7



 櫻宮様が連れて行かれ、少ししてようやく手が離された。


 本当のことを言うと、帝様がちょっと怖い。ちょっとね。ちょっとだけだけど、モヤモヤとしたものが私の中でふくれ上がって来る。



「すまなかったなぁ」



 帝様が手を伸ばしてきて、私の頭をでようとした。すると、無意識のうちに身体がスッと後ずさりしてしまって、帝様の手は宙をかいた。



「あっ……その、えっと……」



 自分でも驚きだった。

 けれど、周りはもっと驚いている。無表情を常備してる凛さんですら目を見開いたほど。



「雅ちゃん」



 この状況をどうにかしようとまごまごしていると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、廊下の向こうで奏様と響様が手招きしてくれている。トトトッと駆け寄ると、響様が抱き上げてくれた。



「貸しイチね」

「は?」



 奏様が皆に向かって目を細め、指を一本立てて見せた。それが意図いとすることがすぐには分からず、首を傾げる大人達。


 私も分から……あぁ、なるほど。



「むぐぅ」

「あの人間の娘に手を出さないと言うのならコレを解きます。どうしますか?」

「……」

「かっこ悪い親の姿をいつまでもさらす気ですか?」

「……むっ」



 廊下の角でこちらからは死角になってたけど、奏様の向こう側に、猿轡さるぐつわみたいなのをかまされた上で全身金縛かなしばり状態のアノ人が寝転がってた。その姿はとてもじゃないけど神様には見えない。



「あの人間の娘に手を出してはなりませんよ? よろしいですね?」



 私の生温かい視線を受け、アノ人は奏様の問いかけにコクコクと頷いた。


 どうしているの?とかはもう聞かない。大事なのは、何をしようとしてこんな目にあってるか、だ。


 こんなこと出来るのはこの場で奏様だけだし、その奏様が不必要にこんなことをするはずもない。つまり、悪いのは全面的にコノ人だ。疑いの余地なんてものはない。微塵みじんも。



「娘に危害を加えようとした。だから、報復しようとした。その程度で済むような力ではないのですから、十分にご自覚下さい」

「……」



 なんと。

 私を助けようとして……おとう……なんてなるわけがない!

 人を傷つけるべからず、だよ!


 ……それに。



「おへんじ」

「……分かった」



 奏様の言葉を無視しようなんて不届き千万。

 相手が神様だからか、それ以上強くは出られない様子の奏様の代わりに釘を刺しておく。


 ……よし。

 本当に分かってるんだか反省してるんだか分からないコノ人は放っておいて、だね。


 滅茶苦茶傷ついた風な表情を浮かべる帝様。


 自分が起こした行動でというから本当にバツが悪い。



「あ、あの、ですね……びっくりしただけというか……えぇっと」

「……はぁ」



 大きな溜息が聞こえ、庭の方を見る。

 すると、仕事の時にいつも羽織っている羽織を着たままの綾芽が、庭先の木に背をもたれかけているではないですか。



「あやめっ!」



 天の助けっ!

 こっちの世界での保護者マイマザー


 奏様の背から飛び出し、庭先に駆け下りて綾芽の所まで猛ダッシュする。綾芽も慣れたもので、自分の方に向かって走ってくる私を難なく抱きとめ抱き上げてくれた。


 あぁ、安心感半端ない。



「ちょっとちょっと、この子いじめるん大概にしてくれますー? よってたかって怖いわぁー」

「いじめられてません!」



 綾芽ママン、それはね、酷い誤解ってもんだよ。


 帝様達は何も悪くない。名誉のために言っておかなきゃならんことだ。うん、悪くない。



「やけど、自分、泣きそうな顔してるやん?」

「ないてない」

「やから、泣きそうなって言いよるやろ。……あの人に何か言われたん?」

「あのひとって?」

「さっきまでここにおったんやろ? 櫻宮や。あの人の付き人が塀の外で待機しとるの見えたから、鉢合わせになるのもなー思て離れたとこで待っとったんや」



 ということは、話を最初から最後まで聞いていたわけじゃないってことですね。


 ふむふむ。あーそう。なーるほど。


 櫻宮様が帝様の妹宮様ってことは、綾芽にとってあの人は……黙っておこう。だって、どう考えても皆、櫻宮様に対して友好的ではない。まぁ、あんな態度を取られて友好的になれって言う方がおかしいと思うけど。


 それでも、血の繋がりのある人だ。悪く言われるのは決まりが悪いだろう。



「なにも! なにもいわれてないよ!」

「ほんま?」

「うん。……みかどさま、さっきはごめんなさい。ゆるしてくれましゅか?」



 勢いに任せて謝ってみた。こういうのって、勢い大事。いや、これホント。だって、グダグダしてるとさっきみたいにタイミングを逃しちゃうもの。



「……いや。私も驚かせてすまなかった」

「んふふ。おあいこねー」



 綾芽に抱っこされたまま身体を機嫌よく揺らして見せると、帝様達もようやく強張こわばった表情がくずれてきた。


 当の綾芽はなんか言いたそうな顔をしていたけど、私のお腹の虫が空腹をうったえ始めたので生温かい目で見ることにシフトチェンジ。


 グギュルルルギュルルルゥ


 腹の虫。そなたの働きには感謝する。感謝はするが、ちとうるさいやい。


 

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