第9話 少女の治療と共有箱の裏技

「ぜはー…ぜはー…」


蟻の背中に体を預け肩で息をするピコハン、まさに死闘と呼ぶに相応しい戦いを制して勝利を納めた彼だったがその荒れた呼吸は別の理由であった。


「くっ…がぁぁ…」


それは女王蟻の体から出た光の粒子がピコハンの体に入り続けているのが原因であった。

今、ピコハンの体は物凄い勢いで強化されていて全身に筋肉痛にも似た激痛が駆け巡っていたのだ。

その様子を少女は言葉を出さず見つめていた。

ダンジョンに食いぶち減らしで捨てられ永久に出れない空間に閉じ込められた少女はピコハンと同じように動かなくなり蟻に捕らえられた。

その時に右目を潰されたのだ。

そして、数日間閉じ込められた上にやっと出られたと思ったら女王蟻に左腕を喰われ満身創痍。

もう死を覚悟したがそれでも死にたくないと願ったところに飛び出して自分を助けてくれたピコハンがヒーローに見えたのだろう。

そんなピコハンがもしかしたら自分を助けようとして大怪我をしたのかもしれない、だが少女には目の前の女王蟻が本当に死んでいるのか分からないし今の自分の姿がとても見せられたものではないと理解していたからピコハンに近寄るのを躊躇っていたのだ。


「ふぅ…ふぅ…ふぅ~」


やっと落ち着いてきたピコハンは痛みに悶えながら少女が見ているのに気が付いていた。

自らの手を軽く握ってもう痛みがあまりないのを確認して立ち上がるピコハン。


「軽い?!」


突然そう言ったピコハン。

あまりにも体が強化されていて自身の体が軽くて驚いたのだ。

その声にビクッとした少女はピコハンに向かって頭を下げる。


「あ、あの…助けていただいてありがとうございます」


その少女に目をやってピコハンは辛そうな表情を向けた。

少女の怪我も服装もとても酷い有り様だったからだ。

命はあったがこのままでは遠からず少女は力尽きるのが見てとれた。

体は痩せ細り打撲と傷は数えきれず片目と片腕を失い着ている物すらもボロ巾一枚。


「そうだ!」


少女を見ていたピコハンは突然何かを思い付いたように声を上げ女王蟻から降りて少女の横に共有箱を展開する。

ルージュから説明を受けた時にこの箱のもう一つの使い道を視野に入れていたピコハンは実行した。


「えーと、これでいいか」


用意したのは近くに在った剥がれた壁であった。

それに蟻の牙を使ってルージュへのメッセージを書き始めたのだ。


『大物を仕留めた、怪我人あり、食料と水、治療用のアイテムを頼む、返答後即送る、ピコハン』


この共有箱は2つの箱の中身が繋がっておりこうやって筆談であれば遠距離通信と同じ事が出来るのである。

実はこれ意外と知って人が少ない裏技でこれが広まっていたらもっと共有箱の価値は羽ね上がっていただろう。

思考の方向性と呼ばれる利用価値の違いというものである。

貴族や王族はこの共有箱の使い道を秘匿にしているのである。

それもそうであろう、遠距離に瞬時に情報を伝達する手段があると知られれば共有箱の存在意義が根本から覆されるからだ。


程無くしてこの使い方に驚いたルージュから返事と共に食料や治療用の包帯などが箱に入れられていた。

それらを取り出して少女の治療を行うと共に食事を与える。

もう何日もまともに食べていなかったのだろう、体が食事を受け付けなくて辛そうだったので消化の良いものを少しずつ食べるように指示をして少女を一人にした。


「さぁやるか!」


ピコハンは少女を休ませている間に自分の仕事へと移る、女王蟻の転送である。

ルージュからの返事の通り5分以上は経過している、既に広い場所に共有箱を移動させた事だろう。

共有箱には一定量以上の物は入らないが限界まで入れた状態で更に入りきらない量を中に入れるともう片方の箱から飛び出すという特性がある。

なのでルージュに連絡を取ってそれを知ったのは丁度良かった。

ピコハンが少女に治療を施している間にルージュは共有箱を外へ運び出し準備を済ませていたのだから、これで次からの仕事もやりやすくなるってものだ。


女王蟻の巨大な体を部位毎に短剣で切り分けて次々と共有箱へ入れるピコハン。

剥ぎ取りや必要な部位の選択はルージュとヒロネスの方で行うのでピコハンは入れていくだけで良いので凄く楽であった。

本人は忘れていたが自身の身体能力が上がっているから余計に切断が楽で10分くらいで女王蟻はその姿を完全に消した。


「ふぅ…」


立ち上がりピコハンが振り返ると少女も食事を終えてピコハンの指示通り敷かれた布の上に横になっていた。

ピコハンはその横に座り布と水で少女の顔を拭いてやる。


「んっ…」

「ごめん染みたか?」

「いえ、大丈夫です…」


再び沈黙が訪れる。

気付けば少女は寝息を立てておりピコハンはそのまま寝ずに少女の横に座り続けるのであった。

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