セウスベルグの飛獣騎兵 インターバル

 ぱたりと扉が閉まり、ふたりの姿が消えた。

「……よもや、ロワ・フォーゲラオルが出てくるとはな」

 そんな台詞に、ドミニクは後ろを振り返った。

 彼の相棒の飛獣であり、今は人の姿をとっているスバトラフは、顎に手を添えて先ほどまでふたりがいた場所――正しくは、飛獣の少女がいた場所――を見つめていた。

「……彼女には何かあるのか?」

 どうやら彼は、彼女のことで何か知っているらしい。

 ただでさえ〈しょうの結び〉で飛獣を喚び出してしまうという前代未聞のことをやらかした奴らだ。喚び出した彼にも何かありそうだが、飛獣であるあの少女に何かがあってもおかしな話ではない。

「我ら翔竜しょうりゅう族と天質は同等。飛獣の中でも特に誇り高く、厳格でいて高潔。そして、容赦のない奴らだ」

 彼の言葉にドミニクは眼を白黒させる。ラウラの本性がどんなものなのかはまだ見たことはないが、人の姿の時のそれは、いたいけな少女だった。

 そんな彼女が、スバトラフと同等である?

 にわかには信じがたいことだ。

 つらつらとそんなことを考えていたドミニクは、ふと、あることに気付く。

「ひとつ質問してもいいか?」

「我で答えられるものであればな」

 彼と彼女に共通するものをひとつ見つけた。

「彼女の名前に貴方と同じ〈ロワ〉が入っているのは、何か特別な意味でも?」

 飛獣の少女の名前はラウラ・ロワ・ツヴァイ・フォーゲラオル。

 そしてこの男の名前はスバトラフ・ロワ・エアス・ドランゲディ。

 ふたりの名前には〈ロワ〉という文字が入っている。

 果たしてこれは偶然なのか……それとも。

 ドミニクの問いかけに、スバトラフは目を細めた。

「……〈ロワ〉とは、我ら飛獣の言葉で〈王〉という意味を持つ」

 ドミニクは思わずスバトラフを二度見した。

 彼はそれを気にすることもなく、部屋の中央にある霄鉱石しょうこうせきを眺めていた。

「名にそれが入っているということは、即ち、それだけの力を持つとされている」

 何か特別な意味があるのだろうと考えてはいたが、それは思っていた以上に強い意味があった。

 淡々と話してたスバトラフの言葉が、徐々に力強くなっていく。

「〈ロワ〉の名を有するのは二種族のみ。我の種族である翔竜ドランゲディ。そして、彼女の種族である翔鳥しょうちょうフォーゲラオル」

 彼にしては珍しく、嬉しそうだった。

 いつもは不機嫌そうな表情を浮かべるか無表情に徹しているのに、今は隠すことなく上機嫌に目を細めている。

「彼女は鳥なんですか?」

「そうだ。彼女の本性は鳥。しかも巨大な鳥だ」

 ……これは、実際目にするのが楽しみだ。ドミニクはゆるやかに笑みを浮かべた。

 飛獣騎兵部隊で飛獣を喚び出せた者は少ない。それは、〈霄の結び〉で飛獣の棲まう世界に往けたとしてもだ。適性があると判断されても、〈霄の契り〉で飛獣と出会うことができずに終わってしまう者も少なくない。

 現時点で飛獣を喚び出せた者は約半分ほど。そのほとんどが下位種と呼ばれる獣たちだ。

 そして、上位種と喚ばれる、人語を解し人の姿になることができる獣を喚び出せた者は、ほんのひと握り。

 アダルベルトは、そんな中でも希有な存在となった。上位種を喚び出したことはおろか、〈霄の結び〉で喚び出してしまったのだから。

 これは今後が期待されると思う反面、彼にとっては大変なことになるだろうな、と苦々しく思った。

「それにしても、ロワ・フォーゲラオルの二番目は小さき娘であったな。一体あの身の内にどれほどの力を秘めているのやら」

 物思いに耽っていたドミニクの耳に、気になる単語が届いた。はっとしてスバトラフを見据えれば、不思議そうに首を傾げられた。

「二番目?」

「そうだ」

「二番目とは、どういう……?」

 怪訝に思うドミニクに対し、スバトラフは一人合点がいったように「ああ」と声を上げた。

「そうか。こちらの者は分からないか」

 彼がそう言うからには、きっと飛獣たちの中では当たり前のことなのだろう。

 続きを促して、ドミニクは耳を傾ける。

「彼女はロワ・ツヴァイ・フォーゲラオルと名乗っただろう。我らの言葉で〈ロワ〉は〈王〉を意味すると言ったが、〈ツヴァイ〉は〈第二の強者〉を意味する」

 二本の指を立てて、スバトラフはそう言い切った。

 ……なんだか、今日は驚きの展開が多すぎる。これはもう驚きを通り越して、呆れ果てるしかない。

「つまり、彼女はフォーゲラオル族の二番目に強い者ということだ」

「人は見た目によらないとは言うが……」

 飛獣にまでそれが当てはまってしまうとは。しみじみとそう思ってしまう。

「……まだ幼いように見えるが」

「実際、我らから見てもまだ幼子だ。まあ、人と獣を比べられては困るがな」

 人と獣は違う。スバトラフも見た目は若く見えるが、生きている年数はドミニクよりも長い。

 ということは、あの少女も実はそれなりに長く生きているのだろうか。

「……ちなみに」

「ん?」

「スバトラフは何番目なんだ?」

 その問いかけに、彼は意地悪い表情を浮かべ、にやりと口の端をつり上げた。

「ロワ・エアス・ドランゲディ。〈ロワ〉は先にも言ったが〈王〉を意味し、そして〈エアス〉は〈第一の強者〉を意味している」

 つまり、そういういことだ。

 喉の奥でくつくつと笑っているスバトラフに、なかなかに負けず嫌いな奴だな、とドミニクは苦笑いするしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る