4話 「靴がねえ!」


  

 「おい大我今から外に行くぞ!」

 

 白のワンピースを着た人形の胡蝶が言った。

 

 「……マジで言ってるのか?」

 

 胡蝶が言ってる事が信じられなくて俺は思わず聞き返した。

 

 「なんだ? 私は何かおかしなことを言ったか?」

 

 すると胡蝶も首を少しかしげて不思議そうに聞き返した。

  

 「いや別におかしなことはない、それより何で外にい行きたいんだ?」

 

 「そんなの決まってるだろ、この高貴な私をみんなに知らしめるためだ、だから外を案内しろ!」


 この女は……どこからそんな自信が出て来るんだよ。

 

 自信満々に胸を張って宣言する胡蝶に続いて俺も宣言する。

 

 「ダメだ」

 「な、何でだよ!」

 

 胡蝶は否定されるとは思っていなかったようで動揺した。そんな事お構いなしに俺は至ってシンプルな内容の理由を言った。

 

 「だって胡蝶は人形だろ」

 「……はっ?」

 

 胡蝶は見た限り生きているし表情や動作が豊かで人間と劣りはしない。しかし一つだけ致命的な問題がある。それは胡蝶の関節は球体関節なので色々なポーズを取れる。しかし明らかに人間と構造が違うのでそれで余計に目立ってしまう。

 

 「……っ、人形だと? それがどうした、いいから私を連れて行け!」

 

 胡蝶は俺に掴み掛かった。

 

 「冗談じゃねえよ! お前を連れ出したら俺は社会的に死んじまう!」

 

 人形を連れて歩く男……うん真っ先に通報されるな。

 

 「連れてけ!」

 「だから嫌だって!」

 

 何度嫌と言っても胡蝶は諦めない。このままでは俺の人生がマジで終わりかねない。

 

 「うるせぇ! 連れてけー!」

 

 胡蝶はそう言うと頭をぐるぐると回転させ髪の毛を俺の顔にビシバシ当ててきた。

 

 うわぁ気持ち悪、やるんならもっとマシな攻撃の仕方をしろよ、髪の毛うぜえ。


 こうまでして外に行きたがる胡蝶を止められないと判断した俺は渋々ながら胡蝶をする外に連れて行くことにした。しかしいざ外に行こうとすると胡蝶は玄関の前でじっと立ったままでいる。

 

 「どうした胡蝶?」

 「……私の靴がねぇ」

 

 そうだった! 

 

 俺は胡蝶の靴を買ってないことを思い出した。しかもこの部屋には男物の靴しかない。

 

 「いやーすまん、胡蝶の靴を用意するの忘れてたよ、あはは、また今度買ってやるから今日は残念だけど外にでるのはやめよう、うんそれがいい」

 

 これは胡蝶を外に連れて行かないチャンスだと思いなだめるように俺は後ろから胡蝶の肩に手を当てて揉んでやり部屋へ誘導しようとした。

 

 「……ぶ…………しろ……」

 「ん? 何か言ったか?」

 「……私をおんぶしろー!!」

 「はぁっ!?」


 胡蝶が何かを呟いた後突然大声で叫んだので驚いた。

 

 「何で俺がお前をおんぶしなきゃいけねぇんだよ」

 「うるせぇ、いいから私をおんぶしろよ」

 「えぇっ……そんな事してまで俺は外に行きたくねぇよ」

 「ダメだ行くぞ」

 

 しばらく玄関の前で行く行かないと言い合っていると隣のおっさんにうるさいと怒鳴られたので俺は渋々胡蝶おんぶして外へ出かけた。

 

 外は強烈な日差しで暑く蝉の鳴き声がうるさい。


 胡蝶は俺の背中に乗って辺りをキョロキョロと周りを見渡している。そのたびに胡蝶の麦わら帽子が俺の顔に当たるので正直かなりうざい。

 

 「誰もいねーじゃねーか」


 外の景色を見て胡蝶は不満そうに呟いた。俺は辺りを見渡しため息を着くと胡蝶に言ってやった。

 

 「みんな暑いからクーラーの効いた部屋で涼んでるんだよ」

 

 俺はこのとき人がいないことに安心していた。

 

 今は人に会いたくない、今の俺の状況をみられたら一発でアウトだ。それに俺は初めて人形とはいえ女の子をおんぶしている。かなり恥ずかしい。

 

 「胡蝶、暑くねーか?」

 「別になんともねーよ」

 

 胡蝶は暑さに余裕そうだ。

 

 そういえばシリコンは少々の熱に強かったな。

 

 胡蝶は出かける前にシャワーで冷たい水を浴びていたので肌がヒンヤリとして触っていると気持ち良いい。

 

 俺はチラリと下を見た。視線の先は胡蝶の太ももだ。おんぶしてるので胡蝶のワンピースの裾がめくれて太ももがむき出しになっていて思わず見惚れてしまう。

 

 更に考察するとおそらく後ろはパンツが見えそうで見えないというもどかしい状態になっていることだろう。俺はそれを想像してドキドキしてきた。

 

 「ん? さっきからどこ見てるんだ?」

 

 胡蝶は俺の視線に感ずいたのか尋ねてきた。

 

 「な、何も見てねーよ、ただ疲れたと思っただけだ、あはは」

 

 危ねー、俺が想像していることを胡蝶に言ったら絶対恥ずかしがって暴れるからな……黙っとこう。

 

 何とか誤魔化したが胡蝶は疑うような眼差しを俺に向ける。しかし最後はどうでも良くなったようで追求はしてこなかった。


 ……。

 

 暫く歩いて思った。普段から鍛えていたとはいえこの暑さの中で人形をおんぶして歩くのはきつい。その為休むのにベンチのある公園を目指した。

 

 「よし、誰もいねーな」

 

 公園に誰もいないことを確認して入る。

 

 「ちっ、ここも人がいねーのか……つまんねーつまんねー!」

 

 胡蝶はそう言って俺の背中で揺れた。俺は倒れそうになりながらもなんとかベンチまで行き胡蝶を座らせた。

 

 「あー疲れた、胡蝶は以外と重いな……」

 「あ? 今なんつった?」

 

 やべっ! 失言した

 

 俺の一言で胡蝶の機嫌が悪くなったので俺は逃げることにする。

 

 「何も言ってねーよ!……それより俺喉乾いたから飲み物買って来るわ!」

 

 そう言って俺は全速力で走って逃げた。

 

 「おい待て! 私をおいてく気かー!」

 

 胡蝶が俺を呼び止めるが無視した。

 

 ……。


 近くの自販機で缶ジュースを二本買って公園に戻ると胡蝶がベンチで寂しそうに足をぶらつかせていた。それを見て俺は胸が締め付けられた。

 

 「あー……胡蝶すまなかったな」

 

 俺近くに寄り謝ると胡蝶は顔を下にむけ悲しそうな声で言った。

 

 「……待てと言ったのに……私を置いてった」

 

 これはやっちまったな。

 

 まずいと思った俺は胡蝶の隣に座って優しく語りかけた。

 

 「胡蝶、聞いてくれ……俺はもうお前を置いかない、大切にするし可愛がってやる……だから許してくれ」

 

 うをおおお! ちょー恥ずかしいー! こんな言葉を普段じゃ絶対に言わない。

 

 どうせなら最後まで普段やらない事をしようと思い、麦わら帽子ごしに胡蝶の頭を撫でた。きっとこれはイケメンなら許される行為だろう。

 

 「……っ! もうやるんじゃねぇぞ」

 

 胡蝶は俺を許してくれるようだ。一瞬照れるような素振りを見せたので意外だった。

 

 「そうだ、これをやるよ」

 

 更に胡蝶の反応をみたいと思い買って来た缶ジュースを開けて胡蝶に渡す。

 

 「おいおい大我、私は人形だって忘れちまったか?」

 「ちゃんと覚えてるよただ飲み物ぐらいだったら胡蝶でもいけると思ったんだ、試しに飲んでみろよ」

 

 俺は特にこれと言った根拠はないが飲み物を勧める。

 

 「ふん……そこまで言うなら飲んでやるよ」

 

 胡蝶は一口ジュースを飲むとうめぇと呟いた。

 

 こいつ一応味も分かるんだ、中途半端に人間っぽいから余計に人形じゃないと思っちまうな。

 

 俺は心の中でそう思いながら買ってきたもうひとつの缶ジュースを飲見ながら胡蝶を観察する。

 

 「ブフゥー!! ごほっごほっ」

 

 俺は思わず飲んだジュースを吹き出して咳き込んだ。というのも胡蝶を見ると美味しそうにジュースをゴクゴクと飲んでいるが全部首の繋ぎ目の隙間から漏れ出していた。そしてワンピースが濡れて胸が透けていたからだ。予想外の展開だ。

 

 「お……おう、こいつはエロいな」

 

 俺の呟きに気づいた胡蝶は今の自分の状況を理解して大きく目を見開いて驚いた。

 

 「てめぇ! これが狙いだったのか!?」

 

 「いや! これはちが……」

 「黙れ、この最低の変態屑野郎」

 

 胡蝶は有無を言わさず冷めた目で俺を見て罵倒する。


 「ちょっ、ちょっと待てよ話を聞けって………ん? 誰だ?」

 

 弁解しようとした時ポンポンと誰かに肩を叩かれた。

 

 振り返ると俺の目の前にお巡りさんが居て更にその後ろの公園の入り口の側にパトカーが停車しているのが見えた。

 

 「ねー君ここで何してるの? ちょっといくつか質問してもいいかな?」


 お巡りさんがニコニコの良い笑顔で尋ねるが声質は人を疑うような感じた。

 

 あっ、俺終わった。

 

 「君こんな時間なのに何で公園にいるの? 年齢は? 職業は?」

 「……二十四歳、無職です」

 「そんなに若いのに無職? 君ねぇ働かなきゃだめだよ それと人形を背負った不審者がいるって通報を受けたんだけど君のことでしょ」

 「はい……そうです」

 

 お巡りさんの質問責めに俺は返す言葉もなく泣きそうになった。

 

 「これがその人形なの? こんなので遊んでたら親がなくよ?」

 

 そう言うとお巡りさんが胡蝶の肩に触れた。俺はその瞬間一気に腹が立ち声をあげようとしたときだった。

 

 「おい気安く私に触んじゃねーよ」

 

 突然胡蝶が喋った。それに対しお巡りさんは目を丸くしている。

 

 「さっさとその手をどけろよ さもないとてめーの〇〇〇を潰すぞ」

 「うわあああああ!!」

 

 胡蝶の言葉にお巡りさんは驚いて腰を抜かした。

 

 「すみせんでしたー!!」

 

 俺はそう叫ぶと胡蝶を抱き上げてその場を逃げて家へ戻った。

 

 ……。


 その日の夜。

 

 胡蝶は赤い着物に着替えてベットでゴロゴロしていた。

 

 「あー! 今日はさんざんな目にあったー! マジで疲れたー!」

 

 俺はそう言ってベットに上半身を突っ伏した。

 

 「大我そう落ち込むなよ元気出せ、それとここは私のベットだから上がるな」

 

 胡蝶はそう言って起き上がると足を使って俺の頭をグリグリと踏みつける。

 

 この女ぁ! だいたいいつからこのベットがお前のになったんだよ。

 

 胡蝶は我が儘でこんなはしたない女の子だが実はとても良い子なのを俺は知っている。だから言った。

 

 「……胡蝶、今日はありがとな、正直お巡りさんの質問責めに耐えられなくなるところだった」

 「……勘違いすんな……確かに大我がボロクソいわれているのにはイラついたが何より許せなかったのはアイツが私に触ったからだ……だから気にするな」

 

 俺の言った感謝の言葉を聞いて胡蝶はバツが悪くなったようで足を俺の頭からどかした後再びベットに転がった。その際俺が突っ伏したままでも文句は言わなかった。

 

 全く素直じゃねえな。

 

 こうして俺と胡蝶の初めての外出が終わった。

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