11



 お屋敷の中に入ると、ただいまーとさけんだ。

 すぐにバタバタと廊下ろうかを走ってくる音がする。



「雅ちゃん!」



 わっ! 瑠衣さんだっ!



「よ、良かったぁ! もう! 心配させてっ!」

「ごめんなしゃい。るいおねーちゃま、しんぱいしてくれてありがとー」

「んーもう! だから私のところでお菓子作ったりして安全快適に過ごしましょうって言ってるのにぃ!」



 ほおをスリスリされて、ちょっと面映おもはゆい。


 でもでもっ! 瑠衣さん!

 瑠衣さんだって私、黒木さんのことで心配してるんだからね!?

 だから、これでおあいこだ。



「あぁ、どこも怪我けがしたりはしていませんね?」

「あい」



 橘さんは私の身体をくまなく調べ、何もないと分かると安堵あんど溜息ためいきをついた。

 それから携帯でどこかに連絡を取り始めた。



「本当に無事で良かった」



 帝様が膝に乗っけてくれて、頭をヨシヨシと撫でてくれる。


 すると、それを見たアノ人が隣に座り、私を引き抜いて自分の膝の上に座らせた。


 帝様は目をパチパチと二、三度まばたきさせ、ホホッと着物のそでで口元を隠して笑った。



「雅さん」

「ん?」

「夏生さんです」

「えっ!?」



 渡された携帯を耳に当てた。



「も、もしもし?」

『雅か?』

「あ、あい」



 怒られる? また怒られる?


 内心ビクビクしていたけれど、返ってきたのは違う声音だった。



『まったく。しょうがねぇ奴だな』



 れたような、でも、ひどく優しげな。怒られるよりもずっと心配されてたんだって分かる声。


 鼻の奥がツーンとして、みるみるうちに目の前がゆがんできた。


 こんなに心配させてしまって申し訳ない気持ちと、心配してもらえたっていう嬉しい気持ちがごちゃ混ぜになってしまって、自分でもよく分からない。



『おい。泣きべそかいてる暇があるなら、今まで一週間の様子を教えろ。お前も東の一員だろ?』

「っ!」

『あいつらだったのか?』

「……はい。はい、そーですっ!」



 袖でグシグシと出ているものを拭き取り、夏生さんに、東の大将に、最初からコノ人と三途の河のほとりで会うまで全てを報告した。



「三途の河!?」

「渡ったの!?」



 橘さんと瑠衣さんもそれには驚いて声を上げた。



「んーん。むこうがわじゃなかったからだいじょうぶだったみたい」

「我が娘ゆえ、向こう側でも問題ない」

「た、確かにそうですね」



 コノ人はくさっても冥府めいふの元主宰神しゅさいしんだ。元はついても、それは主な神ではないというだけで、冥府の神であることには変わらない。


 それを考えると、確かに冥府の神の娘があちら側にいっても大丈夫な気はするけれど、こちとら十六年は普通の人間として過ごしてきたわけで。


 大丈夫と言われても、あちら側に何かどうしても行かなければならないようなとんでもない用事の時以外、やっぱり遠慮したいものだ。



「いじょうですっ!」

『よし。引き続き陛下のお側にいるように』

「はいっ!」



 大きく返事をして、橘さんに携帯を戻した。


 そうだ、そうだ。

 私の任務は帝様をお守りすることだ。


 重要で、すごくすごく大事な任務がある。



「みかどさまっ!」

「なんだ?」

「なつきさんたちにはまけるかもしれないけど、わたしもいっしょーけんめいがんばるからね!」

「うむ。頼りにしているぞ」

「あいっ!」



 そうと決まれば、このお屋敷全体を覆う結界を……んんっ? もう張ってある? しかも、いち、にぃ、さん……全部で十もある。


 ……まぁ、多いにこしたことはないけど、みんな知ってる?

 昔の偉い人が言ってたの、過ぎたるは及ばざるがなんとかーって。


 でもまぁ、何か考えがあってのことだと思うけど。



「……あれ? ちはやさまは?」



 唯一、この中で私とそう身長が変わらない彼の姿を探した。


 結界を張れるのはこの中でコノ人と、千早様と、あとたぶん鳳さんもいける。

 だから千早様にどうしてこうなったのか聞こうと思ったのに、彼がどこにも見当たらない。



「呼んだ?」

「ちはやさま!」



 スッと襖が開き、千早様が部屋に入ってきた。


 その手にはテレビのお笑い番組でも見なくなったアイテムが握られている。



「ちょっとこっち来な」

「えっ」



 い、嫌だ。

 だって、既にてのひらでパシパシいわせてるじゃあるまいか。


 確実にそのどこから持ってきたのか分からないハリセンで頭バシバシ叩かれるに決まってる。



「来な」

「あ、あい」



 こんなにもコノ人の膝上から退きたくないと思ったことがあろうか。いや、ない。


 けれど、千早様の顔も声も本気だ。

 観念して大人しく千早様の指差す畳の上に正座した。



「まったく。この頭には何がまってるんだろうね? 食べ物かな? 食べ過ぎでとうとう頭に食べ物が詰まっちゃったのかな?」

「うぅ。つまってましぇん」

「分からないよ? 一回、第六課に頭開いてもらいに行ってみる?」

「い、いやですっ!」



 そんな怖いことっ! 勘弁かんべんしてください!


 一つしかない大事な頭を両手でかばった。



「だったらどうして似たようなことを何度も繰り返せるんだろうね? しかも、今回はあの男に借りができたと奏が思い悩んでるよ」

「えっ!? かなでさまが? ……あのおとこって?」

「冥府の手前まで行ったんじゃないの? そこで会わなかった? 墨染の狩衣を着た男」

「あっ! あいました!」

「奏はその男を大層毛嫌いしていてね。その男が君がほとりを彷徨さまよっていると元老院に連絡してきたんだよ」



 まぁ、それよりも早く君の父上は気づいていたみたいだけどっと言って、千早様は話している間ずっとポコポコと軽めに私の頭を叩いていたのをやめた。



「あ、そうそう。院の第三課が出張って来れるよう調整中って言ってたから、もうじき君達の負担は減ると思うよ」

「それはありがたい」

「陛下。北、および南は龍脈の確認が完了。西と東もあとわずかで終えるとのことです」

「うむ。各隊へ褒美ほうびの準備を。それと、負傷者には見舞金だ」

「承知しました」

「お心配り、ありがとうございます」



 橘さんが席を立ち、鳳さんは頭を下げた。



「さすがの皇彼方も第三課長とは一戦交えたくはないみたいだから、きっとここからも手を引くでしょ。まぁ、その代わりその第三課長が厄介やっかいなんだけど」



 千早様がハリセンをペシペシと自分の肩に打ちつけながら、若干妙な胸騒ぎがする言葉を呟いた。


 ……元老院の人ってなかなかくせが強い人が多いんだね。都槻さんといい、その人といい。


 でもまぁ、それで皇彼方がいなくなるならいいことだ。


 皇彼方の目的が嘘偽りなく奏様との約束を忘れさせないためだけなら、ここでの城の爆破とその後の騒動はなかなかにインパクトがあった。

 鉢合わせたくない人と会う可能性を残したままこちらにいても、なんのメリットもない。あるとすれば、私達をてのひらの上でコロコロと転がして遊ぶという腹立たしいものだけだ。


 となると、確かに皇彼方がここからいなくなる可能性は高い。



「おっと、まだ話中だったか?」

「桐生か。どうした?」

「ん、いや、おひぃさんが帰ってきたってんで、何か腹にたまるもんをと思ってな。何が食いたい?」

「えっ……えっとぉー」



 何が食べたい?


 そう言われると、途端にお腹が空いてくるから今の私の身体は不思議だ。



「んっとぉー……おにぎりがたべたいなぁ」



 桐生さんの手にかかればどんな食材もご馳走ちそうにしてくれるんだけど、今は無性むしょうになんだかおにぎりが食べたい気分。


 ほっかほかで、ふっわふわで、うまーいやつ。


 もっと手の込んだものを言われると思ったのか、桐生さんはほんの一瞬拍子抜けしたような顔になったけど、すぐに持ち直してうなずいてくれた。



「よし、とびっきりうまいおにぎりにしてやるからな。……いや、一緒に厨房へ行って握ろう。ほら、瑠衣も行くぞ」

「え? 私も? まぁ、雅ちゃんも行くなら」

「いっしょにいこ」



 瑠衣さんの手を握って、ぐいっと引っ張った。


 瑠衣さんは私にせがまれると断れない。



「じゃあ、いってまいりますっ」

「あぁ。火傷には気をつけるんだぞ?」

「あい」



 帝様ってば、忘れてるかもしれないけど、こんな形してても高校生なんだから。


 そりゃ未だに舌ったらずですけれどもね。

 えぇえぇ、自分でもどうかと思ってますけどね。


 こればっかりは地道に治していくしかないんですのよ。あははは……ふぅ。



「るいおねーちゃま、あのねあのね」



 廊下に出てすぐに、瑠衣さんの手と繋いでいないもう片方の手で口を隠して小声で話しかけた。



「なぁに?」

「みんなにおにぎりつくりたい」

「みんな? 陛下達の分まで作りたいってこと?」

「しーっ!」



 まだ部屋の襖閉めてないんだから聞こえてしまうよ!


 いや、私が厨房で言えば良いだけのことなんだけどさ。


 途端にみんな見てくるから、瑠衣さんの手をグイグイと引っ張って、私達は先に向かった桐生さんがいる厨房ちゅうぼうへ急いだ。



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