第24話

 デッセル伯が負けを認めた以上、この裁判で提示された二冊の帳簿は両方偽物であるということだ。


 当然、俺が新たに提示した帳簿は偽物だ。あれは裁判の前にロス=リオスに用意させた何も書かれていないただの帳簿、いやメモ帳だ。


 そして、今の今までデッセル伯が本物だと主張していた借金のことが記された帳簿もまた偽物であると判明した。


「つまり、あなたがずっと本物だと主張していたこの帳簿は偽物なんですね?」と裁判長たる王女様が言った。


「……はい」


「では、本物の帳簿は? もしかして、彼が持っているあれがそうなのですか」と彼女は俺の持っている新たに提示された方の帳簿を指さす。


 いや、これも違うんだけど。


 俺は裁判長に持っている帳簿を渡した。


 裁判長はパラパラとその中身を見て、はあ、と息を吐く。


「いったい本物の帳簿はどこにあるんですか?」


 そう言って裁判長は俺が先ほど渡した帳簿の中身をみんなに見せるようにして掲げる。白紙のページがそこにはあるだけだった。当然だ。ロス=リオスに帳簿に似た冊子を用意させ、俺はそれに何の偽装も施していないのだから。


「白紙……」とデッセル伯もまた驚きの表情をしていた。


「まったく。よくもまあまっさらの帳簿を本物だと言い張りましたよね。デッセル伯が負けを認める前に中身を確認されていたらどうするつもりだったんですか」


「その危険性はあった。でも、見られなければいい話だと思って」


「はあ」と裁判長は呆れていた。


「本物の帳簿だけど」と俺は言う。「たぶんロス=リオス夫人が処分したんだろ。金庫の鍵を持っていたのはロス=リオスと夫人。ロス=リオスは被害者の方だから、彼が処分をするのは有り得ない。対して夫人はデッセル伯と繋がっていたわけだから、彼女が処分をしたと考えるのが妥当」


「なるほど。本物の帳簿はもう存在していない」


「残念だけど物的証拠はもうどこにもないってわけ。だから、尊重されるべきはデッセル伯の自白だけ」


「では、デッセル伯。最後に意見を述べてください」


 そう促されて、デッセル伯は口を開く。


「言うまでもなく皆さんわかっていると思いますが、私はロス=リオス伯領を奪うためにロス=リオス夫人と通じ、夫人とロス=リオス家の使用人を利用し、領土を奪うための画策をいたしました。夫人と使用人を利用し、帳簿の偽造を行い、その後、借金という作り上げたスキャンダルを流布。同時に夫人により本物の帳簿を処分。偽造した帳簿を本物としてロス=リオス氏に借金があるという証拠を作った。ここまでお膳立てをすれば、あとは私の思い通りに事は進んだ。ロス=リオス伯領は私のものになったし、移民追放の政策も進めることができた。移民連合の発足、移民連合により帳簿が強奪されることは想定内だった。ただエルマーの家出、そしてそのエルマーがロス=リオス陣営に保護されたのは誤算だったな。エルマーが家を出たときから歯車が狂い始めた。エルマーの家出により移民追放策推進委員会の活動を活発化させることとなった。ただそのおかげで移民連合の大半を捕縛することはできた。しかし、帳簿の奪還は叶わなかった。その要因は間違いなくお前の存在だ」


 そう言って俺を見るデッセル伯。


「移民になるほどなんだからよほどの出来損ないだと思っていた。負け試合たるこの裁判に挑んできた時点でそう思ったよ。しかし、実際負けたのは私だ。お前は移民のくせに有能だ。お前は何だ? 何者だ?」


「アスト・タカミネ。お前が思っている通りのただの訳ありの移民だよ」


 本当に訳ありだ。厳密に言えば移民ではなく異世界転移者。しかし、よそ者という意味では同じだ。


「私は移民に負けたのか」


「お前はただ運が悪かっただけだよ。実際、エレナがエルマーを保護してなかったら、俺がエレナのもとに戻らなかったら、どうなっていたかはわからない」


「幸運は強者にのみ許された特権だ。それを持つお前は強者なんだよ。だから、私に勝ったんだ。くそったれ。お前さえいなければ、俺は領土を拡大することができた」


「お前が領土を拡大するのはやっぱり強さを求めてのことだったのか」


「領主の強さは領土の広さだ。領土の広い領主が力を持つ」


「力を付けて、王になろうとしたのか」


「この国は小国だ。小国が大国に挑むなど考えるべきではない。ローデンバルト家による統治は今代で終わりだから、この機会を逃す手はなかっただろう」


 ローデンバルト王国は小国で隣接するソリティア帝国は大国。ローデンバルト王国はソリティア帝国を倒して大陸統一を掲げている。しかし、デッセル伯はそんな国の考え方には反対している領主であった。帝国に従属した方が良いと主張していた。


「私の主張を通すには力を付けなければならない。私の目的を果たすためには王になるほかない」


 ローデンバルト家による統治は今代で終わり。それを耳に入れたデッセル伯はこれをチャンスとして力を付けようとした。その手始めがロス=リオス伯領の支配だったのだ。


「それなのに、お前の所為で、私の計画はご破算だ」


「さっきも言ったが俺は運が良かっただけだ」


「憎たらしいな」


「どうとでも言え」


 デッセル伯は落胆の顔を見せ、深く溜息をついた。諦念の籠った溜息だった。


「言うことももうないようですし、判決の方を言い渡したいと思うのですが、よろしいですか?」


 裁判長がそう言えば、デッセル伯はこくりと頷いた。


 そして、判決が言い渡される。


「ケビン・アードリアン・フォン・デッセル。あなたを斬首の刑に処します。領地は没収。そして、デッセル家は取り潰しとします。……ロス=リオス夫人とザーラ・ブリッツェ。あなた方もこの一件に関わる者として、この国からの永久追放を言い渡します」

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