ハイペリア弓聖録 ~灰燼姫と銀の皇~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

序章 幻の境界で

00 夢のような過日のなかで

「おまえは私を守った」


 燃え上がる炎のような長髪に、この世のいかなる財宝よりも眩しい輝きが宿る瞳の少女は、年相応の舌足らずな声で、ただしその齢よりもはるかに威厳に満ちた顔つきをして、ゆっくりとそう口にした。


「おまえは、私を守った」


 噛み締めるように、少女は言葉を繰り返す。


「事実だ。歴然たる、確固たる、覆しようのない事実だ。認めねばならん。私はおまえを侮ったが――おまえは、私などよりよほど高邁こうまいな勇者だった」


 英雄であった、と。

 彼女は、言葉をつなげる。

 どこまでも過去形で。

 どこまでも、過ぎ去ってしまった日のことを思うように。

 彼女は、自らの血に塗れた両手を、震える両手を、胸に抱く。


「私は、おまえに恩義を受けた」


 死体があった。

 ひどく痩せ細った、くすんだ髪を持つ少年の遺体だった。

 その心の臓は、無残にも刃で貫かれ破壊されている。

 傷のまわりの肉は変色し、凶器が毒を帯びていたことは明らかだった。

 その毒こそが、少年を死に至らしめたのだ。


「おまえは私を守った」


 少女は三度、その言葉を繰り返した。

 迷うように、戸惑うように。

 だけれどやがて、その黄金色の瞳に、決意が、誓いが充ちる。


「だから」


 少女は、囁くようにそう告げて、


「私は、おまえに報いよう。必ずいつか――この世界から争いをなくしてみせる」


 少年に、押し当てるような口づけした。


 炎が燃え上がり、銀の光が瞬く。


 これは、遥か昔の御伽噺ウィアード・テイルズ

 過ぎ去った黄金の日の、忘れ去られた少女の記憶――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る