第37話 家族の幻影
先頭車両のドアを開けるとそこは一面の花畑であった。
いや、車両内に花が敷き詰められていると言う方が正しいかもしれない。
ピコハンはその光景に我を忘れて足を踏み入れる・・・
「なんて・・・綺麗なんだ・・・」
赤に青に黄色に緑・・・
一体何の花か分からないが一面に咲き乱れる色とりどりの花に見とれるピコハンは車両の中央を花を踏み潰さないようにゆっくりと歩く・・・
徐々に耳に聞こえる車両の音が小さくなり左右の壁が見えなくなりそれは現われた。
ピコハンの両親であった。
二人共手を広げてピコハンを待っている。
後数歩、それで二人の胸に飛び込める。
自分を捨てた両親は仕方なく自分を捨てたのを思い出し共に暮らしていた日々の記憶が頭を通過する。
「お父さん・・・お母さん・・・」
しかし、そこでピコハンは歩みを止めた。
そこに、妹の姿が無かったからだ。
「妹・・・俺の妹はどうしたんだ?!」
ピコハンのその訴えに二人は首を傾げる。
まるで妹の事など知らないと言わんばかりの態度を取るのだ。
その態度にピコハンは怒りを覚えた。
そして、思い出したのだ。
両親が一緒に暮らしていた頃から妹がまるで居ない者の様な態度を取り続けていたのを・・・
「まさか・・・俺の知らない間に・・・」
ピコハンの握り締めた手に力が入り拳から血が滴る。
だが直ぐ背後から声がした。
「妹?誰の事だ?」
それはピコハン本人の声であった。
「俺の妹だ!お前こそ誰だ!」
振り返るが誰も居ない。
「違うな、お前に妹なんて最初から居ない」
「違う!妹は居る!いつも俺の事を慕ってくれていた!」
「それじゃお前は妹の名前を言えるか?」
「妹の・・・なまえ・・・」
「お前は妹の顔を覚えているのか?」
「いもうとの・・・かお・・・」
「分かったかお前に妹なんて最初から居ないんだ」
ピコハンの顔色が悪くなる・・・
記憶に確かに存在した筈の妹、だがその顔も名前も思い出せないのだ。
「そうだ!妹が料理を失敗した時に付いた火傷が・・・」
そこまで言ってピコハンは自身の左腕の火傷跡を探すがそこには火傷跡なんて無かった。
「違う、妹は確かに・・・」
「違う、妹は居ない」
「そんな筈はない!俺の妹は・・・」
「お前は両親と3人で暮らしていたのだ」
「そんな・・・筈は・・・」
ピコハンの顔面は既に真っ青になっていた。
いつの日か村に妹を迎えに行って一緒に暮らそうと考えていたピコハンの考えが崩れ去ったのだ。
「妹は・・・居ない・・・」
「そうだ、お前は一人っ子だ」
「俺を愛してくれる人は・・・誰も居ない・・・」
「そうだ、お前はもう一人なんだ」
「俺は・・・一人・・・」
ピコハンの瞳から色が消えていく・・・
そして、無意識に足が前に進む。
既にピコハンは何も考えられなくなっていた。
現在見ているのが花粉が見せている幻覚だと最初は気付いていたのにも関わらず既に思考が停止していたのだ。
そして、目の前に口を大きく開いている食人植物が待機していた。
その口内に両親が手招きして待っている。
ピコハンはそれを見て自分が帰る場所はここだと判断し足を踏み入れた。
食人植物はその口をゆっくりと閉める。
まるで横に倒したチューリップの様なつぼみはゆっくりと口内で消化液を出していく・・・
「あぁ・・・お母さん・・・お父さん・・・ただいま・・・」
その両親の体に抱き付きピコハンは目を閉じる。
体がフワフワと蕩けるような幸せな気持ちに包まれてピコハンはその安心を受け入れる。
このままここに永久に居ればいい・・・
そう考えたピコハンは全身から力を抜いた。
その時であった。
「痛っ?!」
ピコハンの太股に暗器として仕込んでいたクナイが一本落ちて足に刺さった。
目を開いて何が足に刺さったのか見たピコハンはそのクナイを見て思い出す。
「そうだ、もう俺にはルージュが、アイが、ルティアが、村の皆が居るんだ!」
そのクナイを拾い上げ目を覚ましたピコハンが見たのはまるで胃袋の中であった。
衣類が消化液で少しずつ溶かされ始めていて皮膚にヒリヒリとした痛みが走る。
「ここから出ないと!」
直ぐに横の壁を女王蟻の剣で切りつけるが表面がヌルヌルしていて刃が通らない?!
フト上を見るとつぼみの先端が少しだけ開いているのが見えた!
ピコハンは直ぐに共有箱を展開してその中へ手紙を書いて入れる!
その間も徐々に消化液は滴り落ちてきてピコハンの体を溶かそうとしてくる。
もう一刻の猶予も無いと感じた時に共有箱の中からそれを取り出した!
そう、ピコハンが村を作ろうと考えた時に最初に見つけたあの毒の沼の液体である!
もしも強力な魔物が襲ってきた時に使えるかもしれないと一応家に保存してあったのだ。
ルージュはメモに直ぐに気付き送り返してくれたのだ!
「これでどうだ!」
ピコハンはその液体をさっき切れなかった部分にぶっ掛ける!
異臭が放たれその部分が徐々に溶かされていくのが確認できた!
上部に口が開いているので体に悪そうな異臭がこもる事もなくピコハンはその部分を女王蟻の剣でX字に切り裂いた!
そして、直ぐに共有箱を畳みそこから無理やり外へ飛び出る!
「だぁっ!」
そこは車両内で直ぐ後ろに天井まで伸びたつぼみが一つ立っていた。
直ぐにピコハンは振り返り外側から女王蟻の剣で切りつけようとするが足元の花がピコハンの足に絡まり始めた。
「ちっうっとおしいな!」
強引にそれを引きちぎり動こうとするピコハンに花のツタが触手のようにピコハンに襲い掛かる!
それを回避しながら後ろに下がるピコハン、距離を取る事でそれは見えた。
つぼみの根元に小さな目の付いた花がピコハンを目で追い掛けていたのだ。
「それがお前の弱点かぁー!!!」
ピコハンは叫びと共に先程目を覚まさせてくれたクナイをそいつに向かって投げつけた!
「びゅじゅるーーーーー!!!!」
クナイは見事に花の目に突き刺さりまるで植物に塩酸を掛けた様な溶け出すような音と共につぼみが暴れまわる。
左右からツタを振り回し所構わずぶつかるその姿から視力を失ったのは確実であった。
左右の壁を叩いてはそこに異物が在ると勘違いしてそこへ攻撃を繰り出すツタ、それにより真正面の道が開けた!
「チャンス!」
ピコハンは駆け出す!
つぼみを滅多切りにして完全に殺すつもりなのだ!
だが次の瞬間左右の壁が一瞬にして挟み潰されつぼみも一緒にプレスされた。
いや、それにピコハンは見覚えがあった。
そう、あのワニであった。
左右の壁を叩いていた音に反応しワニがそこを車両の壁ごと喰らったのだ!
そして、再び落ちてくる天井!
だがピコハンは今度はワニの口の方へ駆け出しその裂け目から落下する天井の上へと移った。
ずどーん!と言う音と共にワニは腹ばいになり落ちた天井の上を後ろの車両へ駆けて行くピコハンを見つけて追いかけだす!
その皮膚はあの血でドロドロに解け始めており最初見た時よりも動きが鈍かった。
それでも明らかに巨大過ぎるその体を完全に見る事が出来たピコハンはまともに戦って勝てないと判断し後ろに向かって駆け出したのだ。
「お前との決着もそろそろ付けないといけないな!俺の獲物横取りしたんだ!覚悟しろよ!」
言ってる事は勇ましいが絶賛後続車両へ迎えて闘争ではなく逃走中のピコハンであった。
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