8
「あやめ」
「夏生さん、いらっしゃいますか?」
私が口を開くのとほぼ同時に部屋の外から少し疲れが感じられる声がかけられた。
巳鶴さんの声だ!
お母さんの膝の上から立ち上がり、障子へ駆け寄った。
横にターンと高い音を立てて障子を開けた向こう、廊下に立っていた巳鶴さんが目を丸めている。一瞬何が起きたのか理解が追いついていなかったのかもしれない。目を二、三回瞬き、私をゆっくりと見下ろしてきた。
「……あぁ。貴女でしたか」
「おかえりなさーい」
「ただいま帰りました。えっと……これは一体どういう状況ですか?」
巳鶴さんが夏生さんの正面に座るお母さんと、部屋の隅で再びドンヨリとしているアノ人へ交互に視線をやり、首を軽く傾げた。さらりと肩にかかっていた髪が下に流れていく。
あ、そっか。巳鶴さんもお母さんと初めましてだもんね。
「えっとね、わたしのおかあさんー」
「えっ!? 貴女の、ですか?」
コクコクと首を縦に振って、巳鶴さんの手を引っ張って元の位置に戻った。
綾芽、お母さんと私の定位置は移動していき、今度は畳の上に腰を下ろした巳鶴さんの膝の上だ。
「初めまして。雅の母の柳優姫です。いつもご迷惑をおかけしてしまっているみたいで、申し訳ございません」
「いえいえ。彼女には私達の方もいろいろと助けてもらっているんですよ。あぁ、ご
「こちらこそ。……雅。貴女、その姿でも一応高校生なんだから、巳鶴さんの膝の上に座るのはやめなさい」
「……ふむ」
お母さんに注意されるのももっともなんだけど。半年以上、外見に見合った行動取ってきちゃってつい、ね。
でも、ひいおばあちゃんほどではないけど、お母さんも怒ると怖い。
素直に従っておこうと足に力を入れて立ち上がろうとした時、横から腕を差し込まれ、私の身体が宙に
「ふわっ!?」
驚いて変な声が出ちゃったけど、私は悪くないと思うのよね。
誰かな? 私の身体を宙ぶらりんにしている
振り向きざまに顔を上げると、青い目と目がかち合った。吸い込まれるような深い青に、一瞬反応が遅れてしまった。
「どーしてここにいるの?」
「ふふふっ。軽い軽い」
言葉のキャッチボールが一投目で終了しましたけれども。これはいかに。せめて疑問に答えてからのその言葉にしていただきたい。
軽い軽いという言葉は
でもねぇ、えっと……そろそろ下ろしてくれるとありがたい。
だって、部屋の隅からこっちをじぃっと恨めしそうにかつ無表情で見てくるアノ人が何かしでかしそうで怖い。
「みつるさーん。たすけてー」
すぐ傍にいる巳鶴さんに手を伸ばして助けを求めた。さすがは巳鶴さん。すぐに行動に移してくれて、晴れて私は再び自分の足で畳を踏むことができた。
「あぁー」
ご
周りを見ると、こんな神様にも見慣れているのか、綾芽達の目は完全に呆れかえっている。夏生さんなんかお母さんがいるから手元の書類には手を伸ばしていないけれど、お母さんがいなければ間違いなく書類を
案の定、自分の立ち位置に危機感を覚えたのか何なのか知らないけど、アノ人がスッと私と神様の間に入ってきた。
「そんな風に睨まなくても良いではないか。なぁ?」
「……」
神様はアノ人の視線から逃げるようにしゃがみこんで私の背後に隠れた。もちろん、そんなことで神様の姿が全部隠れるほど私の身体は大きくない。しゃがんだところで、せいぜいこちらから視線を合わせなければアノ人と目と目が合うことがなくなるといったくらいにしかならないんだけど。
神社で会った時も思ったけど、この神様、とーっても人懐っこいというか、慣れ慣れし……ゴッホン。距離が近い。これでは確かに綾芽達から
それに、私の質問ドコ行った?
「かみさま、なにしにきたんですか?」
「うん? なに、散歩だ」
「さんぽっ!?」
「あぁ。今日は天気が良いからなぁ。お前も一緒にどうだ?」
「……またこんどにしていいですか?」
「ややっ。雅、お前は我の楽しみをまた今度に引き
「えー。でも、わたし……」
見るからにウソ泣きと分かる泣きっぷりを見せ始めた神様。着物の
なまじ神様なだけあって顔が整っているから、その仕草にも
「せっかく、お前が気にしている女の霊について知っていることを道すがら教えてやろうと思っていたのに」
「えっ!?」
「お前はそんなに我と出かけるのが嫌か。嫌なのか」
「しってるの!? かみさま、あのおんなのひとのこと、しってるの!?」
「あぁ。だが、お前が乗り気じゃないならこの散歩はやめだ。
立ち上がる神様の服の
私が浮かべる
大人は
散歩から戻ったら、ちゃんとこのこと青龍社の神職である春道さんに
さぁ行こうと玄関まで神様と手を
誰かなぁと思って後ろを振り向くと、それぞれ防寒具を持ったしっかり者の保護者達が私の周りを取り囲んだ。
「外は寒いですから、これを
「あと、手袋とマフラーも忘れないでよ」
「どーしても寒い時用にカイロをポケットの中に入れとき」
むふぅーん。ホカホカだけど、ちょっと動きにくい。
瑠衣さんにもらった赤いポンチョを巳鶴さんに羽織らされ、
「ありがとー」
敬礼ポーズでお礼をして、
……うん? 服が、モ、モコモコしてて履きにくい!
見かねた海斗さんが手伝ってくれようとしたけれど、ノーセンキューだよ、ありがとう。
自分のことはできるだけ自分でしないと。ついつい甘えたっ子になってしまうんだよねー。うんうん。自分のこと、よっく分かってるぅ。
「いいか? こいつを大人だと思うな。頼るな。絶対に、だ」
「んん?」
「なんと」
夏生さんが親指で神様のことを指さし、
神様はというと、まったく気にした様子はないけど。
「こいつは若く見えて爺だ。爺だが、
「はい! しらないヤツにはついてくな! まいごになったらきたみちをひきかえせ! おしるこ、かえってきたらもういっぱい!」
「最後のは余計だよ。すぐに夕飯の時間もくるからダメ」
しれっと付け加えてみたら、薫くんにすげなく
……薫くんてば、いけずな人やわぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます