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◆ ◆ ◆ ◆



「いってきまーす」



 代わる代わる世話を焼かれ、しっかりと着込んだ雅が元気に手を振りながら門の向こうへ消えていった。


 気のせいじゃなければ、あの子が手を引いているのはここの土地神。まかり間違っても爺呼ばわりされるべきじゃないんだけれど。……あの後ろ姿はどう見てもあの子が実際にあれくらいだった時のあの子とお父さんそっくり。


 そして、ここまであの頃と一緒なら……。



「はい、ストップ」



 ふらふらと雅達の後を追おうとしている背を引き留めた。言葉にはせずとも、思っていることが分かるくらいには一緒にいたからこそ分かる。



「何がずるいっていうの。貴方の場合、ずるい以前の問題でしょ」

「……」

「自分も一緒に行きたいのなら、ちゃんと雅に言いなさい。こんなストーカーまがいなことしてると、見える人には不審者ふしんしゃあつかいされて、雅は余計に父親だって認めたくなくなるわよ」



 まったく。雅も変なところで頑固だから、一度思いこんじゃうとなかなか変わらないのよね。そういうとこ、ほんとそっくりだわ。



「……我は許されないというのに、そこの者達は良いのか?」

「え?」



 表情筋が仕事しない代わりに、声ににじむ不満げな感情を受け止める。その目線の先を追うと、雅を見送っていたはずの全員がそれぞれ外に出る支度したくをしていた。


 ……えっと?



「あの。皆さん、もしかしてついて行かれるおつもりですか?」



 私がおかしいのかと思えるほど、同時に答えが返ってきた。答えは一寸いっすんくるいもなく同じで、「もちろん」だった。


 

「あの爺、好々爺こうこうや然としちゃあいるが、そのくせ中身はとんでもねぇ狸爺たぬきじじいだからな。あいつがどんなこと吹きこまれるか確かめねぇと」

「そもそも、なんでここに来れたんだ? いつもは社で春道にどやされてるだろ」

「すみません。完全に私の失態です。ついてきているのに全く気付けませんでした」

「まぁ、アレでも神さんやしなぁ。仕方あらへんやろ」

「あっ、ちょっと待って。昼餉ひるげの準備任せてくるから」



 そう言って、雅とそう変わらないくらいの……薫くん、だったかしら? 彼が走って屋敷の奥まで戻っていった。


 玄関で薫くんを待つ三人と私の間で、隣に立つ彼が視線を往復させる。


 分かってる。分かってるわ。なんで言わないんだと言いたいんでしょ?



「……あの、そこまで過保護にならなくても。あの子の成長のためだと思って、ここで待ってみませんか?」

「あ? あーそうしてやりたいのは山々なんだがな」



 夏生さんが首の後ろをカリカリといた。その目は何かを思い出すように遠くを見ている。



「前科持ちなんだよ。あの神さんも、雅も」

「え?」

「火種を見つけて知らず知らずの間に大炎上させる名人、いや名神か」

「……」



 それには私も覚えがある。

 体質なのか、好奇心旺盛おうせいな性格のせるわざなのか、あの子の周りにはいつも何かしら。救いなのかそうでないのか、本当にまずいものに関しては守護霊ばりに張り付いてた彼のおかげで事なきを得ているけど。



「……行きましょう」



 私がそう言うと、すぐにフワリと肩に羽織りがかけられた。見ると、先ほどまで彼が身につけていたものだ。すこし肌寒はだざむくは感じていたので、素直にお礼を言えば、すっと手を差し出された。手を重ねると、ほんのり温かい。思わず口元がほころんだ。思ったより寒さがこたえていたらしい。



「なぁ、さっきしばらく口きかないっていってたよな?」

「海斗。夫婦の間のことに首突っ込まん方がえぇで」



 海斗さんと綾芽さんがこっそりと話しているけど、しっかり聞こえている。雅の耳の良さは私ゆずりだから。


 ……ほだされてる、んだろうなぁ。


 しっかりと握られた手を嬉しそうに見る彼に何も言えなかったのだから、そういうことなんだろう。



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