傷を背に隠して
綾織 茅
あなたに会えて
1
あちらこちらで響く砲弾の音。
四方八方に飛び交う男達の声。
辺りに咲き誇る紅い血の華。
その日は晴れ晴れとしていた。
ようやく慣れてきたノックの習慣は、否が応にも時代の移り変わりを示唆していた。
「……土方さん。鉄君、今、出立しましたよ」
「和紗ッ! お前、市村と行かなかったのか!?」
洒落た洋装に身を包んだ彼の姿も、もうだいぶ見慣れた。
役者顔負けの端正な顔を歪めている彼に、私は薄く口元に笑みを浮かべ、そっと窓辺に近寄る。
窓の向こうには、キュッと唇を強く噛み締め、こちらを何度も振り返りながら去ろうとしているまだあどけなさが残る少年の姿があった。
「和紗、お前「ほら、こっち見てますよ?」
言わせないよ。あなたの口から別れの言葉なんて、聞きたくない。
私は自分で選んでここにいるのだから。
「……確かに、あの歳で死ぬのは惜しい」
「……」
「きっと、道中色んな人が守ってくれますよ」
先に逝った近藤さんや沖田さん、井上さん、原田さん、山崎さん。
そして山南さんや藤堂さんも。
それから志半ばで散っていった新撰組隊士のみんなが。
「土方さん」
「……何だ?」
「もし、私が死んだらどうします?」
「何おかしな事言ってやがるっ! そんなこと、冗談でも言うんじゃねぇよ!!」
「だから、もしもの話ですって。泣いてくれますか? 私のために」
「……“ ”」
「……」
……土方さんらしいといえばらしいな。
それじゃあ、もう一つ、いいですか?
もしもの話。
もし、私の背中にもう既に深い傷を負っているとしたら?
……これはやっぱり聞かないでおこう。
ここだけの秘密の話。
もしもではなく、本当の話なのだから。
「土方さん、愛しています」
「……俺もだ、和紗」
私は土方さんと深く口付けを交わした。
これが最後だと分かっている。
女の勘だ。
恐ろしい勘だけど、たぶん外れない、外れてはくれない。
いつの間にか近づいていた身体を離し、私は出口にゆっくりと歩いていく。
背中に巻かれた包帯から血が滲みだしているのが分かる。
痛い。
痛いけど、悟られてはいけない。
悟られてしまえば、ここにはもういられない。
貴方の側にいられない。
彼に背を向けた私の頬を、つうっと一筋の涙がつたった。
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