サプレッサー

八壁ゆかり

第0話

0.


 頭の中のやかましさにはガキの頃から慣れていた。

 時にはぶつぶつ呟くように、時にはやかましく喚くように、或いはその両方で以て、不特定多数の声は俺の脳内にこだまする。

『ここには本当に誰も居ないな』

『冬に真夏を思い返すって凄くロマンチックじゃない?』

『クラリセージっていうアロマオイルがね』

『豚骨ラーメン食いたい』

 支離滅裂な内容。俺の思考とは無関係に、ほぼ四六時中。耳を塞いでも無駄だ。何しろ声は頭の中で鳴っているんだから。

 だから俺は『聞こえないふり』ばかり身につけた。この二十年を振り返るに、それはまあ成功と言える出来だと思う。

『宇宙船の中は平和』

『胸がでかけりゃ良いってもんじゃないよな』

『誰か除光液持ってない?』

 訳の分からない声、声、声。

 幼い頃から、この声の正体が分からずに居た。分かった所でどうしようもなさそうだったし、事実それは半分正しかった。

 うるさいだけ邪魔なだけうざいだけ。

 これらの声は、鬱陶しいだけで何の役にも立たないと思ってた。

 でもあの夏、柚ヶ丘(ゆずがおか)ニュータウンを襲った悲劇において、俺と、俺の聞く声は、確かに役割を与えられたんだ。

『延長十回戦に突入』

『日本文化の何が良いって、間違いなくラブホだね』

『最近深夜に再放送してるドラマでさぁ』

 役割ってのは、神だとか、大いなる力だとか、そういう類が決めるもんじゃない。そもそも俺は神とかそういうのがよく分かってない。俺が体感したのは、単なる事実。神やらそういった物がよく分かっていない俺にも分かる程の、圧倒的でリアルな事実。

 それだけのリアリティ、全身の神経が張りつめて知覚して脳に伝わって、嗚呼この瞬間はリアルだと思えるあの感じを、人は生涯何度経験する?

『まだ、足りない』

 悲劇に終わりはない。記録が忘れ去られようと、記憶が上書きされようと、傷跡は残る。本人が意識するしないに関わらず、死ぬまで。

『一つ、良い事を教えてやる』

 カズヤの説が正しいかどうか、俺には分からない。

『その手を離さないで』

 でも。

『だから』

 でもこれで俺はやっと、声を含めた自分自身と真正面から向き合えるようになったと思うんだ。

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