第2話

 ローデンバルト王国、ロス=リオス伯領。


 大陸の最東端に位置している国であり、隣国はソティリア帝国と言うらしい。というか、この大陸にはローデンバルト王国とソティリア帝国の二国しかないらしい。大陸の三分の二を占めるのが帝国で、残りの一をローデンバルト王国が占めている。


 ロス=リオス伯領はローデンバルト王国の西部に位置し、王国の中では一番領地が小さいらしい。ここの領主を代々務めるロス=リオス家のルーツが移民であるため、貴族の中では肩身が狭く領地がさほど与えられなかったらしい。


 ――と、ロス=リオス伯領の街へ行く道中にエレナから聞かされたわけだ。


「わたしの家は鍛冶屋をしているんだけど、わたしは手伝いでよく鉱山へ鉱石を採掘しに行くの」


 そう言うエレナはリアカーを引いており、そこには石ころが詰まれていた。


 女性に荷物を持たせているのは如何なものかと周りは思うかもしれないが、先ほど彼女の代わりにリアカーを引こうとしたけど重くて引くことができなかったのだ。これは仕方ないのだ。男としてはみっともないけど仕方ないのだ。


 しばし歩けば街へ出る。通りの両脇にはずらっと建物が並んでいる。人通りが多いこの通りはどうやら大通りらしく軒を連ねているのはお店ばかりだ。


「ここが街の大通り。これをまっすぐ進むと領主の屋敷が見えてくる」そう言って、エレナは指をさすけれど、大通りは人通りが多く屋敷の全貌を見ることはできなかった。「わたしの家はこの大通りから一本入った裏通りにあるの」


 先を行くエレナは路地を曲がる。


 大通りから離れただけで喧騒は遠くへ。しんと静かになった。


「裏に入ればこんなもんだよ」


 大通りとのあまりの差に呆けていた俺にエレナがそう言った。


 路地を抜け、裏通りへと出る。人はまばらで生活感が溢れている。いわゆる住宅地。店が並んでいるのは大通りだけで、そこから外れればあるのは住宅と田畑だけ。


「ロス=リオス伯領は田舎だから」とエレナは言った。


 しばし歩くと不意にエレナが立ち止まる。


「ここだよ」


 正面には住宅と言うには大きな建物。扉は全開。中が工房であることが窺えた。キンコンカンと金属を叩くような音が聞こえる。


 ここがエレナの家の鍛冶屋。


「ここが工房。家はその左隣ね。来て。お父さんに会わせるから」


 言って、エレナは工房へ入る。俺は後に続く。


 ぼわっと熱気が迫ってきた。正面の扉は全開であるにもかかわらず工房の中は熱気が籠っていた。


 奥の方で真っ赤な鉄をハンマーで叩いている男性がいる。背中は大きく、屈強な身体つき。いかにもな職人の姿に俺は少しばかりの感動を覚える。本当にいたんだ、こんな人。異世界なら当たり前?


「お父さん!」とエレナは男性の耳元で、大声を出してそう呼ぶ。


 男性――エレナの父親はハンマーを振り下ろすのをやめ、こちらを振り向く。


「この人、うちで預かることにするけどいいよね?」


「住まわせるのはいいが」とエレナの父は口を開く。野太い声だ。「君、うちの手伝いしてくれる? さすがにタダじゃ住ませねえよ」


「あ、え、それはもちろん。はい」と俺は答える。


「じゃあいいよ。よろしく。名前は?」


「アスト・タカミネです」


「移民か」


「まあ、はい」


 あれよあれよという間に住む場所が決まった。異世界生活、これは意外とちょろいものかも。まあ、数多の主人公もちょろい感じで異世界生活しているし、こんなもんか。


「じゃあ、部屋に案内するよ」


 エレナがそう言って工房の奥へと進んで行く。この工房と隣の住家は繋がっているらしい。


 工房から住家へ入り、階段を上って二階へ。


 二階の角の部屋が空いているらしいので、そこを使わせてもらう。かつていたお弟子さんが使っていた部屋なんだそうな。そのお弟子さんはもう一人立ちしていない。


 部屋の扉が開かれる。部屋の中には最低限の家具があった。ベッドと机と椅子。


「自由に使っていいから」とエレナが言った。「……とはいえ、アスト、何も持ってないんだよね」


「まあ」


 特に準備もなく異世界へやってきたので、俺が元いた世界から持ってきたものといえば今着ているスーツくらいか。スーツのポケットをまさぐってみても……日本硬貨である百円玉が三枚と名刺と四色ボールペンがあるくらいだ。これでは日常生活は送れない。ましてや異世界となるとなおさらだ。


「なんか買いに行こうか。服とか」


「でもお金が」


 あるのは三百円。しかも日本硬貨。さすがに異世界で日本のお金は使えないだろう。


「まあ、少しくらいなら貸せないことはないから」とエレナは言う。「でも貸すだけだから。ちゃんと返してね」


「稼ぐ方法がないのにどうやって?」


「うちの手伝いするんでしょ。心配しなくても給料は少しだけど出るから。その点は大丈夫」


 少しばかりの給料。お小遣い程度だろうか。まあ、住まわせてもらううえにお金がもらえるのなら、それはそれでよいことだ。


「それじゃあ、行こうか。ついでに町の案内もするよ」

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