箱の中

@popui005

起床

 ゆっくりと体を起こし、大きく背伸びをする。上げた両腕を振り下ろすと同時にため息。こうすると、昨日から今日にちゃんと足を着けた気分になる。


 なんとなく寝過ぎたなぁと思いつつ、目覚まし機能をかけていた携帯電話を探した。いつも枕元に置いているけど、アラームのバイブ機能でいつもベッドの下に落ちているスマホ。辺りを見回したけど見当たらない。おかしいなと思っていると、もっとおかしいことに気が付いた。


 枕が無いし、布団もベッドも無い。洋服を入れているタンス。その上に置いていたTVゲーム用のブラウン管TV。小学校に上がる前から買ってもらった、高校まで使えるようにと少し大人びたデザインの黒い机。壁に掛けていた初めて好きになったアイドル歌手のポスター。ほとんど漫画本しか入っていない本棚。そして、紛れ込ませていた少しエッチな、でも勇気を出して買った漫画も。全部無かった。もちろん、父が最後に撮った写真も。


 僕の部屋から物が消えた訳じゃなく、どうやら僕が、どこかの部屋に閉じ込められているらしい。その部屋は、床、壁、天井が白一色で形成され、ちょうど立方体を成していた。


 蛍光灯は無く、壁自体が発光しているようだ。穏やかで、どこか温かみのある少しくすんだような白。


 出入り口が見当たらない。窓もない。どうやってこの部屋に入ったんだ?考え込んでいた僕は、くしゅん、とクシャミをした。薄い検査着のような服装であることに気づき、一人、身を縮こませる。


 なんなんだよー……どうして、俺がこんなことにー……。昨日までは普通に学校行って、母さんの飯食って、ネットの向こう側の友達とゲームやってたっていうのに……。


 日常なんてあっけなく崩れるものなんだな……と、ゲーム脳であり、マンガ脳でもある僕はひとしきり感傷に浸った後は絶望するでもなく、この状況に少しずつ順応していった。日常生活から妄想に耽っていたことが役に立つなんて思いもしなかった。


 昔、キューブっていう映画も同じような感じだったなぁ…えっ、俺、殺されんの?!などと妄想にまたも妄想に入り込むところだが、今は現状把握が優先だと、自分を戒める。いつも僕はこうだ、何をしてたって妄想の中に逃げてしまう、先生に叱られていたって不良に絡まれていたって決心して告白しようとしてたときだって……と、このように盛大に自戒の宇宙に入り込んでしまうのである。大丈夫、今は説明のために入り口を見せただけ。この状況でそんなことに時間を使っている暇はない。入口の中に片足は突っ込んでいたけど……。


 ひとり、脳内にいる観客と談話していると僕の皮膚が情報を拾って、僕に耳打ちしてきた。暖かくなってる…?


 つい先ほどまで感じていた寒さは姿を消し、暖かさがやってきた。寒くもなく暑くもない、まさに丁度いい室温。床に触れる足も冷たさは感じない。床も壁も暖かく、材質のツルツル感にそぐわぬ暖房が内臓されているようだ。


 どうやら、俺をこの箱に閉じ込めた人物は、俺を痛めつけるつもりはないらしい。考えられるのは、身代金目当ての人質か?ある筋だと、父さんも名の通った学者だからな。もう10年も会ってないから詳しくは知らんが。


 寒さはなんとかなった。腹は今のところ減っていない。となると、携帯か。しかし、辺り一面見渡しても白しかない。見渡すほどの広さも無い。手をついて探ってみたが壁のどこにも繋ぎ目が見えない。俺を中に入れた後に、外から溶接した?けれど、呼吸は正常にできている。空気穴も無いのに。


 ほんと、どうなってるんだ?訳が分からん。


「あー、TL追って精神安定させたい。携帯寄越せー。」

 目に見えない誘拐犯にバカな要求をしてみる。無論、俺だってそこまで馬鹿じゃない。マンガ脳をなめるなよ。こんなこと言って素直に寄越す誘拐犯がいるか……


 テン テン テロリーン。


 メールが届いた。え、誰に。俺に。どこに。携帯に。誰の。俺の。いや、だからどこに。俺の後ろで鳴ったんだから、そこにあるだろう!

 後ろを振り向くと、先ほどまで何もなかった部屋の中央に一台の携帯が出現した。どこから現れた…?

 思考が追い付かずに頭が混乱を始めた。もうだめだ、ここから出してくれ!いやだ、こわい!母さん!…父さん!

 心が壊れかけたそのとき、また携帯が鳴り始める。間違いなく俺の設定したメールの着信音。お気に入りのゲームの回復時SE。鼻水をぬぐったことも気にせず、汚れた手のまま携帯を急いで手に取った。

 待ち受け画面を点ける。ロックは※※※※※※※※。解除。やはり俺の携帯らしい。メールは3件受信していた。先ほど2回着信を聞いてたから、ここに現れる前にもメールを受信していたらしい。

 とにかく確認しようと新しいメールから開く。


20XX年X月X日 14:27

件名  生きたければ返事をしろ

From 父さん

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