第一章
第1話
周りを見渡せば、森だった。見たこともない景色だった。
ここはどこだ? ……そうか、異世界か。
しかし、あの女神も不親切である。こんな所に転送しなくても、もっと街の方へ送ればいいのに。
さて、どの方角へ向かえば街へ出られるのか。というか、これからどうするかな。異世界転移は俺が望んでいたことだけど、いざこうやって下準備もなく放り出されては途方に暮れてしまうというものだ。
俺が今着ているのはスーツだけど、これってこの世界の文明に合っている服装なのか。あの女神はこの世界が中世ヨーロッパ並みの文明レベルだと言っていた。……ということは、この服装はこの世界には不釣り合い?
とりあえず、森を脱しようと俺は適当に歩く。
鳥が鳴く。風が吹けば木々が揺れ、ざわざわと音がする。異世界とは言え、鳥の鳴き声は地球の日本で聞いていたそれと変わらない。
魔法が存在すると女神は言っていた。ここがファンタジーな世界ならば、
いるのなら、見てみたい。
それにしたって、森は一向に開けない。緑は深まっていくばかり。これは進む方向を間違えたかな。
このまま進むべきか。それとも、引き返して別の道を探すべきか。
なんて、考えながらも足を進めていれば、足場が不意になくなる。
「あ、うそだろっ!」
急な斜面に足を取られて俺はズルッとこけて、ごろごろと斜面を転がり落ちる。そして、小川に落ちて俺は動きを止めた。左右は斜面。ちょっとした谷になっていた。
「いってーな、くそ」と毒づく。
スーツはぐちゃぐちゃに濡れた。もう引き返そう。そう思い、俺は先ほど転げ落ちた斜面を登る。
「はあはあ……」
社会人になってからろくに運動もしていなかった所為か、斜面を登るのにも一苦労。やっとのことで斜面を登ると、そこにはあるものが待ち構えていた。
「……は」
ドラゴンもしくは恐竜とでも言えばいいのか。目の前には人間大の二足歩行を為すトカゲみたいなのが三匹いた。
「マジかよ。マジでいたよ、
目の前の大きなトカゲ型モンスターは鋭い牙を向き出しにして、グォオオ――と重低音で吠える。敵意剥き出し。マジピンチ。
後ろは斜面。もし、後退すればまた転げ落ちてしまう。逃げるなら横に走るしかないけれど、きっと逃げればこのモンスターは追ってくる。モンスターに限らず動物というのは逃げるものを追いかけるものだ。
しかし、逃げなければやられる。俺の本能が逃げろと言っている。だから、俺は逃げる。
――走る。
運動不足の身体にムチ打って、俺はひたすらに走る。
ちらっと後ろを見遣れば、やはり追ってくるトカゲ型モンスター。しかも……速い!
見る見るうちに距離は縮まる。
木々の間を抜けながら、走って逃げて。疲れて、足がもつれてこける。トカゲ型モンスターは目前に迫っていた。
運命を全うしろと女神は言ったが、早速人生詰んだ模様。そういえば、女神は俺に剣と魔法の才能を授けたと言っていた。ならば、そこら辺の棒を拾って、それを振ればそれなりに戦えるのではないか。
手を伸ばせば、木の棒に触れる。俺は咄嗟にそれを掴んだ。そして立ち上がる。
バットくらいの長さ/太さの棒。俺はモンスターと相対する。三匹のうちの一匹がこちらへ跳びかかってきたので、俺は時代劇で剣客が刀を振るみたいに見様見まねで木の棒を振る。
木の棒を伝い、俺に打撃の感触が伝わる。俺の振った木の棒は見事モンスターの頭部に当たったらしい。
ギャインとトカゲ型モンスターは鳴いて、動かなくなる。
しかし、一匹退治したところで残り二匹である。次は両脇から二匹同時に襲いかかってきた。木の棒一本で二匹同時に相手とか無理。俺は再び遁走。
「はあ、はあはあ……」
息が露骨に上がってきた。これはいよいよ足が動かなくなりそうだ。
走っていると洞窟を発見した。俺は洞窟へと逃げ込む。しかし、それでもモンスターは追ってくる。
洞窟の中には松明が並べてあり明るい。どうやら人工的なもののようだ。鉱山っぽい。ということは、洞窟じゃなくて坑道か。
奥へ奥へと進むにつれ、ひんやりとしてくる。松明に火がくべられていることから、この洞窟/坑道の中には誰かいる。ていうか、いてほしい。お願いします、誰かいてください。俺を助けてください。
前方でゆらりと火が揺れた。誰かいる!
「助けてください!」と俺は叫ぶ。穴の中だから声は大きく響く。
刹那。
「――ファイア!」
女性の声が響き、何かの煌めきを俺は確認する。その煌めきはどうやら火炎で、初めは松明の炎かと思ったけど、それはだんだんとこちらに近づいてきて――火球が二つこちらに迫ってきていた!
「うおっ」
俺は咄嗟にその場にしゃがみ込む。火球はそんな俺の頭上をよぎって二体のトカゲ型モンスターにぶち当たった様子。
ギャン、ギャンとモンスターが鳴いた。
振り返って、モンスターの方を見てみると、モンスターは踵を返して退散していく。
「はあ」と俺は安堵の溜息。力が抜けてその場に座り込む。しばらくは動けない。
ざっざとこちらに駆け寄ってくる足音。
「ちょっと、大丈夫?」と声を掛けられ、顔を上げるとそこには一人の少女が俺を見下ろしていた。こちらを気にかけるような顔でこちらを窺っている。
肩口くらいまでの長さの髪は赤褐色で、顔立ちは端正。歳は十八、十九と言ったところか。これはラッキー。異世界へ来て初めにあった人間が女性で、しかも美少女に分類されるものときた。
「あ、え、うん」
やはり、女性と話すのは苦手だ。異世界に来たからと言って、突然、コミュニケーション能力が上達するわけでもないらしい。慣れればどうってことはないけど。
「あなた、あまり見ない服装をしているけど、どこから来たの? というか、どうしてここに?」
その質問に対して、俺は正確に答えることができない。
どこから来たと問われれば、俺はこの世界ではない世界からやって来たわけで、どうしてここにいるのかと問われれば、女神より転送された先でモンスターに出会って逃げ回った末にここに行きついたと答えるしかない。
「ちょっと迷子になりまして……それで、まあ、モンスターから逃げ回っていたらここに」
「迷子って……つまり、ここら辺の人間じゃないってこと? ここらに住んでいるんだったらまず迷子なんて事態にそうそうならないと思うし」
「まあ、そんな感じ」
「王国の人間じゃないの?」
「王国?」
ここは王国なのか?
「ここはローデンバルト王国のロス=リオス伯領って所」
「へ、へえ」
「あなた、本当にどこから来たの? 帝国……の人間だったらこの国のことを知らないはずはないか。もしかして、大陸の外からやって来たの。変な服、着てるし」
帝国もあるのか。この星にも地球と同じようにいくつか大陸があるみたいだし、ならば俺はこの大陸の外からやって来た人間ということにしておこう。
「まあ、うん。そうです。この大陸の人間じゃない」
嘘は言っていない。だけど、キラキラした目で俺を見ないでくれ。
「え、ほんとに? すごいなぁ。世界中を旅しているの?」
「まあ、そうだな。旅しようかなって思ってる。ここは最初に来た国です」
「ん? でも、それにしては荷物が少ない……っていうか、何も持ってないじゃん」
「いろいろ、あったんですよ……」
本当にいろいろあった。嘘は言ってない。
「あ、えと、なんかごめんなさい」
何をどう納得したかは知らないが、少女はこれ以上俺のこの状態について追及はしてこなかった。
「もしかしなくても行く当てがなかったりする?」
「はい」
「じゃあ、とりあえずうちに来る?」
これはいい流れだ。異世界で最初に出会った美少女に拾われる。よくある展開。うむ、素晴らしい。
「え、いいの」
「まあ、行く所がないなら」
俺は一考の素振りを見せて、こう答える。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「そう」と言って少女は微笑み、こちらへ手を伸ばす。
俺はその手をそっと掴んで、よっこらせと立ち上がる。
「わたしはエレナ。エレナ・スミス・ブレイズ」
「俺はたか……」
名前を言いかけて、俺は疑問に思う。日本は苗字が先で名前が後。欧米は名前が先で苗字が後。それでは異世界はどちらだ。《苗字・名前》なのか、《名前・苗字》なのか。目の前の少女はエレナ・スミス・ブレイズと自身のことを名乗った。エレナというのは聞いた感じ苗字ではなさそうだ。スミスは当然ミドルネーム。まさかブレイズが名前ということはないだろう。ブレイズはきっと苗字である。ならば、俺はこう名乗るべきだ。
「俺はアスト・タカミネ」
「珍しい名前ね。やっぱり外国人なんだ。……それじゃあ、アスト。うちへ案内してあげる」
俺はエレナに手を引かれて、森を脱することができた。
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