4



 夏生さんの部屋には綾芽に海斗さん、劉さんに薫くんも呼ばれた。


 かくかくしかじかと説明すると、夏生さんは机にひじをついて頭を抱えてしまった。ハアァーッと深い溜息も聞こえてくる。この分だと、本気で潰瘍かいよう待ったなしかもしれない。


 面倒事増やしてごめんなさい、と、正座で謝罪。


 ほんと、今なら謝罪の仕方の講師になれる気がする。私、高校生にして謝罪の数なら誰にも負けない自信があります。キリッ。……ロクでもないプロフィールだよ、まったく。


 そんな茶番じみたことを考えている私に、夏生さんは特大級の威力いりょくがある言葉を叩きつけてきた。



『そいつは第一皇女、櫻宮だ』



 だいいちこうじょ、さくのらのみや。


 脳内変換がすぐには出来ず、ふらふらと文字面が頭の中を彷徨さまよう。


 ポクポクポク、チーン。



「……」

「おーい。……ダメだな、こりゃ。固っちまってる」



 みやさま、こども。みやさま、おとな。わたしより、おとな。おとながこども。こども。みやさまが。

 あれ? みやさま? みやさまってなんだっけ? さくらの? さくらのせい? さくらのみやさまは、さくらのせい?



「……ヒーヒーハー」



 んん。なんかこれ、色んなのが混ざってる気がする。まぁ、深呼吸できてるのには違いないからいっか。


 だからね、そんなき出さなくてもいいんですよ、海斗さん。



「この子の話じゃ二週間、やったっけ? その間の世話は誰に頼むんです?」

「そりゃあ、お前しかいねぇだろ」

「いやいや。子供二人も面倒みきれませんて。自分、この子ぉで手一杯なんやから。部屋もそんな広ぉはないんやし」



 気づいたら、こっちはこっちで押し付けあいが始まっていた。


 そういえば、前に会った時も皆に歓迎されているとはいえない様子だったっけ? 


 まぁ、その前の蒼さんに対する態度で私も思わずやり返しちゃったけど。でも、うん、あれはなかった。暴力は駄目、絶対駄目。えらい人ならこっちは反抗できないんだから、なおさら。


 それに。



「あ、あの。みちゅるさん、おへやにとめてもらえませんか?」

「ん? なんやて?」

「貴女を、ですか?」

「あい。ちっ、ちっさいから、ゆじゅってあげる」

「私はその、構いませんが」



 巳鶴さんがオッケーを出してくれて、急いで綾芽の横から巳鶴さんの後ろに回り込んだ。


 さっきも泣き止みそうになってたのにまた大泣きしてたから分かったけど、櫻宮様は巳鶴さんのことをその、怖がってる。


 私も、その、今の私よりも小さい子供って接することがないから、あの。に、苦手だ。中身が櫻宮様だとか関係なく。それに、ほら。師匠に言われた通り、特訓は続けなきゃだから、近くにいたら危ないし。それに、それにっ。



「雅。我の屋敷」

「いや」



 何度も私を膝の上に乗せようとしては失敗してるアノ人が何か言っている。


 そりゃ、例の神様のオネェさんとはお友達になったから、なんの支障もないけどさ。なんか嫌。



「おいおい。さすがに最後まで聞いてやれよ」



 間髪どころか最後まで行き着きもしない会話に、海斗さんがやれやれと間に入ってきた。



「ま、まぁ、なんだ。子供ってのは遅かれ早かれ反抗期を迎えるもんだからさ。そんな気ぃ落とさねー方がいいぜ? な?」



 快活かいかつに海斗さんがげる言葉に、夏生さんがじとりと海斗さんをにらむ。



「子供どころか結婚話から逃げ回ってる奴がよく言う」

「あっ、ひでぇっ! 夏生さん、今その話はねぇよ! 人がせっかく」



 その夏生さんの言葉はチクリどころかブスリと海斗さんの心に刺さったらしい。海斗さんはわざとらしくも心臓の上を押さえ、果敢かかんに抗議の声を上げた。


 しかし、もちろんかなうわけもなく。



「じゃあ、一月後に家に帰れるよう休暇を認めてくれってお前の実家からの要請ようせいは受理していいんだな?」

「えっ!? いや、それはまたちょぉっと話が変わってくるんじゃないかなぁ? ……その日は頭痛、胸痛、腹痛、腰痛になる予定なんで、なにとぞ一つ」



 先程の私のソレよりも数段上の見事な土下座っぷり。さすがは謝罪の師匠。今日も動きに磨きがかかっておられるようで。


 それにしても、頭痛、胸痛、腹痛、腰痛にって。医者もそんな一度になられたらビックリだよ。



「アホか。なる予定ってなんだよ。お前、こいつに正月前に頼んでただろ。あれはどうすんだ」

「あぁっ! 先延ばしにして忘れようとしていたことをっ!」



 私、こういうのなんて言うか知ってる。やぶをつついてへびを出すって言うんだよね。

 ……うはぁっ。想像したらゾワッとした。やっぱり蛇神様とお友達になったとはいえ、心の底から苦手なものって早々克服こくふくできるものじゃない。


 それに、夏生さんの場合、蛇っていうより、お……ピューピュー。


 いつもならバレて頭グリグリの刑が速やかに執行しっこうされるけど、今回は上手いこと巳鶴さんの背中に隠れていたから難を逃れられた。


 ありがとう、巳鶴さん。本当にありがとう。

 お部屋に戻ったらちゃんと日記つけよう。



「日記、ちゃんとつけていないんですか?」

「へ?」



 うひゃあぁぁっ! 一難去ってまた一難! しかも、笑顔な分余計に怖いぃっ。


 ぐるりと身体をらし、笑顔で見下ろしてくる巳鶴さん。てへへっとこちらも笑って誤魔化せるはずもなく。


 先程とは比にならないくらいの謝罪会見を披露ひろうして、何とか事なきを……得られませんでした。薫くんから今日のおやつは書き終えるまで抜きと言い渡されましたよ。いえ、自業自得なんですけどね、ぐすん。


 今日のおやつ……夕飯までに食べられるかなぁ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る