こんな関係になるなんて、夢にも思わなかったよ。」

「でも、俺が監視してたの、気付かなかったの? 本当は嫌だったんだけど、夜伽巫女としての成長に問題ないよう、見てあげてって言われたんだ。」

「最初から? 三年生の初めから?」

「うん。こんな歪んだシステム嫌なのに、でも嫌な思いをする人がでてほしくないから、仕方なく。」

 晴人は夜伽巫になるの、本当は嫌だったのかな?

「だって、変だと思わない? 神様に振り回される人生なんて。そして、振り回されたあげく、悲惨な人生になったら最悪じゃない。」

 私はどうなんだろう。ヒカル様は私をお嫁さんにしてくれるとさえ言ってくれた。きっと、大切に思ってるんだろうね。それって、悪いことなの? むしろ、前向きに考えないと!

「変でも別にいいじゃない。せっかく選んでいただいたんだよ? 精一杯、このレアな機会を楽しまないと。幸せを届けるのが夜伽巫女でしょ?」

 夜伽巫女は幸せに生きて、その幸せを神様に届けるのが務め。そんなのアリ? と思うこともあるけど、特に矛盾が感じられないので、問題ないのだろう。

「綾音はすごいな。前向きなのか、脳天気なのか。どうしてそうなれるの?」

「能天気とは失礼な。晴人も人生もっと楽しみなよ。

 私といるの、嫌?」

「そんなことないよ。」

 即答がうれしい。

「夜伽巫になったから、私と付き合うことができたんでしょ? それだけでもいいんじゃない。私といて幸せなら、夜伽巫になったことを感謝しなきゃ。」

 複雑そうな顔をする晴人。心の底から納得できてないんだろうな。でも、まあいいか。


 そういえば、コーヒーはだいぶ減ってきたけど、チョコクランチのスコーンが残ってた。なにげに緊張でのどが渇いていて、食べるどころじゃなかったのかな?

 もしかして、晴人、スコーンをどう食べるか迷ってた? それとも食べさせてほしかったの?

 ニヤリと頬が緩む。

「晴人? スコーンには狼の口というのがあるんだよね。ほら、ここの横の割れ目になってるところ。ここから二つに割るんだよ。」

「へぇー。そうだったんだ。」

「晴人、クリームつける?」

「いや、いいよ。」

「じゃあ、私がもらっちゃうね。」

 狼の口からスコーンをくぱぁーっと割る。何かいやらしい。

 自分のスコーンにいっぱいクリームをつけて、一口頬張る。

 晴人の視線が私の口を注視している。何を想像してるんだろう?

「おいしーい! 晴人も食べてみなよ、クリーム甘すぎないよ。ほら、あーん。」

 食べかけのスコーンにクリームをつけて、晴人に差し出す。

 晴人がちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、控えめに口を開ける。


 スコーンとコーヒーがなくなって、さてどうしようか、と思ってたら、いい気分転換を思いついた。

「コーヒー、なくなっちゃったね。」

「うん。もう一杯いる?」

「いらない。ちょっと、移動しよう?」

 氷水入りの容器を持って、人影のない方向に行く。

 訝しげな顔をする晴人の前で、氷を一つ口に含む。そして、驚く晴人の唇に唇を重ね、氷を晴人の口に移そうとする。晴人は口を閉じて抵抗するので、仕方なく冷たい舌で晴人の唇をなぞる。

「いきなり何するんだよ!」

 顔を赤らめながら晴人が怒る。頬を染める晴人はかわいい。

「晴人、求められるのは嫌?」

「そんなこと、ないよ。」

「だったらおいで?」

 次は普通に抱きしめてあげる。無意識のうちか、頬ずりをしてくる晴人にきゅんとする。

「そういえば、カップル少なかったよね?」

「確かに目立たなかった。」

「あのガイダンスの部屋で、一番熱かったのが私達かな?」

「かもね。」

「悪目立ちすると大変だから、目の前に学科の人があまりいなさそうな場所で、連絡とりあって会う?」

「そうだね。」

「晴人、ちゅー、しよ?」

「うん。」

 目を閉じる晴人は、やはりかわいい。

 優しく唇を重ねて、舌で軽く突いて、そして舌を絡める。柔らかい唇も上下片方ずつ吸ってみる。たまに目をうっすら開き、キスでうっとりする晴人の顔を楽しむ。頭を軽くなでてあげる。ここでお尻をなでると晴人がびっくりするだろうから、控えておこう。

「いい? 晴人の体は私の体。大切にしてあげるからね?」

 こくん、と頷く晴人を見て、さらに胸がドキッとする。

 さっきから、ちら、ちら、と彼の目線が下に行ってる。

 へぇー。やっぱり、男の子らしいところもあるんだね。

「胸、触る?」

 期待しているような目をしている。

「さっき、冷たすぎるキスしちゃったから、おわびに。」

 おそるおそる、両手を持ち上げて、下乳を触る晴人。

「いいよ?」

 本当に? といった表情で、もみはじめる。ブラジャーの輪郭を探ってるな。この子、私の下着に興味あるのね。 そして、乳首を刺激しようと文字通り、手探りで胸を撫でている。本当は全体を優しく揉んでほしかったけど、やってくれないからおしまい。ごめんね、今は乳首の気分じゃないんだ。抱きしめて軽くキスしたら手を離した。

「せっかくだから、駅前をもうちょっと見ておこうか? どこでご飯食べれるか、確認したほうがいいでしょ?」

 名残惜しそうだけど、胸ならこの先、いっぱい触らせてあげるからね?


 ◇ ◇ ◇


「今日は楽しめたか?」

 風呂に浸かってるとヒカル様が声をかけてきた。

 このエロ狐、風呂を覗くのが実に好きである。そして、布団をかぶって瞼の裏に情景を描かなくても、こうやって念話というか、頭のなかに直接話しかけることができる。私も心の中で語りかけることでヒカル様と話せる。ヒカル様は私の心も自由に読める、らしい。でも、あえて頭のなかで文章を組み立てて話しかけるほうが会話になる気がするので、そうしている。

「失礼だな。風呂でリラックスしていると心が落ち着いて俺の声が聞こえやすくなるんだ。

 大学、うまくやっていけそうか? ちゃんと卒業してもらわないと困るんでね、」

 ほら、心の中を読まれた。

「どうだろう。高校までとはぜんぜん違う。でも、この人できる! みたいなオーラが漂ってる人、ほとんどいなかったな。」

「そりゃそうだろ。高校の同級生の平均より大学の同級生の平均は上だろうけど、だからといって、天才的にできる奴ばかりじゃない。いない、とは言わないがな。

 普通に頑張れば、ちゃんと四年で卒業できるんだ。彩佳ならしくじらないと思ってるぞ。」

 留年は「しくじる」なのか。

「それより、あれだ。コーヒーショップの店員が着てたエプロン。あれ、よかっただろ?」「白のブラウスにあの茶色のエプロン? 清潔感あったよね。きりっとしてて、笑顔も素敵で凛々しかったな。」

「彩佳も着てみたくないか?」

 はい、この流れ、いつもの流れですね。

 変態ヒカル様が大好きなコスプレ夜伽。

 服が頭に入っていれさえすれば、夜伽の世界ならどんなコスプレも簡単にできてしまう。

「似合うと思うんだけどなー。」

 ああ。もう拒否権がない。

「私にも似合うかな?」

「絶対に似合うって!

 新婚裸エプロンはよくあるけど、裸カフェエプロンはないよなぁ。」

 上半身裸は恥ずかしいよぉ!

「まあいい。ここは俺に任せとけ。

 寝る前に好きなカフェエプロンのデザイン調べておけよ!」

 裸カフェエプロンって、お股の前はちゃんと隠れてるけど、後ろが隠れてないよね。尻尾を生やしても問題ない、って何考えてるんだろ、私。


 ◇ ◇ ◇


 布団をかぶり、「ヒカル様、大好き!」の祝詞をあげたら、今日も私の部屋だった。そうだよね、さすがにお客さんがいるお店で裸カフェエプロンは無理だよね。

 鏡に映る自分の姿を確認すると、やはり下半身はダークチョコレートみたいな焦げ茶色のカフェエプロンだけ。上半身は清楚な白いブラウス……と思ったら、エプロンとお揃いの色のブラが透けている! こんな色のブラを持っていたっけ? というツッコミはなしだ。ちゃんと想像できれば何でもできるのがこの世界。

「さすが彩佳! 似合ってるぞ!」

 テンションが高い、コスプレ大好きなヒカル様がベッドに座ってる。

 喫茶店のウェイター風の格好で、私とおそろいの色の茶色いエプロンを腰に巻いている。

 もちろん銀髪のウルフカットだ。

 この表情、ワンコだったら喜んで尻尾をパタパタ振ってそうな――

「だから俺は犬じゃなくて狐だって! あんな下等生物と一緒にするな!

 さて、茶色に白に肌色。うーん、どこかで見かけた配色だよな。」

「茶色と肌色? コーヒーショップ?

 そうか、チョコクランチスコーンだ! でも白は……?」

「ホイップクリームもついていなかった?」

 思い出した!

「『ご注文のホイップクリームたっぷりの彩佳チョコクランチスコーンです。美味しく召し上がってくださいね?』、って可愛らしく言ってみてよ?」

「なにそれ! 無理! 絶対無理!」

「もしかして、先に味見しちゃっていいの?」

「味見って、何?」

 ヒカル様が立ち上がる。

「美味しくなかったらお客様に出せないじゃない? だから味見。」

 ヒカル様が立った状態の私に抱きつき、いつものようにディープキスをする。

 このキスをされると逆らえなくなる。舌を絡め、唾液を流し込んでくるヒカル様。この唾液にはヒカル様の気か念のようなものが混じっていて、キスを続けると心がとろけてしまう。

「まだ、足りない?」

 唇を離した後ヒカル様が聞いてくる。

「うーっ。」

 物足りないけど、それを認められない。認めたら負けな気がする。

「じゃあ、言って?」

「本当に言わなきゃだめ?」

「『ヒカル様専用のチョコクランチスコーンのホイップクリーム乗せな彩佳を味わってください?』って言われると、俺、すごい興奮するんだよな。俺の嫁が俺を喜ばそうとするその姿が美味しいんだよな。」

 その言い方、ずるいよ。

 ヒカル様は私の気持ちを食べて生きている。私の気持ちがヒカル様の気持ちになる。そして、私はヒカル様のお嫁さんとして、一生添い遂げることを決めた。ヒカル様に私の幸せをいっぱい食べてもらわないと。

「ヒカル様専用メニューの、チョコクランチスコーン彩佳のホイップクリーム乗せ。お口に合いますでしょうか?」

 ちょっと首をかしげながら言っちゃった。

 こんな恥ずかしいセリフ、本当に言っちゃったよ私! 顔真っ赤だって!

 ヒカル様がすごく喜んでる顔をしてる。

「いただきまーす!」

 私を抱きしめ、まずは唇を味わう。恥ずかしさで忘れてたけど、キスの途中だったんだよね。

 甘いキスに思わず、

「ちょっと甘すぎたでしょうか?」

 と店員さん気分に浸っちゃう。

「次は美味しいクリームにしようかな?」

 ヒカル様はそう言って、私の脇腹をブラウスの上からもみもみする。

「脇はだめ! お肉気にしてるんだから!」

 気にしているところなので思わず抵抗してしまう。

「いやいや、ふんわりと柔らかい、吸いつくような上品なクリームの感覚が最高ですよ?

 次は、このチョコレートにしようかな?」

 ヒカル様は白のブラウスを通して茶色のブラに手を伸ばす。そして、ブラの上から胸を優しく、たまに荒々しくもむ。ブラのコットン素材が胸を刺激する。

 何もせず立った状態で胸を一方的にもまれるのは、なんか変な感じがする。照れくさいし、どんな表情をしたらいいのかわからない。気持ちいいんだけど、何かこう、物足りない。

「もしかして抱っこしてほしい?」

 もちろん! という気持ちでカクカクと頷いてしまう。

「じゃあ、まずは彩佳を抱き上げて、」

 私をぎゅっと抱きかかえて、持ち上げて、

「そしてスコーンらしさを楽しむか。」

 うつぶせにしてベッドにおく。手はバンザイの格好。

「やはり、狼の口を楽しまないとね。」

 え?

「では、狼の口を開けちゃいまーす。」

 ブラウスの後ろを開けていくヒカル様。後ろボタンだったのね。

 お尻をくぱぁーっ、じゃないんだ。ちょっと一安心。

 私の背骨に沿って舌が這う。そして、ブラウスと背中の間にふーっ、ふーっと息を吹き込む。くすぐったくて、足をバタバタさせちゃいそう。

 優しい快感に浸っていたら、ヒカル様が後ろのブラのホックを外して、ブラに覆われていた背中のあたりをクンカクンカと音を立てて臭いを楽しむ。汗臭いのがいいのかな。恥ずかしいけど、ここはヒカル様を喜ばせるためにぐっと我慢。

 ヒカル様はブラのホックがあった位置の背中を強くキスする。こんなところにキスマークをつけようとするあたり、なかなかハードコアの変態である。そして、私の背中に頬をこすりつける。

「あのぉ……。おいしい、ですか?」

「最高の味だよ。でも、好きなものは最後に取っておく主義なんだよね。」

「え?」

「狼の口はもう少し下まであるんだよねー。」

 やっぱりお尻なの?

 カフェエプロンって、後ろが……!

「下の方をいただいちゃまーす!」

 お尻、だめ! だめだよ!

 汚いから嫌だよ!

「まずは、カフェエプロンを結んだ状態で、下を徐々に開く。」

 スカートめくり、じゃなかった、エプロンめくり。

 お尻が露出しちゃう! 変態!

「抵抗すると思ったから、手をバンザイの状態にしたんだよね。暴れられると面倒だし、彩佳の上にのっちゃうか。」

 ヒカル様が私の上にうつ伏せになる。ヒカル様のお尻が私の頭のあたり。ヒカル様が私のお尻をアップで見てると思うと、恥ずかしいことこの上ない。

 お尻の割れ目を開いたり閉じたり。もう勘弁してよ。

「きれいだよ、彩佳。」

 優しい言葉をかけながらお尻の割れ目に沿って息を吹きかけるのは反則だよ。

 だけど、乙女な心の私としては、やっぱりお尻で気持ちよくなるのは嫌。

「息が嫌なら、もまれたほうがいいのかな?」

 帆布はんぷのような硬い生地のカフェエプロンを通してお尻をもまれると、さっきブラの優しい生地で胸をもまれた時との感触の違いを感じる。

「お尻はもう許してください……。もう十分、食べましたよね?」

「本当はお尻を舌で直接味わいたいんだが、そこまで嫌がるならしょうがないな。

 貸し一つだ。

 ひっくり返すよ?」

 ヒカル様が私をあお向けにする。ヒカル様が満面の笑みを見ると、ヒカル様を拒絶したことが申し訳なくなる。

「もう少し、私を食べてください?」

 恥ずかしいことをつい言ってしまう。

「お? このスコーン、ナッツも入っていたのか。」

 ヒカル様が器用にホックの外れたブラを上にずらし、ブラウスの生地越しに両胸の乳首を指でいじる。そして、片側ずつ唇に挟み、ブラウスの生地ごと刺激する。少しざらざらしたシースルーの生地と唇の優しさが混ざって独特の快感だ。

 でも、私の乳首の色はナッツのような濃い色ではないよ?

「ヒカル様、彩佳スコーンは美味しかったですか?」

 ヒカル様が大きく頷く。

「だったら、頑張ったご褒美に、寝るまで抱っこしてくださいね?」

 ヒカル様が普通の添い寝の体勢に移ってくれた。

「おやすみなさい。大好きです。」

 私はヒカル様の腕枕で眠りに落ちる。

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