第17話 ケモ耳バンザイ

 

「そいつを捕まえてくれ」


 男の叫び声に振り向くと小さな影が突進してきた。フードの所為でよく見えてないのかぶつかりかけたところを躱す、その動作に驚いたのか子供はたたらを踏み転びそうになったのですかさず腕を掴んで支えた。


「は、離してっ」


「助かった、その小僧をこっちに渡してくれ」


 いや、捕まえた訳でなく転ばないよう支えただけですが。子供が腕を離そうともがくのでボロボロのフードがばさりと落ちる。




  !!!



 け…


 ケ……


 ケモ耳キターーーッ!!


 この世界に獣人がいる事は知っていたが、オルフェリアでもいるのだが、衣瑠が覚醒してからは初お目見えなのだ。今、目の前にケモ耳が、よく見ればボロいローブの裾から尻尾も見える。

 

 お、お、おう、モフりたい、モフりたい~~~っ!しかしがまん、ここはぐっと我慢して目の前のハゲ散らかしたおっさんに相対する。


「この子が何かをしたのでしょうか、差し支えなければお教え願えませんか?」


 ハゲ散らかしたおっさんはニヤっと笑って(き、気色わる…)


「そいつは俺の露店から売り物の薬草を盗みやがったんだ、ほら手に持ってるだろう」


「チガウ!これは僕が摘んできたんだっ!」


「嘘つくんじゃねえ、オメェみたいなガキがどこで摘んでくるっていうんだよ」


「しょ、しょれは……」


「ほら言えねえんだろ」


 このハゲ散らかしたおっさんは馬鹿か。

 近場の薬草の生えている場所など人には教えない。教えてしまえば自分の取り分が減ってしまうのだから当然だろう。

 よく見れば土にまみれ、採取方法を知らないものが採ったのだろう、ちぎれた葉が多く茎の部分が少ない。少年の手や膝にも土がついており這いずって薬草を探した様子がうかがえる。


 チラリと横目でハゲ散らかしたおっさんを睨め付ける。


「ほう、この薬草を売っていたと。とすればあなたの露店の商品は二級、いや三級品以下の薬草を売っているのですね」


「な、なんだと」


「この薬草は根から掘り出した状態で保存しなければ効果が落ちる、売っているならそれくらいの知識はお持ちでしょう」


「ううっ、うるせえそれくらい「ご存知でしたか、それは失礼」」


 知らんかったくせに。食い気味で被せ最後まで聞いてやらん。

 使うのは確かに葉だけだが売り物とするなら根ごと掘り出し水を含ませた麻布などに根を包んでやらないと萎れて効果が落ちる。


「どうせ10ウルにもならないものなら少年にあげてもいいと思いますが…」


 そこまで言った時ケモ耳少年が悔しそうに顔を歪めた。


「だが、事実は明らかにするべきでしょう?今から警備隊詰所の判定球で判定をしてもらいましょう。判定球を使えば盗んだかどうかなんてすぐに判明します。盗みに関しての事、警備隊はきっとすぐに応じてくれます」


 ハゲ散らかしたおっさんは、顔色を変えビクリとした。脛に傷持つのはどちらか明白だ。


「ふんっ、今回は見逃してやらあ、次はねえぞ」


 青い顔で説得力ないね、ハゲ散らかしたおっさんは最後にボソッと呟いた。


「獣人風情に肩入れしやがって」


 私の耳がその言葉を捉える。今なんと言った?獣人風情・・・・だと……


 私から立ち上がる黒いオーラが辺りを包み込むと、周りにいた野次馬とハゲ散らかしたおっさんはビックっと飛び上がる。




「今、なんと仰いました?もしかして獣人風情とか仰いませんでしたか?このウェイシア王国も隣国のオルフェリアも人種による差別は認めておりません。ですが貴方の仰りようはまるで……」


 左手でケモ耳少年の腕を掴んだままだったが、右手を静かに腰の剣にかける。

 ケモ耳最高!ケモ耳は正義!モフモフの、モフモフによる、モフモフの為の世界に、何をほざくか……


「イィ、言ってない、何も言ってない~」


  ハゲ散らかしたおっさんは慌てて逃げて行く、周りにちらりと視線をやると野次馬もそそくさと散って言った。

 ケモ耳少年に目を向けると耳がへにゃっと折れ尻尾がクルンと足の間に……あっヤバ。

 黒いオーラ殺気を引っ込め、少年の前に片膝をついて視線を合わせる。


「ごめんね、びっくりさせちゃったかな。もう大丈夫だから。それロキ草と解熱草だね。薬草がいるって事は怪我をした人がいるんだ?」



 ズッキュ~~ン!!


 顔を上げたケモ耳少年は必死で耐えていたのか大きな目に溜まった涙をこらえ、うるうるの状態で見つめ返してきた。か、かわいい。ああ、もうおねーさんすりすりしたくて、抱きしめたくて手がワキワキするよ~~



 悲しい事だがこの世界には人間至上主義という考えを持つものがいる。馬鹿な事だが。

 エルフ(これもまだお目にかかってない)に代表される妖精族は人族より寿命が長く魔力保有量が多い。

 獣人族は類い稀な身体能力、感覚を持つ、どう比べても人の方が劣種なのに。


 オルフェリア王国、ウェイシア王国、リュミエール神皇国の三国同盟は人種差別を禁止しているが、ガガート帝国は人間至上主義な上奴隷制度ありな困ったちゃん帝国だ。

 北方連合国家には獣人族の国もあるのだが攫って奴隷にしようという輩が後をたたない、もう、滅べばいいのに帝国。


 そんなことより、このケモ耳少年だ。着ているものはボロく薄汚れていて、靴も履いていない。見た所10歳、いやもう少し下か、ボサボサの灰と黒のメッシュが混じった毛と青色の瞳、物凄く綺麗な青色、ところどころ金色が混じってちょっと神秘的。痩せてガリガリだが顔の造作が良く絶対美少年だ。

 このまま放って置くことができようか、いやできない!(反語)


「何か役に立てるかもしれない、それにその薬草の煎じ方知っているから手伝えるよ」


 信用できないとでも言いたげに睨みつけてくるが(これもまたかわゆい)自分の持つ薬草を見て暫くなやむと、真っ直ぐに目を見返してきた。


「嘘ついたり、変なことしたら噛み付くから」


 精一杯虚勢をはる姿がまた……ショタじゃないから、ケモ耳萌えだからねっ!いやいやそんなこと考えてる場合じゃなかった。


「うん、わかったよ」


 120%ケモ耳愛を込めた笑顔で返事をする。






 ケモ耳少年の後をついて行くと街並みが徐々にうらぶれた感じに代わっていき、ついには廃墟に近いスラムにやってきた。

 この辺りは以前に起こった魔物大発生スタンピードで破壊されたが、再開発から外され廃墟となったようだ。壊れた戸や柱の陰に随分と人がいるみたいだが姿は出さずこちらを覗いている。。隙間だらけだから《エリアサーチ》

 が遮られることなくバンバンひっかかる。


「コッチ」


 歩きながら話しかけてみた。


「君、名前は?私はエルっていうの。冒険者よ」


「・・・アしゅ・・」


「うん、アシュ君っていうんだ」


「違いましゅ、ア・しゅ…しゅ、アスゥ・・でしゅ」


「アス君?」


「しょうでしゅ」


 ケモ耳少年、猫獣人族かな。尻尾が灰と黒のシマシマで先が黒いんだ。

 やがてたどり着いたそこは二階部分は崩れてほとんど無く、その崩れた二階が屋根代わりとなっているようなボロ小屋。

 板を立てかけただけの扉をずらしアス君が入って行ったので後に続く。

 途端に腐ったような臭いが鼻に付いた。防寒の為隙間を粘土の様なもので塞いでいるので空気がこもり淀んでいる。


 また扉代わりの板をずらしてすり抜けると、ボロ布に包まった子供が横になっていた。アス君は駆け寄り声をかけた。

あにしゃま、薬しょう採ってきたよ」


 アス君の後ろから覗き込むと、そこにいたのは・・・虎だ。毛並みは薄汚れて灰色っぽいが白虎ていうやつだ。


「……ガウ?」


 薄く眼を開けた白虎はレス君の後ろの私に気付き弱々しく吠えた。

 立ち上がろうとするも左後ろ足があらぬ方向に曲がっている。力が入らず崩折れた。

 あちこちに傷があり、かなり出血もあっただろう、腹の部分には赤黒くこびり付いていた。


「いったい、どうしてこんな怪我を?」


 少し見ただけでも、アニシャマと呼ばれた白虎の状態が良くないことがわかった。獣医じゃないけど。


「昨日溝掃除をして食べ物貰ったんでしゅ、しょしたら知らない人が僕のを取り上げようとして・・・僕を庇おうとした兄しゃまがモンしゅターと間違えられて殴られたり蹴っ飛ばしたりされて。その後から動けなくなったんでしゅ」


 くっ、幼気な子供の労働の対価を横取りした上暴力を振るうとは、見つけたら抹殺してやる。


「白虎さん、ちょっとお見せてね」


 言葉を理解しているのか大人しく触れさせてくれた。ざっと見た足以外にも感じ肋骨が折れてそうだし、内臓もやられてるかも。


「アス君、アニシャマの怪我は薬草じゃ治らない、だから魔「しょんなっ」」


 悲壮な顔で私を見上げるレクス君。アス君の両肩に手を置き安心させる様に微笑む。


「大丈夫、今から回復魔法を使うから、アニシャマはちゃんと治るよ」


「ホント?ほんとに治る?」


「ええ、だからちょっと待っててね」


  アス君を脇に移動させ、白虎の前に跪く。


「直ぐに治して楽にしてあげるから」


 白虎はこっちを見て私の手をちろっと舐めた。ネコ科の舌はザラザラする。動くのが辛いだろうに受け入れた意思を示すために私の手を舐めたのだろう。あまりの痛々しさに涙が出そうだ。さあ、完璧に治療してあげよう。


特級回復エクストラヒール


 上級回復ハイヒールでも治ったかもしれないがここは憂いを残さぬ為特級を使用しておく。

 ただしヒール系は怪我の治癒なので敗血症とか病気には効かない、なのでさらに。


病気治療キュアーディシーズ


 淡い光が白虎を包み込みキラキラと散りながら消えてゆく。痛みが治まったのか白虎の呼吸がゆっくりになった。ただこの2つの魔法じゃ流した血と体力は戻らない。


「ガウ」

「あ、ありが、と…おね、ちゃ……」


 か細く力のない白虎の鳴き声を聞き、アス君が嗚咽交じりに例の言葉を言う。

 慰めるようにそっと頭を撫でる。ケモ耳に触りたいからじゃないからねっ。

 アス君の汗で張り付いた灰色メッシュの髪は血と泥で汚れていた。


「よかった、兄しゃま、よかった……」


 アス君の身体がぐらりと揺れる。サッと手を差し出し支えたがそのまま崩れ落ちるように気を失った。

 彼も必死だったのだろう。身体中に擦り傷をつくり泥で汚れて、薬草を探してはいずり回ったに違いない。

 白虎の横に角熊の毛皮を広げアス君を寝かせた。

 彼にも上級回復ハイヒール病気治療キュアーディシーズを念のためかけておく。


 白虎の方も眠ったようだ。


 さて、この後どうしよう?


 眠るアス君を見ていると頬が緩み手がワキワキ…ダメダメ、疲れてるんだから今は眠らせてあげよう。


 改めて周りを見るが生活用品っぽいものは何もない。

 ボロい壁は今にも崩れそうなので《ストーンウォール》で補強し隙間風を防ぐ。床板は剥がしたのかむき出しの土でかなりボコボコしている。今は毛皮を敷いたので下からの冷えはマシだろう。掛けるものがないのでインベントリから毛布を出し掛ける。抱き上げたあ時、痩せて肋の浮いた身体はとても軽かった。ろくに食べれてないんだろう。


 ウェイシア王国はオルフェリアよりは暖かいけど冬はどうしてたんだろうか。身を寄せ合い暖をとるアス君と白虎の幻が過ぎった。クッ。

 今は春の第二月(4月)、夜はそれなりに冷える。《ウィンドバリア》で結界をはりつつ温度をあげとこう。


 インベントリから魔道コンロと鍋を出す。肉系で栄養をと、思うがあまり食べてない胃にガッツリ系は負担がかかる。角猪の骨で出汁をとりつつ角兎肉をミンチにし、ハーブを刻んで肉団子を作る。鍋には米と乾燥野菜を刻んで一緒に煮込む。起きたら仕上げをしよう。


 結界の所為で外の音は聞こえない。鍋がたてるコトコトという音と、アス君と白虎の寝息だけだ。


「…う、……た……」


 起きたのかなと振り返るが、二人とも眠っていた。


「…ん、やだ、そんな…したくな…やめ……」


 アス君がうなされている様なのでそっと額を撫で前髪をかきあげる。う、ケモ耳がすぐ近くに……あ。

 ぱちっと眼を開けたアス君。


「しゃわらないで……え、あ」


 突然起き上がり手を払いのけられた。だがアス君は寝ぼけて今の状況が理解できていないのか戸惑う様子を見せる


「あ…れ?」


「ガウゥ?」


 アス君の声で白虎も目が覚めた様だ。アス君は眼をパチパチ瞬いて私の顔を観て、周りを観てまた私の方を見る。


「目が覚めたみたいだね、お腹すいてるでしょ、一緒にご飯食べようか」


 辺りにに鍋から上がる匂いが漂っている。


 ぎゅ~、ぐるりゅりゅ~~


 激しい音になんか塔にいた時のことを思い出した。お腹が空くって悲しいよね。


 鍋の蓋を開け出汁用の骨を取り出して肉団子を入れてから蓋をする。コッコ鳥の卵ふたつとお深皿、スプーンを出す。肉団子が煮えた頃を見計らって溶き卵を回しかけ火を止め余熱で卵に火が通るのを待つ。

 振り向くとアス君は固まった様に動かず鍋を見ていた。あ、アス君よだれ。

 

 もういいかな?ゆっくりかき回すと卵に火か通ってる。米はグズグズに蕩けていい感じ。

 鍋の中をかき混ぜて木の深皿によそう。早速役立つ器たち。スプーンをつけてアス君にに差し出すが動かない。


「熱いから気をつけてね」


「食べて、いいの?」


「アス君が食べないと食べきれないよ、私一人じゃ余っちゃう」


 ニッコリ笑ってアス君の手元に持っていくと恐々受け取った。


「白虎って何食べるんだろう?生肉とかがいいのかなぁ」


 アス君は深皿を受け取りスプーンを持ったままこっちを見る。


「兄しゃまは呪いのしぇいで獣化してるけど獣人だから僕と同じもの食べましゅよ?」


 ほへ?獣化?獣人?もしかして彼は虎獣人ですか?


「兄しゃまも僕も虎獣人でしゅ」


 白虎を見下ろすと頷いた。さっきからレス君は時々しゃしゅしょ発音がある。と言うことはアニシャマは兄様か。


「アチアチアッツ」


 もしかして猫舌?私はもう一つの器におじやをよそってかき混ぜながら少し冷ましてから白虎、いや兄様の前におく。

 兄様はふんふん匂いを嗅いでからゆっくり食べ始めた。匂いかぐってやっぱり獣ちっく。


「おかわりあるから、遠慮しないで食べてね」


 アス君はふーふーしてから一口ほおばる、ううう、かわええ。


「おいち、あったかい、あったかいご飯食べるの久ちぶりでしゅ」


 くっ、思わず顔を背けてしまった、涙を見られたくなくて。こんな可愛いケモ耳を誰がこんな目に合わせたぁ、この世には神も仏もないのかぁ!


 もう、心配ないからねオネーさんがなんとかするから。うん、絶対。


 自分の分をよそって食べようと思ったらカランと音がするので下を見ると白虎が空になった器を前足でつついていた。


「ガルゥ」


「おかわり欲しいって」

 

 アス君の言葉に白虎が 「ガゥ」とひと鳴きした。


 おお、なんて言ってるのか解るのか、虎獣人同士だから?

 お代わりを冷まして白虎の前に置くとさっきより勢いよく食べ始める。

 振り向くとレス君が空になった器をじっとみている。


「おかわりいる?」


 と尋ねるとブンブンと音がしそうな勢いで頷く。私が1杯食べる間にアス君は2杯食べた。兄様は3杯食べた。

 オジヤは綺麗になくなった。


 外はすっかり暗くなったが二人が寝ている間に《ライト》を灯しておいたので普段より明るいと思う。

 この部屋に灯りらしきものは無いし崩れ掛けた木造の小屋では火は焚けないだろうから。


 アス君は食べる間座っていただけで疲れた様子なのですぐ毛皮の上に横になるよう促す。


「これオネーしゃんの?」

「ん、遠慮しないで使って。寒かったら他にもあるから」


 フルフルと首を振る。


「あったかいでしゅ、ありが、とう…オネーしゃん……」


  睡魔に勝てずアス君は眠りに落ちた。白虎欠伸をして眠そうだ。


 心体共に消耗してるし、連れて帰りたいけど知らない場所じゃ落ち着かないかも。今日は動かさない方がいいかもしれないな。

 帰りたく無いけどレイディの様子も見てこないと。一応結界張りなおし、明日また来るかな。


 トントン


 膝を叩かれて下を見ると白虎が地面に爪で何かを書いている。


「りゅう…じゃないわ。リュート?」


 白虎は文字と己を交互に前足でテシテシする。


「名前…リュートって言うんだ、兄様は」


「ガゥ」


「私はエルよ、よろしくね」


 そう言うと兄様、リュートは伸び上がりペロリと私の鼻を舐めた。


「っつ」


 虎の舌痛いよ。


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