第10話 生還!少女の名前はアイ
「ん・・・・・・」
「おはよう」
「あっ・・・私・・・」
数時間後、寝ていた少女の横に座って体を休めていたピコハンは目を覚ました少女の額に手を当て笑顔を向ける。
慌てて起きようとする少女だったが体を起こそうと地面に手を付くつもりだったのだが左腕が無い事を忘れており右手だけで体を起こしてしまい左に倒れそうになる。
「おっと」
それを受け止めるピコハン。
少女自身も自分に何があったのか良くわかっておらず記憶が混乱しているようだった。
ただ、自分の左腕が無い事は今ので再認識し夢じゃなかったのだと理解をした。
泣きそうになるが自分を受け止めてくれたピコハンの温もりが彼女の心を癒す。
「あっす、すみません」
慌ててピコハンから離れようとするがやはり左腕はなく思っている行動と実際の行動がちぐはぐになる。
少女は左腕でピコハンの体に摑まって体を起こそうとしたのだがその腕が無いので体だけ反らした形になった。
それはピコハンの胸元で顔を見上げるという形になった。
見詰め合う2人。
吊り橋効果なのだろう、ここは普通の人がまず生きては帰れないダンジョンの奥。
少女の心拍数は上昇し頬を赤く染める。
ピコハンは少女の体を受け止めたまま頭を撫でる。
「あっ・・・」
その感触は寝ている間に何度も感じたそれであった。
ピコハンは少女が魘される度にそうやって落ち着かせていたのだ。
少女はそれを目を閉じて気持ち良さそうに受け入れる。
一見するとキスを待っているようにも見える姿ではあったが少年と少女にそういう感情は無く特に何も起こらず時間だけが過ぎていく。
「立てる?」
「はい、大丈夫です。」
ピコハンの手を取って少女は立ち上がる。
右目が無いので正面を向くために若干左を向いている形にはなるがそれでも少女は自力で歩けそうだった。
ただ、左腕が無いと言う事はやはりバランスが取れなくなっているのか真っ直ぐに歩くのが少し辛そうにも見えたピコハンは少女の右手を取る。
「あっ・・・」
「危ないから摑まってて」
「・・・はい・・」
再び頬を赤く染める少女だったがピコハンはこれからの事を考えて少女を見ておらずそれには気付かない。
そして、2人は女王蟻が塞いでいたその広間の奥へ足を踏み入れる。
少し進むとそこはゴミ捨て場であった。
正確に言うと蟻達のゴミ捨て場である。
今まで食べた人間が身に付けていた装備や持ち物が無造作に捨てられていた。
勿論その中にはダンジョン内で拾ったと思われる物も在りその量を見るに一財産築ける量なのは間違いなかった。
「蟻が食べれない物をここに捨ててたみたいだね」
「・・・」
少女は目の前の光景に目を疑う、その量は100人では利かない人間があの蟻達に殺されたと言う証明でもあった。
それを想像して吐き気を感じた少女はその場に蹲る。
「大丈夫?」
慌てて背中を擦るピコハン。
口元を押さえて頷く少女が落ち着くまでとりあえずピコハンはその山を回収する事にした。
共有箱を展開しそこに在る衣類や武器、防具、貨幣に謎の液体・・・
とにかくひたすら共有箱に放り込んだ。
多分ルージュの方では大変な事になっているだろうけどピコハン達は命懸けでこれを得たのだ、文句を言う筈も無いだろう。
座り込んでピコハンの行動を見詰める少女にピコハンはその中で見つけた青い綺麗な石を持ってやってきた。
「ほら、これを握ってな」
「う・・・ん・・・」
それは涼石と呼ばれる魔石でひんやりと冷たい冷気を持っている石である。
主に熱冷ましや涼を取るのに使われる魔石で腕を失った少女はその怪我の為に熱が上がっているのをピコハンは何度も頭を撫でて気付いていた。
冒険者に限らずこの石一つ在れば色々な事に使えるので便利な魔石なのである。
少女は熱のせいもあり少しその石を手にして座ったまま眠っていた。
その間にピコハンはその宝の山を全部回収し終え少女が起きるまで再び横に座って待つ。
今度は15分ほどして少女が目を覚ました。
「あっごめん・・・なさい・・・」
「大丈夫、無理はしなくていいんだよ」
ピコハンは少女の額に手をあて先程よりも涼石のお陰で熱が下がっているのを確認し立ち上がる。
そして、少女の手を取りゆっくりと立ち上がらせ来た道を戻る。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったね。俺はピコハン」
「私・・・アイ・・・です・・・」
握られている手から伝わる暖かい気持ちを感じながらもここが魔物の住むダンジョンなのだと理解している少女は脅えながら答える。
そんなアイの手を少し引きピコハンはアイと歩く距離を近づける。
言葉には出さないが俺が守ると言われている感じがしたアイは少しだけ恐怖が薄らぐのを感じた。
「っでだ、ここに戻って来た訳だが・・・」
そう、そこはループする通路と部屋である。
だが、アイは通路の片方を指差す。
「あっちです。」
ピコハンはアイのその迷いの無い言動に自分のわからない何かがあるのだと理解しアイの指差す方向へ進む。
そして、壁にピコハンが印を付けていたここを超えると戻ってくると言うポイントまで来てアイは立ち止まる。
「暖かい空気が流れてます。」
ピコハンには感じられなかった。
それはアイが着ているボロ布のポケットに入って居る涼石のせいでアイの体温が少しだけ、ほんの少しだけ低くなっていたから感じた温度の違い。
アイはそっちの方へ足を進める。
それに続くピコハン。
だが前に進んだ直ぐにピコハンは手を後ろへ引かれる。
「こっちです。」
振り返ったピコハンの顔に濡れた薄い幕の様な物が触れそれを抜けたら通路の先に明かりが見えた。
「まさか・・・出口!?」
「そうみたいです」
ピコハンの独り言に答えるアイ。
その表情は嬉しさ半分、不安が半分浮かんでいた。
アイは人捨てでダンジョンに捨てられた。
その為ここを出ても行く宛ては無い。
助かった事には助かったが一時的なもので直ぐに路頭に迷うのが本人にも分かっているのだ。
特に右目はともかく左腕が無いのはこの世界で生きていくのに致命的である。
そんなアイにピコハンは答える。
「よし、俺を助けてくれたアイには恩返しをしないとな。とりあえず最低でもこの恩を返し終わるまでは家に住まないか?」
ダンジョンの外へ足を踏み出すピコハンの言葉にアイは驚きの視線を向ける。
それはプロポーズとも取れなくも無い言葉、ピコハンはそこまで考えている訳ではないが人捨てでダンジョンに捨てられた子供のその後はピコハン自身も良く分かっている。
ピコハンの手を握るアイの手が一気に熱を持ったのを感じたのは外の陽気に当てられたからだろうと勘違いしたピコハンは生還の喜びと今回のダンジョンでの稼ぎに期待をしながらルージュの待つ家へと向かうのであった。
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