8話 「楽しい旅行の仲間」
「あの、タイガーさんですか?」
そう呼ばれて振り返るとメガネをかけた女性が立っていた。俺はそうですと答える。何故かと言うとタイガーとは俺がネット上で使っている固定ハンドルネームだからだ。その後女性を観察した。
女性の外見はメガネの他に髪は黒のショートで顔は少し幼い。服は水色のワンピースを着ていて側に大きなピンクのスーツケースを置いている。因みに胸は胡蝶より少し大きいくらいだ。
……初対面の女性に俺は何考えてるんだ。
女性はおどおどしていたが意を決したかのように俺に話かけてきた。
「あ、あの! そのあの、私……」
「おぉっ、これは! 最近製造中止になってプレミアが着き始めている球体関節シリーズじゃないですか!」
メガネの女性は俺に何かを話そうとしたが突然の乱入者の男性によって聞き取れなかった。男性は黒のズボンにアニメキャラクターがプリントされた白色のティーシャツを着ていて体型は痩せて声は少し高い。
なんだこの人? 胡蝶に詳しいな。
俺がそんなことを思っていると男性は勝手に説明を続けてくれた。
「その芸術性故に未使用だと今後は軽く百万は越える貴重品になりえますよ、羨ましい! 記念に写真撮ってもいいですか?」
俺は男性に写真を許可する。
胡蝶が今そんな状態になってるだなんて、本当に高貴な女になったんだな。
「あれ? なんか少し表情が違うような」
俺が感心していると写真の男性からそんな言葉が漏れた。胡蝶の顔をよく見てみると少し表情がニヤけていた。
俺はこの男性に心当たりがあったので尋ねてみた。
「あの、もしかしてあなたは……シュバルツさん?」
「フフフ、よくわかりましたねぇ、そうです! ワタクシがシュバルツです! そういうのあなたはタイガー氏ですねえ!」
男性は大げさに動作をしながら答えた。
この人テンション高っ!
「はい、よろしくお願いします……ん? シュバルツさん人形持って来てないんですか?」
シュバルツさんの周りのには荷物の他に何もなかった。疑問に思い尋ねるとシュバルツさんはいそいそと荷物から何かを取り出した。
「おー! すみませんワタクシとしたことが、紹介しますね、これが恋人の梨々香タンです!」
そう言うとシュバルツさんは取り出した物に空気継ぎで空気を送り膨らませ始めた。しばらくしてそれはアニメ風の絵が描かれた人の形になった。
あっ、そんなのもあるんだ。
俺はこの界隈の奥の深さを知った。
「あ、あの!……私を無視、しないでくださいぃ……」
そうだった、シュバルツさんに気を取られて忘れてた。先程のメガネの女性は少しいじけていた。
「あ、すみません……と言うことはあなたは……」
「……コクーン……です、あぅ」
俺が尋ねると女性は顔を真っ赤にしながら答えた。
コクーンさん、シュバルツさんの二人は俺が駅で待ち合わせをしていた人物で初対面ではあるが以前からの知り合いだ。その後俺達は他愛のない挨拶を済ませると早速目的地に向かおうとした。
バタンっ!
突然何かが倒れる音がしたので振り向くと胡蝶が倒れていた。俺は慌ててかけよって胡蝶を抱き起こしたがその際耳打ちをされた。
「……話がある」
ヤバいなんか胡蝶が怒ってる。
「すみません……ちょっとトイレ我慢してたんで行ってきます、すぐ戻るんで皆さん待っててください、あははは!」
俺は有無を言わさず胡蝶を抱き抱えてトイレに向かった。トイレの個室に入り便器に胡蝶を座らせようとすると胡蝶がこんな汚いところに座らすなと言うので俺が便器に座りそれから膝に胡蝶を乗せた。
「おい胡蝶どうした体調でも悪いのか?」
胡蝶は俺を睨み付けて来る。
「……おいてめえふざけてんのか? 私と二人で旅行じゃなかったのか? あいつらはなんだ? 大体なんで妙な名前で呼び合ってるんだ?」
怒って質問ばかりする胡蝶に対し俺は今の状況を説明する。
「それについて話せば長くなるんだが……」
……。
俺は胡蝶を購入する前インターネットで人形愛好家が集う掲示板に書き込みをしていた。
タイガー「こんど人形を買おうと思うんですけどオススメありますか?」
シュバルツ「おほー新たな同志がキター! ワタクシのオススメは梨々香タンですぞー!」
コクーン「『幻想的人形工業』から最近発売されたこの娘はどうですか──URL 」
俺はこの書き込みを参考に胡蝶を購入した、以後この二人とは定期的にネットを通じて連絡を取っていた。
そして一週間前に二人に胡蝶と旅行へ行くのにどこが良いか質問するとシュバルツさんからどうせならみんなで旅行に行かないかと提案があった。それにコクーンさんも乗って俺も人が大勢いた方が楽しいと思って承諾した。
以上の事から今回の旅行は胡蝶の里帰り兼人形愛好家同士のオフ会でもあるのだ。
……。
「とまあこんな訳なんだが」
長い説明を終えると俺は胡蝶に殴られた。
「死ねこのやろう! 私をあの女に勧められて買ったな、気に食わねぇ!」
「痛っ、やめろって! みんな待たしてるから行くぞ!」
俺は胡蝶を無理やり連れ出しみんなのもとへ戻った。
「遅いですぞタイガー氏、それにトイレに胡蝶タンをつれていってナニをしていたのですか、んー?」
「あの……昼間からトイレで……いけないと思います」
シュバルツさんのセクハラ発言を聞いてコクーンさんが恥ずかしそうに言った。
「ち、違いますって、別に変な事をしてないですよ」
否定していると目的地へ向かうバスがやって来た。
バスの中は座席がいっぱい空いていたのでシュバルツさんは梨々香ちゃんと一緒に座りコクーンさんは一人で座り俺は二人から離れて一番後ろに胡蝶と座った。
「なあ胡蝶機嫌を直してくれよ、それに他の人形も来るから胡蝶の友達ができると思ったんだよ」
俺は胡蝶にそう言い訳した。
「ほぅ大我、お前は私にあの風船と友達になれと言うのか?」
胡蝶が梨々香ちゃんといちゃつくシュバルツさんを見て言った。
「……まあ他にもコクーンさんの人形もいるよ、スーツケースに入ってるって言ってたけど」
「なんだそれ? 朝の私に対する当て付けか?」
これ以上言うと胡蝶の機嫌がますます悪くなると思い俺は黙ることにした、その間胡蝶は喋り続けた。
「コクーンって変な名前だな、しかも女かよ、畜生」
名前はともかく確かに俺はここに女性が来るとは思わなかった、名前的にコクーンさんは男だと思っていたからだ。
「私が一番なのに他の女が来やがって、許せねぇ」
どうやら胡蝶は自分以外の女性がこの場所にいることが気にくわないようだ。
「おい大我、私と……あの風船はいい、コクーンとか言う女どっちが良い?」
俺は胡蝶が良いと答えて頭を撫でてやった。胡蝶はそれで良いと言うと少し笑って機嫌を取り戻してくれた。
……。
暫くするとバスが目的地に到着した。そうしてバスから降りると目の前に大きな和風の旅館があり従業員が俺たちを出迎えて案内してくれた。
俺は胡蝶を背負っていたのでまた変な風に見られると思った。すると俺の感情を読んだのかシュバルツさんが説明してくれた。
「安心してくださいタイガー氏ここの従業員達は我々を理解をしてますぞ!」
シュバルツさんによるとここは昔から人形作りが有名な町で人形愛好家がよく観光で訪れる、それで旅館や町もそれに対応して俺達みたいなのは当たり前になってるらしい。
確かに周りを見てみると一般客の他に人形を持った人達が何人か旅館にいた。その後俺達はシュバルツさんが予約してくれた部屋へと向かった。部屋に案内されるとそこは大きくて落ち着いた雰囲気の和室で普段こんなところに止まったことのない俺は驚いた。
「すみません実はここ三人部屋で、男達だけで恋人について部屋で語り合おうと思ってたのですがワタクシまさかコクーン氏が女性だったとは知らず……」
シュバルツさんが申し訳なさそうに言うとコクーンさんの顔が赤くなった。
「あの! 私は……大丈夫です……あぅ」
なぜかコクーンさんが俺を見て言った。その瞬間俺の背中に抱きついている胡蝶の腕に少し力が入った。
俺は胡蝶を背中からおろして側から離すとこの場のマズイ流れを変えるために自己紹介をしようと提案した。早速三人で部屋の机を囲み向き合う。
「じゃあ自己紹介をしましょう、俺は久我大我です、あの壁際にいるのが……」
胡蝶に目を向けると胡蝶は壁によりかかり静かに俺をを威圧するようなジト目をして無言の圧力を放っていた。
「……えーと、あれが俺の彼女の……胡蝶です」
圧力が消えた。
うわあああ! 人形が彼女とか何言ってんだ俺ー!
続けてシュバルツさんが自己紹介をした。
「フフフ、ワタクシはシュバルツこと黒田拓真ともうします、そして恋人の梨々香タンです! 彼女はアニメマジカルリリカの主人公でしてこの膨らます人形は公式が…………」
黒田さんの自己紹介は長かった。
「私は……
繭……コクーン、なるほど。
「今は美術大学に通っています! 一年生です! よろしくお願いします!」
コクーンさんこと繭さんが恥ずかしながらも元気よく自己紹介した。
若っ! この部屋に一緒に宿泊するけど犯罪じゃねえよな……多分……うっ!?
再び胡蝶から圧力が放たれる。
今胡蝶を見たらヤバイ、今胡蝶を見たらヤバイ、今胡蝶を見たらヤバイ……。
ワザときづかない振りをして繭さんに集中する。
「あの、……私の友達も紹介します、
そう言うと繭さんは持ってきたスーツケースから人形を出した。中から出てきたのは白髪で黒の着物を着たどこか胡蝶に似た雰囲気の人形だった。
えっ、何で繭さんがその人形を!?
俺は驚いた、なぜならその人形は胡蝶と同じ球体関節シリーズだったからだ。
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