第14話 暖冬を越えて

2019年1月はじめ。

とある映画館から出てきた四十路よそじの女が「よ…良かった…」と思わず左手の握りこぶしを小雨の降る熊本市内のお空に突き上げそうになって、慌ててやめましたとさ。


そう、それは去年暮れから公開された映画、「ボヘミアン・ラプソディ」の主役のミュージシャン。フレディ・マーキュリーのキメのポーズだったからである。


これを書いてる女は自分の書いてる物語を具体的にどーしよーとも考えてない休日アングラ物書きの白浜台与という女で、もう一つの趣味は自宅アパートのベランダでのバラの手入れだった。


そう、このガーデニングエッセイ集のタイトル「ロザリアン・ラプソディ」は彼女が中二の頃から熱愛するバンド、クイーンの大ヒット曲「ボヘミアン・ラプソディ」をもじったのだ。


これを書いて足かけ3年。まーさーかクイーンの伝記ものの映画が大ヒットして、タイトルが「ボヘミアン・ラプソディ」だってねー。あははは、と軽く笑って自宅のベランダのバラ、ピエール・ド・ロンサール大苗とガブリエル中苗。どちらも冬なのに葉っぱが青々としてるコンビを前に…


バラの剪定は二月が勝負。悪いが君たち、容赦なく斬らせてもらうぜ。


とどっかの漫画に出てくるやさぐれ外科医の鋭い目つきになり、非情な気持ちでネット通販で剪定バサミを注文するのであった。


二月はバラにとって剪定と植え替えのゴールデンシーズン。これを逃してはいけない。


二月の世間では恵方巻きを食い終えた頃、剪定ばさみの葉にアルコールを吹きかけ消毒を済ませた私はさて…とベランダに脚立を置いて固いゴムでできた剪定用手袋をはめて


「術式開始」と厳かに告げたのであった。


まずはベランダの屋根際までつるが伸びたピエールは、三分の一まで切り詰める決意をする。


自分の背丈157センチ以内の植物しか管理しきれないからである。


先から30センチずつ切って15~20分かけて2メートル以上あった枝を150センチに切り詰める。

終わってから右肩が痛くなって休憩…


次のガブリエルは元々樹高1メートルくらいの中苗なんで再びアルコール消毒したハサミで枝先から20センチをちょん、と切るだけ。


これを済ませると数日以内に面白いように新芽が生えて来るのだ。わっはっは。


さて数日後、お隣の奥さんが剪定後のバラを見て、

「まあ~バッサリ切んなさったねえ。そうそう、お宅から分けて貰った苗、葉っぱが増えてきたよ!」

と嬉しい報せを下さった。


「それはそうと、今年は熊本城マラソンに出場なさるんですか?」と私は奥さんに尋ねた。


この奥さん、御年68でフルマラソンを完走なさるパワフルなご婦人なのである。


「いやぁ~今年はせんよ。70近くなるとさすがにフルはキツくなってねえ」


「今までフルマラソン走ってきた事が凄いと思いますよ」


「もー介護予防っていうんですか?ぴんぴんころりと逝く為のスポーツで無理をしてもねえ…ねえ白浜さん、人間、ここいらでいいか。って時に押せる停止ボタン付いてればいいのにねえ」


「なーに言ってんですかぁ。そんなボタンがあったら今の世の中の大多数の人間が押しちゃいますって!」


「それもそうよねえ~」


拝啓、天国のフレディ。


人生半ばを過ぎた女ふたりがさらりとえげつない世間話をして30ン年前の貴方の歌声に癒されにゃならん程、


この世はすさみきってます。


good thoughts, good words, good deeds

(善き考え、善き言葉、善き行い)


せめて玄関先に花を植え、我と隣人を慰む。

























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