さずかりもの
鐘辺完
さずかりもの
玄関がノックされた。
「はーい」
新婚の美春は、ドアののぞき穴から様子を見た。何も見えない。
おかしいと思って、チェーンをつけたままドアを開いてみると……。
美春は絶句してあとじさりした。
不気味なものがドアの前にいたのだ。
ムカデのようなケムシのようなものが。それは口に籠のようなものをぶらさげている。籠の中にはすやすや眠った赤ん坊が入っていた。
「おどろかないでください。私はコウノトリです」
「う、うそっ! コウノトリって鳥じゃないの」
「そうですよ。見てのとおり、鳥じゃないですか」
「どこが鳥なのよっ!」
「ほら、羽ばたいて飛べるし」
どこに羽根があるのかわからないが、たしかにムカデのようなケムシのようなものは空中に浮かんでホバリング(空中静止)した。ちなみに本物のコウノトリはホバリングできない。
それを見てさらにおびえる若妻。後ろにずりさがる。
「おめでとうございます。赤ちゃんを届けに来ました」
「知らない知らないっ! 持って帰ってっ!」
手をばたばたさせて抵抗の意思を示す。
「おかしいなぁ。心当たりあるはずですよ」
「あるけど知らないっ。早く帰って」
「じゃあ、ここに置いていきますから……」
ムカデのようなケムシのようなコウノトリは赤ん坊を籠ごと玄関前に置いて、飛び去って行った。
十分くらいたって、ようやく立ち上がれるようになった美春は、チェーンがついたままのドアの隙間から、コウノトリがいないか注意深く確認してからドアを開けた。
ドアにひっかかる籠。
美春は籠を手に取る。中には赤ん坊。
「かわいい……」
赤ん坊をそっと抱いてみた。まだ子供がいないので抱き方は上手ではない。
赤ん坊の体温が胸に伝わる。甘酸っぱいような匂いがする。
美春は赤ん坊にほおずりした。
「こんな赤ちゃんならほしい」
その瞬間、赤ん坊は美春の体にとけ込むように消えた。
「あれ?」
赤ん坊どころか、入っていた籠もなくなっていた。
つわりがはじまったのは次の日だった。
「元気な子が生まれて欲しいな」
美春の夫がまだ膨らんでもないお腹をなでた。
「大丈夫。元気で可愛い子に間違いないよ。確認したから」
「は?」
コウノトリはレッドデータブック(絶滅のおそれのある野生生物)に入ってるから数は少ないぞ。
それでもコウノトリは今日も赤ん坊を届けに飛ぶ。
「おめでとうございます。赤ちゃんを届けに来ました」
さずかりもの 鐘辺完 @belphe506
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