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 東や南はもちろんのこと、北のお屋敷にも一度は行ったことがあった。

 でも、この西のお屋敷に来たのは初めてだ。他の三つのお屋敷を見た後だと一際ひときわ異彩を放っている西のお屋敷。某寺院を彷彿ほうふつとさせる金ピカさで、なんというか、主張が激しい。


 それに。



「なんていうか……でそう?」



 お屋敷自体は金ピカで派手なのに、それを取り巻く空気というか雰囲気というのがなんとも暗く重い。中で何があったのか知らないけど、これは昨日今日始まったものではないはずだ。



「たとえ出るとしても、貴女には中に入ってもらわなければ困ります」

「なら、さいしょからなかにつなげてくれても」

「駄目なんです」



 なんで? だって、この赤い門って、どこにでも繋げられるんじゃないの?

 え? そんな良い代物しろものあるわけないだろ的なやつ?



「この門は確かに大抵の場所へ繋げられますが、ここの中へは駄目なんです」

「どうして?」



 幼児のなんで?どうして?攻撃にきちんと答えようとしてくれていたコリン様を、隣にいたカミーユ様が片手で制した。



「君がここにいる理由は物見遊山ものみゆさんに来て、コリンを質問攻めにすることだったのかい?」

「あっ! かなでさま、まってる!」



 出入口、出入口……あっちか!

 待ってて、奏様! 今、行きます!



「あっ! ちょっと待って!」



 走り出した私をコリン様が追ってくる。


 門をくぐると、そこは何があったのか、すごく荒れていた。庭にある石灯篭いしどうろうは倒れてこわれてしまっているし、草や花もみ荒らされている。それに、ここから見える母屋おもやも障子が何枚か外れたり大きく破れてしまっている。

 それに、あんまり考えたくないけど、所々落ちているこの赤い水は……アレ、だよね。



「雅!?」

「あっ! なつきしゃん!」



 丁度縁側へ続く廊下を曲がってきた夏生さんとばったり鉢合はちあわせた。

 何でここに?と驚く夏生さんは奏様からきっと聞かされていなかったんだろう。駆け寄って、奏様に呼ばれたのだと教えると、夏生さんの眉がひそめられた。



「力を使わせるなと言ってやがったってのに」

「きっと、てあてのおてつだいよ。だから、わたし、かなでさまのとこにいかなきゃ」

「待て! ここでは単独行動は禁止だ。いいか? これは命令だからな?」



 縁側からそのまま母屋の中へ入ろうとした私の頭を上から掴み、登れなくされている。これはうなずかない限り登れないやつだ。


 別に難しいことではないから、ブンブンと頭を縦に振って納得してもらった。後ろにコリン様もいてくれるから説得力もある。むしろ、私の頷きよりもそっちに納得してくれたクチかもしれない。



「ったく。あいつ、何考えてんだか」

「ねぇねぇ、なつきしゃん。かなでさまは?」

「奥で治療しまわってる」



 私の身体を抱え、夏生さんが来た道をまた戻っていく。



「いいか? 今から会う西の奴らの言動には耳を貸さなくていいからな。治療に必要なことだけにしとけ。分かったな?」

「あい」

「何かあったらすぐ報告だ。いいな?」

「あい」



 ホウレンソウ、大事だもんね。ちゃんと分かってる。


 そうこうしている間に夏生さんの足がとある一室の前で止まった。片手で私を抱え直し、空いた方の手でその部屋のふすまを開けた。



「……」



 絶句という言葉がここまで正しい状況はそうそうないだろう。


 怒号につぐ怒号。それらが治療している者同士でなく、治療されている者から次々と発せられていた。痛みを訴えるのであればまだ可愛いもの。中には治療とはまるで関係ない、相手を罵倒ばとうする声まで耳に入ってきた。


 奥にいた奏様の背をすぐに見つけられたのも、明らかな怒気を周囲に振りまいているせいで、そこだけ他に比べると圧倒的に周りとの温度差が激しいからだ。



「はい。これで大丈夫よ。後は放っておいても問題ないから」

「はぁ!? まだ完全に治っていないだろう!? きちんと治療しろ! 人外のクセにそんなこともできないのぐぁっ!」



 最後、カエルのつぶれたような声を出したのは、奏様が患部かんぶ近くを押さえ込んだせいだ。

 痛みに文句どころじゃなくなった患者を見下ろしている奏様は今、どんな表情をしているのか。背を向けているせいでうかがい知れないけれど、きっととても怖い顔をしているに違いない。その様子が一番近くで見られる隣で治療していた人とされていた人双方が一気に静かになったのだから。



「はっ。人間のクセに、いっちょまえに誰に口きいてんの? 私は大丈夫だと言った。これ以上何を求める? あぁ、新薬の検体にでもなってくれようかって? あら、嬉しや。ヒトではなかなか試す機会がなくってね」

「ひっ! や、やめろっ……やめてくれっ」

「大丈夫、大丈夫。次に目を開けたらちゃんと完全に治ってるわよ。まぁ、人間用に作ってないから効き目が強すぎるってところがアレだけど。でもまぁ、三途の河さえ渡れば皆完治で元気元気。ご要望通り。問題ないわよねぇ?」



 奏様は患者を押さえ込んでいない方の手で白衣のポケットを探り、小瓶こびんを一つ取り出した。なんて言うか、色が尋常じんじょうじゃない。


 さぁ、一気、と。奏様が小瓶のコルクを親指で開けるという慣れた仕草を見せた。



「ま、まって!」

「この者は第四課の審議を済ませた罪人ではありませんよ。またさらに翁におしかりを受けるおつもりですか?」



 夏生さんの腕の中から飛び降りた私と、隣にいたコリン様の二人で奏様の両脇から腕を抱き込み、間一髪のところで止めさせた。


 少し顔を上げると、奏様の目と目が合った。何を考えているかよく分からないけれど、今目をそらしたら負けな気がするからそらさない。



「あぁ、こんなにしてしまって。傷口が余計に開いてしまっているではありませんか」



 奏様の手が離れたのをいいことに、コリン様が患者の傷口をて眉をしかめた。

 どこからか包帯を取り出すと、手際よく消毒をほどこして包帯を巻きつけていく。


 そして、めに。



「っ!」

「っと、これでよし」



 包帯をこれでもかと強く締め上げたコリン様。患者はあまりの痛さに呼吸するのをしばらく忘れ、息をめた。


 さ、次へ。


 そう言うコリン様はさわやかな笑みを浮かべている。



「……翁に叱られるんじゃないの?」

「これは必要な処置ですよ。まぁ、僕も戦場で戦いながら応急処置をする身ですから、多少は荒っぽい処置になったかもしれません」

「……誰かに似てきたわね。雅ちゃん、真似しちゃダメよ?」

「あ、あい」



 誰かが誰なのかは分からなかったけれど、ここは素直に返事をしておいた。


 人外の方々は、笑顔が深まるほどコワイ。


 よぉく学ばせていただきました。



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